Act.23 闇ギルド〔ブラッドシェイド〕

 バスターズ一行襲来と、見舞うクレーム騒ぎも乗り越えて……数日前からすれば上々の暮らしを手中に収めた白黒少女オリアナ

 慌ただしくも充実した仕事の手応えは、むしろ少女の中から武器商人である現実さえ弾き飛ばしそうになり——


「……はぁ……。日銭には困らなくはなったけど——これで良いのか?私……——」


 自問自答のまま、メイド長より紹介されたタイニー娘所有の小さな宿舎へと足を向け——今まででも経験の無い、遠く離れた異国での一人暮らしへと赴く白黒少女。

 が、項垂うなだれ……嘆息を漏らすその表情はどこか満足げな——充実感さえ宿していた。


 すでに夕闇が常闇に移り変わる街中は、あの奇抜な格好の街人が闊歩する通りから外れた暗がり——表通りの喧騒が嘘の様に静まり返る。


 その暗がりを進む白黒少女は僅かな灯りとなる、精霊力を込めたランタンで夜道を照らし——そして灯りが向かう直線上で、黒い影が複数うごめいたのに感付き……警戒を露わとした。


「あら?どちら様かしら?……て言うか——予想出来なくもないんだけどね~……。」


 影が何かは見えずとも、裏社会で生きた彼女の経験上……その日の出来事から逆算した状況を、素早く思考で処理し——うごめく影へと言葉を飛ばす。

 しかし返答もなくうごめく影は確実に人型……そのまま少女を囲む様に陣を組む。


「あんたが汚ギャル——いや?オリアナ・ギャランド……で、間違いないな?」


 前方より歩み寄り言葉を発した影は、周囲のどの影よりも殺意をまぶし——そして悠然と踏み出す影の足取りから、確実に強敵と察する白黒少女。

 ただ——呼ばれた名前に、を聞き逃さなかった少女……眼前の者が、何かしらの依頼で動くならず者と判断した。


 少なくとも……その依頼を仕向けた者は、自分の素性をよく知らない者のはずとの思考で影らと対峙する。


 ——その背後……ヴェゾロッサの組織本体が関わる事実も知らぬままに——


「ムッカーーっ!なんで見ず知らずのならず者にまで、汚ギャルとか言われなきゃなんないのよっ!?……どうせ仕立屋で文句垂らしてたドレッド後退ハゲの仲間でしょ!?……悪いけど私——」


「今日はせっかく手にした、穏やかな宿生活を堪能したいの!邪魔をすんなら——」


「——ああ……悪いがそれは、オレらのアジトで我慢して貰おうか?なに——少々手足を縛って拉致らちる程度は……覚悟してくれよ?」


「……はっ……はぁあっ!?誰が誰を拉致らちるって——」


 不穏極まりない言葉を放つ、手練れと察した男——すでに警戒レベルが最大に引き上げられた白黒少女は……街中で起きる荒事への対応としてそれなりに配慮された得物——

 サプレッサー仕様へと変更した近接格闘仕様の双銃を構える。


 が——


「ぎゃっ……!?」


 突如として襲う強烈な痺れ——白黒少女は痙攣した手足を硬直させ倒れ込んだ。

 手にした双銃も少女の手より離れて地面を抉る様に落ち……同時に少女は、記憶の引き出しから自分を襲撃した得物それの正体を朦朧もうろうとした中で導き出す。


「(——これ……は——ま……まさ……か、私達……が開発——)」


 薄れゆく意識が自分を襲った得物の正体を認識する頃には……少女は昏倒の最中へ叩き込まれる。


「……あの武器商人——なかなかにエグい物を送ってくれたモンだ。精霊術封入済みの……なんと言ったか?テーザーガン……か?」


「だが——これなら依頼上の、便も可能だ。……伊達に暴動鎮圧用の歩兵兵装とは名乗っていないな。」


 響く声が淡々と状況を語り……囲んだ影も、口答えもせずそれを聞き入る。

 その影の中に、あの白黒少女にのされたドレッドヘアーの輩も紛れていた。


「おい、お前ら——娘は丁重に運べ……依頼内容に「」との注釈がある。「当然死に直結する様な行為は、報酬もない物と」——とも注された。」


「……始末すると言う割には、とんだ甘い仕打ち——だが、それは依頼側の都合……俺らは知ったこっちゃねぇが……。」


 指示を飛ばす組織の頭目と思しき優男は、気を失った白黒少女を冷ややかな双眸で一瞥し……子分である男らは指示通り、いそいそと少女の身体へ傷を付けぬ配慮で丁重に手足を拘束——

 暗がりに準備した荷車へ静かに少女を横たわらせると、そのまま闇夜へと消えて行く。


「さて……——依頼に含まれる条件をこなしておくか。おいガルキア……このメイドの働き先へ娘を頂いたと報告しておけ。命までは取らないが……こいつは——とな。」


「お、おぅ……分かったぜ兄貴!」


 頭目の言葉へ返答したガルキアと呼ばれた子分——それはあのドレッドヘアーの男。

 僅かに口鼻の腫れが引いたドレッドヘアーガルキアも、ようやくまともな会話で首肯する。


 その頭目の指示が指し示す意図は、裏組織に属し……失態を犯した少女が始末されるだけ――故に光の世界で生きる者は、何も見なかった事にするのが幸いと言うモノ。

 実質この港街で噂が立った時点から数日と日が空いておらず、さらに元来少女は裏社会から迷い出てきた影の様な存在——彼女がその数日で闇に消えたとしても、世間の日常は滞りなく進むと言う意が含まれる。


「……お嬢ちゃん——裏社会に生まれた事を、いずれ後悔するだろうが……せめててめぇの後始末を押し付けて来た、裏切らねぇ様に生きるがいいさ——」


 闇ギルドに属する頭目の男は、犯罪者などでは無い冒険者の面持ちで……己が察した武器商人の依頼の真意へ至りつつ——白黒少女の未来を案じる様な言葉をひとりごち——

 子分らを追う様に闇夜へ姿を消していった。



∫∫∫∫∫∫



 そこは港街が誇る宿場街——その一番端に当たる小さなお宿。

 例の如くの被害を最小に食い止めるために、私はタイニー娘を後にしてすぐに予約を入れ——外大陸の方からはやや人気が劣るそこは、二つ返事の予約取りとなります。


 まぁ人気が劣るとは言え、流石は港街の誇るお宿です。

 外洋を一望出来る客間を幾つか持ち——海産物を主流とした三食付きのお宿は、まさにザ・お宿な佇まい。

 むしろここが、の餌食にならない事を祈るばかりなのですが……(汗)


「こちらが当旅館〈海日うみひノ館〉名物の海洋櫓かいようやぐらです。どうぞお寛ぎ下さいませ。」


「うん、ありがとう。なるほど素敵な夜景だね……ここ最近でも、これほど海をキレイと感じた事もない。——予約した甲斐もあったみたいだ。」


「ありがとうございます。では……。」


 言うに及ばず、ここも〈アカツキロウ〉の文化が浸透していた。

 そもそも旅館と言う呼び名は、大陸の何処を探してもあの地にしか見られないからね。

 今日は一先ず、警戒を——と……思考する自分に嫌気がさすけど致し方なしだね。


 そもそもそんな心配をかける護衛でなければ、私に着いて来てくれる者なんていないのだから。


「ヒュレイカ、ここは文化の関係上少人数で訪れた際……男女混合で一つのお部屋割だからね?就寝時の制作は任せるよ。」


「ええ……あたしに任せといて!ってまあ……あいつは女性がいるからと言って、そこへ夜這いかけるタマでも無い様な——」


「ダメだよ?油断は禁物だ。現にあの白黒さんがハートを撃ち抜きに来た時……まさかのテンパロットが撃ち抜かれかけたからね。あからさまな好色ではないにしろ、警戒は怠らない方が——」


 と……テンパロットがお宿周辺の散策に出ている内に、私は部屋の中を男女混合に於ける防備を完全にしようとツインテへ指示を出します。

 彼の散策とは、先の警備隊の騎士——まさかの、アウタークルックで嫌な方に度肝を抜いて来た彼から提示された追加依頼……その件に関する下調べをツンツン頭へ振ったのです。


 提示内容からするに、近々その件が動くと判断した私……故にツンツン頭へ調査を振ったのですが——


「あの……恐れ入ります。お客様……こちらにご用があるとの女性が……。それも急な件と言う事で——」


「うん?はて……女性?その方の名前は——」


 中居と呼ばれる店員からの言葉で、そんな訪問予定に身に覚えも無かったと私は逡巡しつつ……この様な夜も深夜に近づく時間に、どんな急用かと思考した私の視界——

 占拠するのは……呼び出す時間も惜しいと言わんばかりに部屋へ駆け込んで来た、メイド服を棚引かせる女性。


「あっ!やはりあなたは昼間——タイニー娘へお越しになったお客様!お願いです……どうかお話を——」


「ちょちょっ……落ち着いてくれるかな?まずは順を追って説明を——」


 どう見てもそのメイド服の女性は、タイニー娘の店長であるメイド長——姉御肌とプロのメイド意識を兼ね備えるララァ……さんだったっけ?

 〈〉のインパクトで、忘却しそうになるも思い出した名——その彼女の慌てぶりと血相から、何かしらただ事ではない感を察し……落ち着く様に諭そうとして——


「ウチのメイドが……オリリンが、野党紛いにさらわれたんです!どうか——どうか助けて下さいっ!」


 ララァ氏の発した言葉で……隣に居並ぶオレンジツインテと共に——言い様の無い脱力感からの嘆息が、盛大に漏れ出したのです。


「「何やってんの、あの白黒メイド……。」」


 同調する様にツインテと言葉をハモらせ……今依頼上の監視対象である少女へ、そこはかとない呆れ節を叩きつけるのでした。

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