Act.16 白黒大道芸師

「さてお立会い! 今日は偶然飛び入りで訪れたお嬢さんが、お越し頂いた皆様へ……見事な曲芸を見せてくれます! ささ、存分に楽しんで行って下さいよっ! 」


 豪華客船の係留された岸壁近く。

 訪れた外大陸の人々が人だかりとなり、ある少女へ食い入る様に見定めていた。

 その少女の艶やかな黒の御髪は連星太陽の陽光を反射させ、対照的な白雪の様な肌が妖しき肢体となって観客を魅了する。

 腰まで伸び、切り揃えられた御髪を黒き風の如くたな引かせ……その両手に収まる、大道芸師の小道具としては物々し過ぎる双銃を構えるや、潮風に巻かれ少女は双眸を閉じる。


 白と黒に包まれる少女から大きく距離を取った場所へは、安全対策であろう衝撃吸収複合板前に複数の的が備えられ……しかし、無造作に設置されたそれらは少女の四方八方を囲む位置に据えられる。


「演目……双銃の舞! 得とご覧あれっ! 」


 大道芸を客引きとし、日々の稼ぎを上げる商人が高らかに開始の合図を放つと、白と黒の少女がカッ!と双眸を見開いた。

 刹那——その両手に収まる双銃がマズルフラッシュと共に、練習用の非殺傷弾を吐き出したのだ。


 だが少女は四方八方を囲む的を向く事はない。

 にも拘らず彼女の宙を舞った。

 それは宛ら銃の乱舞。

 彼女は身体の芯を一切動かさず……それでいて的を次々ノールックで狙撃して行く。


 驚く事にその結果は――


「なんだありゃ!? 的も見ていないのにっ!? 」


「おい、しかもほぼど真ん中じゃねぇか!? なんだこの嬢ちゃん、とんでもねぇ!? 」


 時間にして僅か1分足らず。

 狙い打たれた的は、ことごとくど真ん中周囲数ミリが穿たれる命中精度。

 すでに少女は、、満載の突っ込みどころが服を着た様な珍獣と化していた。

 

 その刹那の演目が終了目前で、少女は最後に両手の双銃を上下互い違いに合わせ、華麗に決めたポーズで演目終了の合図とした。

 そして一瞬の沈黙……直後に沸く拍手喝采と口笛が、少女の華麗なる演舞を盛大に賛美する事となる。


「いよっ! すげぇぜ嬢ちゃん、カッコいいじゃねぇか! 」


「凄い凄い、 あなたとても素敵だわ! 私ファンになってしまいそう! 」


 歓声に混じる賛美がむずがゆいのか、浮かべた汗はそのままに……引きった笑顔を見せる少女。

 同時に次々おひねりが投げ入れられ、あっと言う間に大金を稼ぎだす。

 そして——


「いやぁ~銃で狙撃とか言うから、もっと地味なのを想像してたんだが——ありゃシャレにならんなぁ、お嬢ちゃん !いや、オリアナちゃんだったな——」


「あんな大道芸何処で身に付けたんだ!? ウチとしても、二、三日と言わず暫く働いて貰えると助かるんだがなぁ! 」


「あ……いえ、一先ずはその日暮らしの身銭が手に入れば満足なので。それにこの銃の練習弾は、そうおいそれと手に入る物でも無いですし。(つか、こんな実践戦闘術を無闇にひけらかせ無いし!? )」


 かしこま白黒少女オリアナの謙遜が、さらに商人の商人あきんど魂に火を入れ、商人の男も食い下がった。


「何て謙遜した態度! こりゃ、ウチの知り合いが経営する喫茶店ならばイイ客が取れるってもんだ! どうだいお嬢ちゃん! 俺が紹介してやるから、そこで暫く働いて……せめて数ヶ月冒険出来る程度の稼ぎでも出してみねぇか!? 」


 まさかの優良店紹介へと発展してしまう。


 白黒少女も、大道芸以外の稼ぎ口は願っても無い所。

 少しの逡巡の後、軽い決断の言葉を商人へと提示した。


「そう言う話でしたら……。私もちょうど、その手のお仕事を探していましたので。そのお店へご厄介になりたいと——」


「それでその……喫茶店と言うのは、どんな所なのですか? 」


 前向きな少女の言葉で気を良くした商人は、仕事道具を片付けつつその喫茶店の名前を口にした。


「ああ、そいつは最近この街で新装開店したばかりの知る人ぞ知る店、 だっ! 」


 商人は、メイド喫茶【タイニー娘】と口にした。

 それが翌日からの少女にとって、厳しい試練になろうとはつゆ知らず――


「はい! ではそこへぜひご案内頂けるでしょうか! (あぁぁ〜、やっと惨めな状況から脱却出来そうだわ……)」



 深き安堵の面持ちで、快く商人の紹介を受け入れる白と黒の少女がそこにいた。



∫∫∫∫∫∫



 街の賑わいは港町特有……外大陸から訪れた来訪者で溢れ返る露店に商店。

 妖精族エルヴィムの数もこの街からグンと増加し、まさに世界は数多の種族で満ちていると確信出来る風景。

 中でも美しさに定評があるのは、妖精族の中でもひと種に一番親愛を寄せる種であり——容姿端麗な美男美女の宝庫であるエルフ族です。

 彼らは皆往々にして金色の長髪と長い耳が容姿を彩り、多少の差異はあれど美しさに関しては差異無しと言えます。


 まぁいくら褒めちぎった所でが、そのエルフ族にすら並べない事実は変わらないけどね。


 妖精族ではフェアリー族が、最もウチの残念な精霊に容姿共に近いのだけど、その残念過ぎる口調のせいで近しい種とは全く、微塵も、これっぽっちも感じませんね。

 と……こう言う多種多様な種の行き交う街へ訪れる度に、そんな哀れな事態へ嘆息する私なのでした。


「さて日が暮れる前に、私達がご厄介になるお宿を見つけたい所なんだけど——ん?」


 いつのもアレは確かに頭を過ぎりますが、異獣が闊歩するとも限らぬ平原での野宿は危険なため致し方なく、今日のお宿をと見回したその視界……映る広告に目を奪われます。


「ああこいつは、この街でも有名な大道芸人募集広告だなぁ。へぇ……まだあのおっさん商売続けてたのか。やるなぁ。」


「なんだい?テンパロットの知り合いかい? 私が以前訪れた時は、こんな物は見かけなかったけどね。観光客向けのイベントか何かかい? 」


 テンパロットが珍しく食べ物以外のネタに食い付いた事で、私も興味をそそられその類の質問を投げてみます。

 すると何やら、昔を懐かしむ様な視線を遠くへ移すツンツン頭さん。

 彼のこう言う時に見せる姿で、いつも意識はしませんが確実に一回り離れた年齢である事を思い出します。

 が……、なんで私にこれだけ迷惑を掛けられるのかと、その不甲斐なさには突如として怒りが頭をもたげるは止む無しだね。


「まあな。オレが幼い時分に何度か芸を見せて貰って、確かにそこから各大陸を転々と……って!? お前、なんでそんなに怒ってんだっ!? !? 」


って……(汗)。あんた絶対になんかやったでしょ。ミーシャのこの神々も後ずさる怒りの表情は、私達が確実に何かしでかした時のモノで——」


 言われなき理不尽に慌てるツンツン頭さんと、そこはかとなく失礼なコメをブッ込んで来るオレンジツインテさんを、の視線そのまま一瞥した私。

 ふとその広告が所狭しと貼られた箇所の片隅に二・三貼られた物が目を引き、怒りも吹き飛ぶ勢いで広告を凝視します。


「これは何だい? メイド喫茶 【タイニー娘】とな?……ほぅ。」


 興味の度合いもウナギのぼり。

 そのメイド喫茶なる存在は、ザガディアスの東に位置する東楼の小大陸〈アカツキロウ〉発祥とされるカルチャー。

 世界でも、そこはカルチャーの発信拠点と呼び声高き王国が存在しているのです。


「これはアレだね。〈アカツキロウ〉のカルチャーが、チェーン展開してる感じか。確かにあそこは、スーシやマーンザーイと言う独特の文化が根付いていたし、この【タイニー娘】なる喫茶店もその流れだね。」


「んあ? 〈アカツキロウ〉って、あのが流行りの——」


 放たれた言葉の羅列で何か腹が立ったので、テンパロットをシバきます。


「イダッっ!? いや、何でオレ今シバかれた!? 」


「仮にも裏社会で忍ぶのが生業なりわいの君が、そんないにしえのおバカな眉唾噂で事を決めてかかったのに……どうにも私は立腹した訳だね。そして今、怒りのままにシバいてみた訳だ。」


「ただの理不尽かっ!? 」


 涙目でシバいた場所をさすさすするテンパロットと、後ろで定番の様にケラケラ笑い転げるヒュレイカ。

 この時点では、私達もいつもの慣れ親しんだ日常を過ごしていました。


 しかしまさかその広告が……いえ、こう何か因果とかご大層な物では無く、——

 とある少女との間に、そんな他愛の無い広告から始まろうとは思ってもいない私達。



 その引かれた興味のままに、新装開店オープンしたてのメイド喫茶【タイニー娘】へと足を向けていたのでした。

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