黒き白雪編

たった一人の逃走劇

Act.15 奔走!白黒少女

「ああ……ウチは間に合ってるねぇ。悪いけど他を当たってくれるかい? 」


「そうですか……ありがとうございました! では——」


 一人の少女が街をしらみ潰しに巡り巡る。

 目的は己が失態で底をついた路銀を稼ぐために、街中の商店を片っ端から洗い出し、短期雇いの叶う店を探していたのだ。


 雇い入れを申し込む先々で見せられた態度に、裏を返す様な悪態が顔を覗かせる少女。

 白雪の如き肌に、傍目からしてもヤバすぎる黒のメイド衣装で出歩く顔立ち。

 ふり乱す黒の御髪は艶やかに日光を反射させる……、路銀が底を付きシャワーすら浴びれぬそれは


 彼女の名はオリアナ・ギャランド・ヴェゾロッサ——決してでは無い。

 悪態のままに潮風の香る街道を歩く少女は、鳴り響く腹の虫で悪態さえも中断してしまった。


「(クッソ……どいつもこいつも! 私が雇われてやろうってんだから、素直に雇えばいいもの……お――お腹空いた……。」


 すでに手持ちの路銀では、街道の端々から香る露天のフードさえも買えぬ文無しの彼女は、身なり共々少女としての表情さえも頂けない物へと変わりつつあった。


 さかのぼる事数日前――

 白黒少女オリアナ正統魔導アグネス王国辺境の街テベルにて、暗黒大陸に居を構える黒の武器商人ヴェゾロッサの名と供に、祖国であるバファル公国への恩義の元その侵略の礎となる戦争兵器を開発し、そこへ足を踏み入れていた。

 それを密かに街外れの砦へ仕舞いつつ、試作実験のため偶然街へ訪れた冒険者に王国反乱への参加と言う荒唐無稽の依頼をでっち上げて、企んでいたのだ。


 しかし選んだ冒険者の粗暴ぶりに惑わされ、むしろである事に気付けないまま、野望が見事に粉砕されるは、なけなしの仲間もブタ箱にぶち込まれるはからの今に至る。


 武器商人と言うナリには似つかわしくない武技を会得していたがため、辛くも逃げおおせるも、その武技は逃走にしか使えないと言うお粗末さ。

 それでも自分が描いた野望を粉々にした冒険者への復讐を誓いつつ、たった一人で近隣である港街タザックへと逃げ延びていたのだ。


「ヤバイ……マジで私のお腹がピンチだわ。それにシャワーさえも浴びれないなんて――クソっ! クソっっ……! 全部あの、ロウフルなんとかってのが悪いのよっ!」


「ただの見習い賢者と思ってたら、まさかあの女の身内がヤバイ奴ばかりって、どんだけツイてないのよ私は……!」


 多分に己の未熟を棚に上げる白黒少女は、他人に責を着せようとするあまり気付かない。

 訪れる先々で仕事を断られる理由が、姿


 繰り返そう……


 その汚ギャ……白黒少女へささやかな転機が訪れる。

 港街で知られるここタザックでは、他の大陸からの渡来者で溢れる事でも有名で、それらを迎え入れるための露店が立ち並ぶ沿岸の風景が売りである。

 世界に誇れる風景それの中、行き交う人々がみなぎる活気を其処彼処そこかしこへと溢れさせていた。


 そんな中で目新しい者好きの渡来者向けとし、沿岸の港近隣でささやかな大道芸者をつのり……溢れる活気を生む原動力の一端を担う商人がいた。

 その商人が今まさに、人手不足解消にと一芸に秀でた者を臨時募集していたのだ。


 街々に張り出された張り紙が、チラチラ目に映っていた白黒少女はこの後に及んで安いプライドが邪魔をし、頑なにそれを視界に入れまいとしていたが——


「この際アレで我慢するしかない……わね。くっ……何で私がこんな!」


 悪態を独りごち、沿岸の露店街へ向けるも再び唸りを上げる盛大な腹の虫に耐えかねて……遂に

 ひん曲がったプライドのまま足を向けるは、大道芸人を募集する商人が居を構える受け付け用の小洒落た建物。

 すでに取り繕った外交向けの表情を纏う白黒少女は、堂々その門を潜っる事となる。


「あっ、あの……申し訳ありません! 私……、少しの間お仕事を頂けないでしょうか!」


「おおっ、こりゃ久々の新人だな……! いやぁ、ちょうど今日明日予定の入ってた古株が急用で休んじまってなぁ。せっかくの渡来者を退屈させちまってた所だ! んで——」


「お嬢ちゃんは何が出来るんだい?一発芸か?コントか? いやこの際何でもいいが、しかし……そのなりは少々頂けないな(汗)。」


 口にした言葉にはハッタリがぶち撒けられ、何が何でも食事にありつこうと言う少女の執念がいやしく煮え滾っていた。


 そんな少女を迎えた商人は彼女を見るや救いの手が現れたと舞い踊るも……はやる気持ちを減退させるほどに、どうにも引っかかる点で躓いた。

 が……イマイチ理解の及ばぬ少女へ、事もあろうか神の慈悲の様な配慮が商人より送られたのだ。


「ウチで少しでも働くってんなら、この建物の裏にシャワー室がある。着替えもちょうどメイド服の予備があるから、それでいいなら使うといい。今着てるのを、綺麗にする間貸してやらぁ! 」


 商人が放ったいぶし銀な配慮で、ようやく理解が及んだ白黒少女は一瞬の間を置き陶磁器の様な肌を真っ赤に紅潮させて――


「す、すすすすいません!? シャワー室お借りしますっ!!」


 己が名も特技も明かさぬままに、疾風の如く案内されたシャワー室へ駆け込んでしまった。



 それは食堂バスターズ一行が街へ入る半日前の出来事である。



∫∫∫∫∫∫



 辺境の街テベルから一日の距離を歩き、程なく見える街並みがその遠くに輝く海原と相まって……辺境一の景観を生み出すここ港街 タザック。

 街はずれの岸壁に係留される数隻の大型客船は木造と機械を融合させた独特の姿を有し、今日も他の大陸より訪れた多くの来訪者に、その素晴らしき景観をプレゼントします。


「すでに潮風が清々しいね。この港街に来たのは久しぶりかな?」


「ああ、本当だな……。ちょうど露店街入口の店……目の前で炙るカザーエの炭焼きを思い出すな~~。」


「そうね~~あたしはあの外大陸産……ミントとチョコを包んだクレピナの味が。この街でしか売ってなかったのよね――ってヤバ……よだれ出そう。」


「何で二人が二人共、食べ物の話で盛り上がってるんだい(汗)? 私は一言も食べ物の事を口にして無いんだけど?」


 港街へ向かう街道を歩く私達。

 人が景観云々の話を振ったはずなのに……返す話題は二人して食べ物ネタと言う、ちょっとケンカ売っているのかと思うやり取り。

 まあイチイチこのおバカ二人の、些細な暴挙を相手にしてもキリがない訳で……私は一人、懐かしき景観を堪能しつつ港町正門へと足を向けたのです。


 程なく視界を奪うのは、テベルの街同様の平原を闊歩する異獣避け外壁。

 沿岸の一部までを覆う様に作られた石の居城は、街々でささやかな意匠の違いが見られるも、往々にして造りは似たり寄ったりです。


 その中央辺りへそびえる正門が巨大な両扉を――閉めてるね?


 現在この辺りに異獣が発生したと言う事案は耳にしていないので、念のため情報収集として扉を守護する門番の下へ向かう事としましょう。


「おはよう門番さん。私はアグネス宮廷術師会に所属するミシャリア・クロードリアと言う者、と……その護衛二人だ。時に門番さん、ここいらで何かあったのかい? 平原でも異獣が出現したたぐいの情報は――」


「おおっ!宮廷術師会の賢者様ですか!? いえ、この街の……少々良からぬ噂が立っておりましてね。」


 門番を任された屈強な護衛兵士が、ガチャリと甲冑を軋ませ耳寄せして来たので……取りあえず、噂の域を出ないささいな出来事が不穏に彩られてるのだろうと察した私。

 その耳寄せから情報収集をと聞き耳を立て、事にあたる上での事前情報収集に努めます。


「ここ数日前から、なんでもえらく。町民は汚ギャルだ!とかで、騒ぎ立ててまして。その不審な輩が、何でも至る所の商店で雇い口を探していると。」


「ほ……ほぅ?」


 なんだろうね……凄く心当たりがある上に、嫌な予感しかしないのは気のせいかな?

 おまけにそれは避けては通れぬ道なのではと思考し、続けられる言葉を待った私。


「どうやらそいつは、薄汚れたメイド衣装にも似た装束を纏っておるらしく……それも見た目が酷く汚れている故の、汚ギャル呼称だとの噂です。」


 ああ……

 

 後ろでおバカ二人も嫌な汗をかいているよ。

 だって私達は今まさに、そのを追っかけてるのだから。


 て言うか武器商人さん……もうド派手に目立ちまくって、闇の武器商人どころでなっくなってるじゃないか(汗)。

 とても嫌な方向に向けて所在判明で、残念な事に探す手間が省けたよ全く。

 そしてそれから程なくして、私達は先日取り逃がした黒の武器商人ヴェゾロッサな少女が――



 ……哀れな姿を目撃する事となるのでした。

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