Act.22 ささやかに上乗せ、例のアレ

「やっとお出ましだね。待ちくたびれたよ……オリ黒さん。」


「だから、その呼び名——ゴホン!……申し訳ありません、ご主人様!ではこちらが、メイド式オムライスにゃん☆になります!……そちらのお方はメニューはお決まりでしょうかぁ?チッ……——」


 メイド喫茶を駆け巡った一悶着も落ち着いた頃、待ちくたびれた料理がオリ黒さんによって運ばれ——ホカホカと立ち上る湯気に、トロリと蕩ける半熟気味の卵生地が食欲をそそるのお目見えです。

 そしてこの時点では調味料となるケチャップはかかっていません——が……それこそがこのメニューと共に注文した、メイドスペシャルサービスの真骨頂なのです。


 テーブルに芳しき香りを漂わせるオムライスを置いたオリ黒さんが、残る未だメニューを決めあぐねているおバカ二人に注文を即しつつ——サラッと舌打ちしたのは、私に向けた物では無いのでおおめに見るとして——


「さて……それではこのオムライスにかけるケチャップだけどね。ちゃんとこちらの意図通りの文字を——もちろん、君がかけるこちらが決めて問題無い……はずだね?」


 私が発した言葉でまた一層と、オリ黒さんの笑顔が引きります。

 正直これを見るだけで楽しくて仕方の無いところなのですが——そもそもオムライスにケチャップが無いと話にもならない訳で……注釈と共にオリ黒さんへおまじないを即します。


「分かっていると思うけど……ドサクサに紛れて、込めない様に——」


「……って!?そんな事しないわよっ!?それお店が吹っ飛ぶやつじゃない!て言うかそもそも私そんな術式なんて——」


 おやおやまた素がお目見えだね?

 この程度で動揺するならメイドとしてはまだまだなんだけれど……と、が飛び出したらおバカ二人が震え出したね?

 成る程——オリ黒さんは無意識にこちらの重要戦力の戦闘力を削ぐ技を身につけた様だ。


 ——って、思考しててアホらしくなったよ……(汗)


 ひとまずおバカ二人が決めあぐねている間に、私はケチャップの文字とオリ黒さんがかけてくれるおまじない文面……それを簡単な逡巡の後——宣言するとしましょう。


「そうだね……普通に美味しくな~~れ☆——はありきたり過ぎるし……。文字の方もこれは難題だね——よし——」


「まずオムライスの文字だけどね……「オリリン・・にゃあ」で行こう!そしておまじないだけどね——」


 うわぁすでにオリ黒さんの表情が、メイドとしてはあるまじき惨状へと移り変わっているね。

 さらに畳み掛ける様に——


「「オリリンの愛が~~ご主人様のハートを~~う・ち・ぬ・く・にゃあ☆」で行こう、そうしよう!」


 ——あっ……メニューメモのプレートにヒビが入ったね。

 ミシッ!とこちらの耳まで聞こえて来たよ——ってそもそも、それを最初に放った私の方が恥ずかしくなって来た……(汗)

 まぁこれを恥じらいもなく口に出来ればこのオリ黒さんも——


「——では失礼するにゃあ……。オリリンの愛が~~ご主人様のハートを~~う・ち・ぬ・く……に、にゃあぁ〜☆」


「「ブッフオッッ!?」」


 この私が……鼻から赤い物を噴き出した。

 いやお待ちになって下さいオリ黒さん!?

 今ドサクサでオレンジツインテも同時反応したけど……ヤバイ——これはハート……知れない!?

 て言うか語尾の恥じらいは反則だね!?一瞬桃源郷が見えた気がしたよ!?


「——ぐっ……オリ黒……さん、なかなかやるね。——まさか私のハートをガチで抜きにかかるなんて——」


「はぁっ!?て、私そっち方面の趣味はないから!?そもそもこれは仕事の……一環で——その……——」


 だからその恥じらいが、普段の君との壮絶ギャップなんだよ!?分かってるのかな!?

 これぞまさしくあの〈アカツキロウ〉が——〈アギーハバラン〉発祥のカルチャー……〈ギャップ萌え〉と言う奴だね!


 案外このメイドと言う職業は、彼女にとっての天職なのかとも思いつつ——鼻の赤い物をハンカチで押さえて、オムライスにかかるべき赤い物を目で催促します。

 当然恥ずかしさからだろう……おずおずとケチャップを手にしたオリ黒さんが、こちらの指示通りの文字を描き出し——


 またその仕草がこちらの嗜好をたぎらせ、再び赤い物が溢れ出し——って……隣りのツインテさん……すでにテーブルの上で血の海に沈んでるじゃないか(汗)

 その表情と来たら——どうやら彼女はすでに様だね。

 向かいのツンツン頭なんて地獄に引きずり込まれた顔してるのに……。


 私の注文を一通りこなしたオリ黒さんは、次いでおバカ二人の注文の有無を問おうとした——のですが……——


「……では、そちらのきょうけ——じゃない!?ご主人様の注文は——」


「——……水、で……いい——」


 水でいいのか……(汗)

 オリ黒メイドのおかげで、テンパロットも少しは馴染んだかと思いきや……拒絶のあまりまさかの水を注文するなど——コスト云々ではなく、根本的に嫌悪が勝ったかと思考した私。

 メイドの好意——もとい、接待を無駄にするなとの糾弾をツンツン頭へ浴びせようとし……微妙な違和感に気付きます。


 ツンツン頭の……心なしか——赤い?

 そして……オリ黒さんから逸らされた視線が、泳いでる?

 いや——これは……もしかするともしかするね?

 なので糾弾を止め、真意を問う方向で声をかけてやる事にします。


「……もしかしてテンパロット——ハート……?」


「——はあっ!?待てミーシャ……オレがいつこのとか言たよ!?ふざけんのも大概に——」


 飛び跳ねる様に椅子を弾いて立ち上がるツンツン頭——て、そもそも私は言って無いけど?……って事で自らこの人は暴露しちゃったね。

 そして「ウエルカム我らの桃源郷へ!」と……宣言したいね。

 と……そこまで思考してとある言葉の羅列が、テンパロットの発言に混じり込んでいたのに——残念ながらも気づくのが遅れ——


 直後に訪れる、ある意味を自ら呼び込んでしまった私は——


「汚……ギャ——あ……——」


 と漏らしてオリ黒さんへ視線を移せば——


「——わ・た・し・は……汚ギャルじゃ……なーーーいっっ!!」


「クェっ!?」


 叫ぶが早いかオリ黒さんがツンツン頭の背後へ回るや否や、襟首を取る様に首を見事に決めたままに……回転の勢いと反動を生かした華麗なる体捌きにて——ツンツン頭を……絞首背負いで投げ飛ばした……。

 決められた直後にカエルの様な呻きを発したツンツン頭が——背後にあった個人客の座るテーブルへ……見事に滑空し——


 テーブル×椅子——……。


「——ハイ……テンパロット……借金プラス——ね。」


 桃源郷から一気に現実へ引き戻された私は、速やかに現状の処理を行い——発端は確実にツンツン頭であると思考した時点で……ツンツン頭へのを確定させます。

 ……事務的に——淡々と……——


 取り敢えず現状敵であり監視対象であるオリ黒さんは……まぁ、店員としてあるまじき行いだった点を——ウチの護衛の至らなさとの相殺でプラマイゼロとし、さらに私のハートをガチに抜きに来た点への賞賛でチャラにしておくとして。


「……ああ~じゃあ私は、サンドイッチで……おまじないは——今日は遠慮するわ……。」


「——か……かしこまりぃ~~にゃあ……。では~~……繰り返しま~~す——」


 ツンツン頭の惨状を目の当たりにしたツインテは、嫌な思考が頭を過ぎったのだろう——血の海から生還しつつ……随分大人しい注文で締め括り——

 オリ黒さんは、やらかしてしまった手前それ以上の言葉も発せぬまま……水とサンドイッチの注文を復唱すると、やらかしてしまったお客の元へこそこそ赴きペコペコ頭を下げているね。


 またしても破壊妙技を晒した護衛さんではあったけど、今回は中々の収穫を得た事で満足した私——

 その延長上でもある眼前の……蕩ける半熟卵と、ケチャップの程よい酸味が芳しいオムライス生地——さらに内包される、トマトの赤みを纏ったライスが大きめの具を踊らせ私の視界をジャックする至高の一品。


 すでに待ちきれぬ私のお腹が欲する、その温かな卵とライスの共演を口へと運び——「はふぅ……おいひぃ……☆」と幸福を堪能する私は——


 その後に訪れるとんだ災難と……そこから導かれる依頼強襲など知る由も無かったのでした。

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