Act.51 邂逅…法規隊と黒妖精

 高級なお宿での一夜ののち、皇子殿下直々の勅命とも言える依頼を受けた法規隊ディフェンサー一行は昼を跨いで情報収集に明け暮れる。

 此度の依頼の危険度は、巨大国家をバックに持つ手練れを相手取ったのとは違うベクトルの驚異——入念な情報収集こそが鍵を握っていた。


 合わせてひと種との関係悪化による対立を成す火蜥蜴サラマンダー……その精霊に関する情報も必要であった故—— 一行は桃色髪の賢者ミシャリア指示の元、二手に分かれて行動する。


「(いいかい?私とヒュレイカにフレード君で、火の精霊に関する情報を収集するから……テンパロットとオリアナで暴竜に関する情報を当たってくれるかい?)」


 桃色髪の賢者が配したメンツは、双方に帝国直属である護衛を分け……そこへ精霊に精通するか否かと、万一の戦力配分を考慮した布陣である。

 さらに男性陣を同じ方向へ配置すると、狂犬テンパロットフワフワ神官フレードから進言された件も含まれていた。


「なんかあなたと行動するなんて、予想外だったわ、テンパロット。」


「そりゃ奇遇だな。オレもそう思ってた所だぜ。」


 一行の内——暴竜情報収集チームに組み込まれた狂犬テンパロット白黒少女オリアナが、微妙な言葉の牽制を交えながら港の街道裏手を進んで行く。

 が、その姿は当然狂犬が発する隠密術により普通の男女の歩く様——裏街道とは言え、帝国の誇る繁栄の象徴でもある街の人ごみへ完全に溶け込んでいた。


 ところが僅かに距離を取る二人が、おおよそ同じ冒険者仲間とは思えぬ距離感を生む。

 そこには狂犬が持つと、白黒少女が抱くが入り混じった結果でもあった。


「……さっきから気になってたんだけど、あなたの隠密術——とんでもないレベルね。今もほら——」


「んあ?」


 間が持たぬと、思う疑問を会話のネタにした白黒少女。

 彼女としても、まさに視界に過ぎった道行く街人に見覚えがる事に気付いており……この港街へ着いた際まで遡って記憶を辿り思考していた。


 それは法規隊ディフェンサーが食堂バスターズの悪名によりばら撒いた被害……その餌食となったとある食堂の店主の姿。

 しかしその被害者店主も二人を——むしろ狂犬を視界に入れているはずであるが、全くと言っていいほど気にした様子が見受けられなかったのだ。


 感心を言葉にした白黒少女へ、狂犬は素っ気なくではあるも返答を返す。


「まぁオレとしても、伊達に帝国諜報部門に属しちゃいねぇからな。この程度モノにしなけりゃ、帝国が世界の先駆けを行けねぇってもんだろ?」


「……はぁ、凄いわね。もうなんか、あなたにケンカ吹っかけようとした私が恐ろしいわ。本当に何も知らない箱入り娘だったのね……私って……。」


 白黒少女へさらに過るは、己が力を過信し…… 一介の冒険者と侮り挑んだ相手が、かの魔導機械アーレス帝国が要する名だたる部隊であったと言う過去。

 物を知らぬのは恐ろしいと言う、自らで得た教訓——そんな自分に呆れて嫌な汗を滴らせる少女がそこに居た。


 しかし——

 その少女を見やる狂犬は僅かに表情を緩める。

 それは白黒少女が体験した現実に、己の過去を重ねたから。

 隣り合う少女もまた……で凌ぎを削り——そうしなければ己の証すら立てられぬ人生を歩んでいたから。


 だからか……緩んだ警戒と共に、狂犬はすでに家族となった少女への戒めを送る事にした。


「済んだ事だぜ?オリアナ。お前さんはもうその過去と決別したはずだ……ならこれからは前を見据えて一歩を踏みだしゃいいのさ。もし至らずでその道を踏み外しそうになった時には——」


「ミーシャからもれなく、お見舞いされるだけだ。痛いぜ?ありゃ。」


「……ぷっ!あははははっ!いやそれ、がいつも食らってる奴じゃない!——そうね……もうあの賢者様に心配は掛けられないわね。」


 送られた戒めが自虐ネタであった事で、思わず噴き出した白黒少女であったが——彼女もそれで改めて理解する。

 すでに彼女は己一人で事を背負う立場ではない——掛け替えのない仲間を……家族を得ていたと言う現実を。


 そして……先ほどより幾分緩んだ互いの警戒心が、少しづつではあるが二人の心の距離感を縮め——

 進める歩が街道裏のさらに裏手へ差し掛かろうとした時——二人の緩めた警戒がすかさず最高まで高められ……しかしそれを向けるは互いではなく、双方が目にした眼前へと向けられた。


「ほほう?異常に対する警戒反応はなかなかのじゃの。……どれ——ならば次は、とやらの実力を試させてもらおうかの?」


 二人の警戒の先……

 だが確かに響いたのは、まだ少年とも取れる僅かに高めの声量——対しその口調は年を重ねた老齢なる師を思わせる物言い。


 警戒の中——見えざる主から語られる不穏な物言いへ、まず反応したのは狂犬であった。


「おっと……誰かは知らねぇが、ここは世界でも名だたる帝国領の街だぜ?そんな不穏な物言いで得物を抜くつもりなら——」


 警戒と共に己が風の忍刀風鳴丸へと手を掛けた狂犬。

 すでに彼も相手が視界に映らずとも研ぎ澄ませた感覚で、居るはずの者の居場所を探りにかかる。

 その足元……土塊つちくれを破り出現した木の根が、這いずる様に狂犬の足を絡め取った。


「っ!?こりゃ……ドライアードの捕縛術!てめぇ、精霊使いシャーマンかっ!?」


「いかんのぉ……そこへ辿り着くのが、僅かに遅い——のっ!」


「テンパロットっ、上っ!」


 刹那……ドライアード——木の精霊術ドリアスティ・シャーマン・マジックによる捕縛を風の忍刀風鳴丸で辛くも刈り取った狂犬頭上。

 風に乗り舞う小柄な影が飛来する。


 頭上より放たれる疾風の刺突を寸でで交わした狂犬を襲うは、一見発育途中の体躯な少年。

 が、手にした細身の刺突剣レイピア捌きは熟練なる動き。

 狂犬の交わす動きに合わせたかの様な疾風の刺突が、速さに定評ある帝国の忍びを追い詰める。


「……なろっ!?こいつぁ——くそっ速えぇ!」


「どうしたっ!?その程度かのうっ!そんなていでは帝国の部隊の名が泣くぞっ!」


 舞う刺突に形勢を立て直せぬ狂犬が大きく後方へ飛び退き、風の忍刀風鳴丸を構え直す。

 が……——


超振動ヴィブラス大樹霊胞ドリアディアス生気召命ライベリア!穿つ霊樹よ、其の敵は我の敵——霊樹牙突砲プランタル・ガンズ!!』


「……そいつぁ!?く、そ……——」


 飛び退いた狂犬の着地点を狙う様に出現した召喚立体魔法陣サーモナー・シェイル・サーキュレイダ

 精霊召喚サーモナー・エレメントの一種である攻撃術式が放たれ——硬質の霊樹が針の山の如く狂犬を襲った。

 足場を狙われた狂犬も身体を捻り、霊樹の針に軽甲冑下のチェインメイルを掠められながらも……転がる様に着地するが——


 狂犬が顔を上げた視線の先へ、鋭き刺突剣レイピアの剣先が狙いすましていた。


「チェックメイトじゃ。いかんのう……これではワシの想定には遠く及ばぬ。この程度で帝国部隊を名乗ると言うならば——」


 狂犬は視界にその姿を捉えて、相手が黒妖精ダークエルフと確信した。

 それは紛う事もない煌めく銀髪と、尖った耳先——浅黒くも艶やかさが張りを見せる肌。

 赤き大地ザガディアスでもその容姿が黒妖精ダークエルフである事は、広く一般的に知られる常識であるから。


 向ける刺突剣レイピアの向こうで、嘆息する様に言葉を漏らしたその襲撃者へ——

 狂犬は敗北の色どころか、したり顔を浮かべ言い放った。


「ああ、チェックメイトだな——怪しいダークエルフさんよ?」


 狂犬が向けたしたり顔に、はて?と疑問を過ぎらせた黒妖精ダークエルフ

 刹那、感じ取ったのは背後の殺気——彼はを気取っていた。


 そこにあったのは銃口。

 疾風の如き立ち合いの隙を狙う様に、白黒少女オリアナ自慢の得物近接双銃の一対を抜いていたのだ。

 ……その瞬間から——


「ダークエルフさん?私としても、このトリガーを引きたいとは思わない訳よ。ここは是非降参して欲しいものだけど……如何かしら?」


「……何と……よもや娘子がガンナーじゃったとは。ワシの情報では武器商人の娘と言う事で、戦闘対象から外しておったのじゃが——」


「ああー分かった分かった。ワシの負けじゃ!これは確実に情報戦による敗北……ワシとした事が抜かったわ!」


 降参の意を聞き及んだ狂犬と白黒少女としても、交戦意識無き者に刃を向けるいわれもなく——刺突剣レイピアを地に置き両手を上げた黒妖精ダークエルフを確認した後得物を収めた。

 真に相手がならず者や不貞の輩であるならば、白黒少女が武器商人であったとて……そこへ情けをかける様な真似はしない——

 否……そもそも少女が武器商人である事実——引いては彼らが帝国の組織する、極秘の部隊である事を一介の精霊使いシャーマンが知り得るはずは無いのだ。


 互いに得物を引いた同士で向き合い、すかさず正面からその正体を暴きにかかる狂犬。

 鋭き双眸で眼前の黒き妖精を睨め付ける様に問いかけた。


「——て事で、まずは質問だ。てめぇは誰で、何処に属する者だ?」


 一介の精霊使いシャーマンでないならば、何かしらの組織に属する者でなければ自分達法規隊ディフェンサーの素性など知るはず無し……そう思考し言葉を放つ狂犬。

 その情報収集に長けた諜報機関出の忍びキルトレイサーを見定め……したり顔にて黒妖精ダークエルフは素性の触りを口にした。


「ワシの名はリド・エイブラ。なに、ちいとばかしキルトレイサー……そのお主を召抱える皇族——」


「それも先々代である元皇帝——最後の輝皇帝ファイナ・エル・カイゼルの名を欲しいままにした、今は亡き十二代目アーレス上皇王陛下にゆかりのある者じゃ。」


「ファイ、ナ……エル・カイゼル?テンパロット……それって——ちょっと(汗)?」


 語られた言葉に疑問符を浮かべた白黒少女が、聞き慣れぬ単語を狂犬へと問い質そうと見やり——目にした男の、に嘆息。


 それを気にも留めぬ黒妖精ダークエルフ――まさかの延々とその身の上話を話し始めた彼を、面倒にも相手をするハメとなってしまう暴竜情報収集チームの二人であった。

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