Act.21 暗躍の真・武器商人

「どうした?派手にやられたなオイ……。相手はどこのどいつだ?」


「待てよ……ウチの中じゃ手練れの部類なお前が、その無残な醜態とは——ただの輩じゃねぇな?そうだろ?」


 街から裏手の陰りに佇む、薄暗い木造の倉庫。

 灯る明かりは二つのランプスタンドと、僅かに溢れる幾筋の陽光。

 そこにうごめく複数の影が、今しがた倉庫の扉を開け――飛び込んで来た無残を晒す包帯姿の男を嘲笑する。


「……ひや、ふぉれがよ——相手ひゃいては……メイふぉりゃ。」


 その無残な包帯男が口にした言葉で、一瞬の間——直後爆笑がそのうごめく影を包んだ。


「ぷっ……!ギャハハハハっ……メイふぉって何だよ……クックッ——もしかしてお前、メイドにやられたのか?それは笑えねぇ冗談だなオイ!」


「わ……わらっひぇんひゃねぇ!あのメイふぉ——ひゃべぇんひゃよ!?」


「つかテメェはもう喋んなって……ヒッヒッヒッヒッ!ヤベェのは、お前の今現在の口調だよバカ!」


 卑しい笑いが響く倉庫の暗がりで行われる不穏なやり取りは、おおよそ一般市民の営みの範疇を超える裏社会の香りを漂わせる。

 そんな空間へ飛び込んだのは、あの白黒メイドが僅か前にのし上げた迷惑なドレッド後退ハゲの輩である。

 白黒少女の見事な技捌きで地面を痛く舐めさされたドレッドの輩は、鼻の辺りで包帯がんじ絡めな無様を晒しながらも仲間の下へ事を伝えに飛んで来ていた。


 その不穏な倉庫奥で、輩共の中でも毅然とした態度の優男が冷徹に状況を見据える。

 ドレッドの輩が発した言葉を充分に吟味し――何かに気付いた素振りで今しがた飛び込んで来た者へ問いを投げかけた。


「……おい、やばいメイド――と言ったのか?お前をやったのは……。」


「ひょ!ひょうなんれふよ、あにひっ!いひゃ街へうわひゃの――」


「……ひゃーーっはっはっは!やめろやおめぇ、全然しゃべれてねぇだろが!?頼むからもうしゃべん――」


 最奥で一際大きな木製コンテナに腰を下ろし――投げ出す足のまま小さな倉庫の明かり窓を見据えながら、ドレッドの輩が答えるのを待つ優男。

 しかしドレッドの輩もまじめに返答を口にしようとするも、鼻と口の傷のせいでなんとも腑抜けた言葉が漏れ出し――堪らず仲間の輩がそれをいじり倒そうとした時――


「――お前ら……俺が今こいつと話してるんだ。黙ってろボケ……。」


「……っ!?――ああ……わりぃ。続けてくれ、兄貴……。」


 凍る刃が背筋へゾクリ!と当てられた様に、兄貴と呼ばれた優男の声でふざけた輩共も身震いしながら押し黙る。

 そして優男はドレッドの輩の言葉と共通する案件を、仲間であろう輩達へ伝えた。


「つい先日、俺の所へ武器商人を名乗る怪しい男が訪れたんだが――そいつはなんでも卸し立ての武器のテストが出来る、腕の立つ奴を探しているとか――」


「おまけにそれなりの成果が実証出来れば、その武器とおまけを必要数……サンプルとして格安で譲る――と持ちかけて来た。」


 すると……優男は自分が腰掛けた傍へ無造作に置いていた、機械製の物々しき剣を手に取り――


「……最初は怪しいただの三下武器屋レベルかと思ったが――こいつはとんでもねぇ武器だ。おまけとやらもそうだが、とてもそんじょそこらの武器屋が手に入れられる代物じゃねぇ……。」


「そんな武器商人と名乗る者が、俺ら――この界隈の裏社会を牛耳るギルド〈ブラッドシェイド〉へ接触したとなれば……いよいよ俺達にもツキが回って来たってやつだぜ?」


 裏ギルド〈ブラッドシェイド〉は表社会における冒険者ギルドと対を成す機関の一端で、汚れ仕事や各国家の暗部組織と繋がっているとの噂も絶えぬ社会の半グレ集団である。

 冒険者達とも依頼上同じ場所で出くわす事もしばしばであるが、お宝の取り方――または依頼を遂行するやり口が汚い事が起因し、冒険者達との衝突も日常茶飯事であった。

 街の市民とのやり取りにおいても、粗暴さや悪態が目立ち――頻繁に国の警備隊と揉め事を起こす事でも有名なのだ。


 ところが裏世界の需要・供給面としては、そういった輩を仲介し――同じく裏世界に生きる武器商人へ利益を生むシステムが、皮肉にも当たり前に定着する現実がそこにはあった。


「けど兄貴――そいつぁ信用出来んのか?突然そんな話が舞い込んだんだろ?」


「バカ野郎……分かっちゃいねぇな。あちらも商売でこんな得物を売りつけて来てんだ。おまけにこの手の商売は表の奴らを相手にすれば、いとも簡単に足が付く。だからこその俺達って訳だ……少なくとも商売が絡むなら、信用に値すると見ているぜ?俺は。」


 武器商人を名乗る者は用意周到に、且つ暗部の半グレ集団を介す事で己の正体を闇へと紛れさせ――狡猾なる利益会得手段を用いている。

 あの白黒少女の様な、抜け目など存在していなかった。


 子分であろう輩共へ饒舌じょうぜつに語る優男は、物々しき機械製の剣を弄ぶ様に振るいつつ……さらに思い出した様に言葉を付け加えた。

 ――そこへ左右される様な不吉を塗して――


「――それとこの武器の件とは別件で、武器商人とやらから依頼を受けた。こいつは破格の報酬だ……ドレッドをのしたあの小娘――〈汚ギャル〉とか言われたメイド――」


「そいつを始末して欲しい……手段は――まぁ、とか言う面倒くさい感じだが――」


 ドレッドの輩が零した言葉に男が反応したのはまさにその点。

 半グレの優男でさえ僅かな嘆息を洩らす、を付けた謎の武器商人――しかし報酬が破格な事で、兄貴と呼ばれた優男も已む無く事を了承し……今に至っていた。

 彼らは半グレではあるも、犯罪者の類ではない――れっきとした冒険者なのだ。


 それから程なく半グレギルドの者達は、受けた依頼のために動き出す。

 依頼の標的となったメイド少女――オリアナ・ギャランド・ヴェゾロッサを始末する算段を整えるために――



∫∫∫∫∫∫



 そこは港街を一望出来るテラス――ほのかな紅茶葉の香りと潮風がくすぐるオープンカフェ。

 テラスの一角にあるテーブルが徐々に夕闇に赤く照らされ始めた頃、街を見やるフードの男。

 すでに飲み干した空のティーカップを置くと、フード下に見える片側の目を細め――優しさと冷たさの同居した様な視線でひとりごちる。


「あれだけ大口を叩いて置きながら、勝手に一人逃亡するなど――アグネスの警備隊に捕まらなかった所は評価するが……が始末に追えん。よりにもよって、あの魔導機械アーレス帝国の超法規隊ディフェンサーとぶつかるなど――」


「やはりお嬢は、この世界には向いていない……。ならばオレが本部に代わり彼女を処分せねばならん……。」


 零す内容はあの白黒少女の件に終始する。

 しかし彼女を始末と言う物騒な物言いに対し……宿す面持ちはまるで親御の様な優しさと厳しさを塗していた。


 男にとって白黒少女は、幼き頃から面倒を見て来た先代の忘れ形見——その過程から来る親御の様な対応は、当然であった。

 それも彼女が組織に対し、意見の反発を見せるまでであったが——


「——店主、お代はここに置いておく。……なかなか良い茶葉だったな——馳走になった。」


「あっ、お客さん……ありがとうございます!またのお越しをお待ちしてますよ!」


 すでに夕闇に陰り始めたテラスを後にするローブの男。

 その視線が、忘れ形見の過ぎ去った幼き時分を思い出す様に遠方を見据え……ひるがえすローブで風を切り——程なくオープンテラスのカフェから煙の様に姿を消すのであった。

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