Act.50 皇子殿下からの危険な依頼

「あの……今何と?」


「ふぅ……確かに耳を疑うだろうが——現状君達以外に頼める強者がいないんだ。」


 高級なるお宿の大広間。

 入り口から部屋の隅々に始まり……窓を囲う桟に天井を明々と照らす照明に至るまで——色とりどりの装飾が、朝日を照り返す様に眩く輝く。


 その中央に誂えられた、清潔さを前面に押し出すシルクのクロスがかかるテーブルへ……朝食と思えぬ程に煌びやかな食事が並ぶ。


 そこから漂う香ばしい香り、甘い香り——スパイスの効いた鼻をくすぐる香りは、空腹をなお空かせる魔力すら宿す。


 だが——


 そんなテーブル両側へ対面位置に座する法規隊ディフェンサー一行と、蒼き皇子サイザー赤き騎士ジェシカ

 今まさに食事と言う一大イベント前に語られた、蒼き皇子からの依頼と言う言葉。

 そこに含まれた、耳を疑う目的を聞き及んだ桃色髪の賢者ミシャリアが……意識を吹き飛ばしそうになるのを堪えながら皇子へ再度の確認を振る。


 想定した一行の反応に嘆息した蒼き皇子は、諭す様に依頼と言う言葉を繰り返す。


「もう一度繰り返すぞ?君達法規隊ディフェンサーに、オレから——魔導機械帝国第二皇子からの正式な依頼として……北東に臨む活火山ラドニスに潜む異獣——」


……——そう言ったんだ。」


 繰り返された言葉は、一行の聴覚を激しく揺さぶった。

 それは余りにも無謀とも言える依頼。

 しかし——彼らは帝国が要する実験的な部隊であり……皇子からの命を無下に出来ぬ立場。


 それを理解する皇子は、その無謀を依頼として提供したのだ。


 だがしかし——


「いやいや殿下!それは流石にオレ達でも無理だろう!?つか、祖国に帰るやいきなり竜退治とか……それどんな無茶振り——」


「謹め、ウェブスナー!会食の場とは言え皇子の御前よ。無茶は承知——こちらもそれなりの事前対処を合わせた依頼とし……検討を重ねた結果だ。そして——」


法規隊ディフェンサーをまとめるはミシャリア嬢……彼女には隊の行動如何全権を任せて——」


「ジェシカ……そう熱くなるな。ここまでの反応は想定の範囲内だろ?」


 提示された目標の驚異を経験から弾き出した狂犬が食い下がり……赤き騎士が狂犬テンパロットの越権行為を叱責する。

 が……流れを想定していた皇子によって、鬼気迫る表情で叱責していた騎士も制される。


 ここ帝国に於いてこのやり取りは、彼ら一行としては日常茶飯事なのであろう……ツインテ騎士ヒュレイカは事態を重く見るも、赤き騎士の威圧で言葉すら挟めず——

 初見である新参二人は、取り敢えず討伐依頼対象を思考に浮かべ……想像した惨状へ眩暈と供に思考を飛ばしていた。


 それぞれの反応はまさにであり——竜種ドゥラグニートと称される存在が、如何に危険であるかを物語っていた。


 赤き騎士を制し、狂犬が渋々引き下がるのを確認した蒼き皇子。

 無茶振り以外の何物でも無い依頼への対応と……——

 信頼に足る誇るべき部隊へと交渉の切り札として繰り出した。


「なおこの依頼に対し、前段階となる依頼を準備しているから……まずはそちらをこなして欲しい。その後——」


「前依頼で得られる協力者の手を借りた上で、暴竜討伐を成した暁には——今そこに居る事前通信にあった元武器商人のオリアナと、アグネス警備隊及び術師会出向であるフレード。その二人を正式なる部隊要員として雇用する。」


 繰り出した報酬となる正式雇用——該当する二人の新参を見やり語る蒼き皇子。

 視線を確認した桃色髪の賢者は「やられた……」と肩を落とす。

 そこには蒼き皇子からの、急遽その様な人材を準備しただけの成果——それを証明してみせよとの意が込もるは明白。


 隊をまとめる少女としては、その意に従う以外に道が存在していなかったのだ。


 大きく息を吐いた苦労人な少女を見やる皇子殿下——さらに追加となる報酬を提示する。

 かく言うそちらの点は、むしろ気合を注入するための報酬でもあった。


「……ああ、それからさらに追加報酬も準備しているんだが——これはウチの護衛二人への温情に相当する。」


「全てとはいかないが……—— 。つまりは……その分を免除すると言う——」


「「マジでっっ!!?」」


「ばっ……謹めと言ってるでしょう!——ヒュレイカまでっ!!」


 皇子にとって二人の護衛の扱いは手馴れたものなのか——今食ってかかった狂犬までも目を輝かせて反応する。

 扱い易すぎる二人を見やる賢者に、赤き騎士……そして白黒少女が同調する様な嘆息を吐き出し――フワフワ神官は苦笑のまま、ただ運ぶ流れに乗っていた。


 一喜一憂の中進む皇子殿下の勅命となる依頼やり取り。

 それは豪華すぎる朝食が仄かに出来立ての熱を冷ます頃まで続いていたのだった。



∫∫∫∫∫∫



 正直何の支障も無く新参二人が、仮とはいえ部隊編入を見る事はないとは思っていましたが……もう全く想像だにしない難題を突き付けられた私達。

 かく言う私はちょっと頭を抱えたくなっていました。


「はぁ……暴竜討伐でも頭が痛いのに——そこへ来てまず、対立関係を生んでしまった火の精霊と交渉し——」


「且つそれを味方に付けて戦力にせよ……って——とんだ無茶振りだよ。」


 皇子殿下との会食は、ジェシカ様の睨みのお陰でおバカ二人が暴れる事も無く進みましたが——今の私はそれどころではない状態なのです。


 殿下の「期待しているぞ?」の言葉で締めくくられた食事後、自分でも珍しい程に茫然自失で充てがわれたお部屋へ戻った私は……もう何度目かの溜息でうつに塗れた時間を過ごしています。


「あの……ミーシャ?私のためにとんでもない依頼受けさせて——その……——」


「ちょっとボクも、自重したいと……思った所なの、ミシャリアお姉ちゃん。」


 すると私の嘆息が自分達の責任かと思い詰めた殊勝な新参さん達が、こぞって沈んだ面持ちを送ってきたので——


「ああ、良いんだよ二人とも。どうせ君達には部隊に入って貰い、これから共に歩もうと言う算段だったんだ。その点で謝れたら、こちらも今後がやり辛くなるからね?」


「それより依頼を受けた以上はやり遂げて見せねば、今回ばかりは皇子殿下のお顔に泥を塗りかねない。しっかり情報を集めてだね——」


 と言葉にしたら、泥をと言う所へツインテさんが反応し——


「皇子のお顔に泥——それだけは避けなけりゃ!あたしの場合は、それが同時にジェシカお姉様からの信頼を損ねる事に……ねぇ、ミーシャ!あたしに出来る事ならなんでも——」


「じゃあ?」


「……っ、なんでそこで弄ってくるのよ!?泣いちゃうよあたし(涙)!?」


 まさかの突っ込みで返したら、本当に涙目で非難してきたので——ちょっと空気が読めなかったかなと反省してみます。

 その流れのまま見やった狂犬さんの表情に「ああ、こっちもだね。」と悟った私は、今度は空気をしかと読み切り魔導機械アーレス帝国の誇る情報収集のプロへと解を問います。


「相手が暴竜と言う事は……少なく見積もっても下位種レッサー級の竜種ドゥラグニート——と考えてもいいのかい?テンパロット。」


「んん?……ああ、そうだな。けどよ……オレの知り得る情報では、あの活火山ラドニス下位種レッサー級の竜種ドゥラグニートが存在したなんて聞いた事もなくてな?」


「正直レッサー級程度なら、もっとあの地方に情報が行き交っててもおかしくは無いはずなんだよ。」


 鋭い読みが、私の思考で渦巻く懸案事項へさらなる難題をぶち上げてきます。

 ツンツン頭さんの言う通り……下位種レッサー級の竜種ドゥラグニートとは赤き世界ザガディアスの一般常識として、異獣と言うより通常の獣に近いレベルで扱われます。


 そして該当する竜種ドゥラグニート発見があれば国からお触れを出し、近隣への立ち入り禁止を通達——その上で、可能な限りの共存を試みるのが常識なのです。


 獣は異獣と違い、人や自然に害成すものでは無い。

 時には自然を育む歯車として機能する、大自然の一部なのです。


 そこから弾き出される結論が、私の額へ冷たい物を躍らせ——


「て事は……皇子殿下が討伐を依頼して来た相手は——まさかの上位種エルダー級であると言いたいんだね?」


 恐る恐るテンパロットに問えば、大した間も置かずに首肯され……「いやそこは否定してくれるかな?」との突っ込みが喉まで出かかるも——この状態のツンツン頭さんは、冗談が通じないと諦めのまま嘆息する私。


 何やら只ならぬ雰囲気を感じ取る皆までが鎮痛に沈んだ、この高級極まりないお部屋で——まずその前の依頼である火の精霊との交渉へ向け、重い口を引き摺りながらの作戦会議を継続させます。




 そんな私達は知り得ませんでした。

 この暴竜討伐と言う依頼の本懐を。

 そこに秘められたのは、あの皇子殿下の遥かな未来までも見据えた……先見の明がもたらす想像を絶する避けて通れぬ試練である事を——


 私達が祖国の地へ足を踏み入れる数年前から——帝国領で、まことしやかに囁かれ始めた異常事態。


 あの活火山ラドニスへ——古代竜種エンシェンティア・ドゥラグニートが居を構えたと言う、恐るべき事件の全貌を……私達は知らずのままに依頼遂行を成そうとしていたのでした。

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