Act.13 その依頼は無き事に
「……っが……はっ——」
テンパロットの一撃が、白黒さんを弾き飛ばし……激しく地面に打ち付けられた彼女はもんどりうっています。
と言いますかこのおバカ、一瞬素でブチ切れたな?
私は極力あのツンツンおバカには、事をいつ何時も冷静に運ぶ様に毎度キツいお小言を浴びせかけてます。
その本質としては――彼が必要以上に大切なモノを奪われる事への恐怖を持っている点に、それが関係する過去を殿下より知らされた経緯があるからこそ、常に冷静であれと言い続けているのです。
法規隊に所属してからの彼は、無闇にその意思を暴走させる事もありませんが……今回の様に向こうさんが言ってはならない地雷をブッ込んだ時に、歯止めが効かなくなるのです。
誰も信頼出来ず、誰にも裏切られ……そして
と思考していると、満身創痍な白黒さんが何やら道具を取り出し——ああ、何かテンパロットも御用達な逃走用のアレを取り出したね。
「……絶対、復讐してやるっ! 」
捨てゼリフも見事に例のアレを地面に投げ付け、舞う煙幕が辺りを覆います。
しかし時既に遅し、どっかのおバカが盛大にぶっ飛ばしたお陰で一足飛びで追えぬ距離が開いていた事もあり——
「あー……悪りぃ、逃がしちまった。」
「君はおバカなのかい? 私は毎度あれ程、ブチ切れるなと言ってた筈だけど? て言うか……ちゃんと手加減はしたんだろうね。」
嫌な汗を掻きながらこちらへ振り向くツンツンブチ切れおバカに盛大な嘆息のまま、逃がした点よりブチ切れた点に言及して置きます。
優しいね私と来たら。
まあ最後にあれだけの芸当で退却する
「まぁ……君がブチ切れた理由は、私のためでもある訳だから——その……今回は多めに……見てあげなくもない。」
と、優しさをモロ出しした手前カッコのつかなくなった私さん、照れくささの余り語尾がゴニョゴニョ口籠ってしまいましたが、私が守られた事実は事実……お礼だけはして置かないとだね。
とまあ、一先ずこの依頼は終了となるのですが……そこには色々問題も山積みな訳で——
「警備隊の皆さん、申し訳無いけど……首魁を取り逃がす失態を犯してしまったよ。流石にこれでは依頼で得られる報酬も——」
と口にした私の視界には、警備隊が事の終了を確認するため闇夜を照らした
「初めまして、見習い賢者ミシャリアお嬢様。ウェブスナー殿から聞いていると思いますが……
「今回の依頼達成状況について、首魁を取り逃がしたと申されましたが……こちらの情報では彼女は首魁に非ずと言う情報を掴んでおりました。」
私も銀の御髪を揺らす貴族然としたその人がたおやかに現れた姿に、一応の事の終了を実感したのです。
∫∫∫∫∫∫
テンパロットの受けた件側の依頼主のフェザリナ卿。
彼女の提供してくれた情報で、まあそうでしょうとは思ってたけどね。
ありえない向こうさんの未熟から薄々気取っていた事実が、今ようやく確証へと至ります。
「だろうね。まあ依頼が長期的な件である時点で、想像は出来たけど。」
「ふふっ……護衛様もさる事ながら、その護衛主も
「という訳で、今回の最初となる依頼報酬は確実にお渡しする事が叶うでしょう。それはまた後日と言う事で。」
気前の良い配慮が、コロコロと転がす鈴の音の様な声で贈られます。
その端々から溢れ出る、正に貴族と言わんばかりの気品はどっかの帝国所属の護衛達では遠く及ばないなと……その及ばぬ二人を見やるや、すでに眠そうな大欠伸をかますおバカ達にイラっ!とした私。
けれど今回ガチで二人に救われた事が掠め、不思議とそれ以上の不満は浮かんで来ませんでした。
ともあれ王国守備隊へ事の始末を引き継いで、私達は久々のハードバトルで堆積した疲労を回復するために、すぐに立たねばならぬお宿で最後の遅い宿泊をと足を向けます。
と、その前に——
「しーちゃん……それにジーンさん、今回は君達にも助けられたよ。まだ私の未熟な精霊召喚術の練度では、きっと苦労をかけると思う……けど——」
「今後もどうか私に……いや、私達人間にその大自然の力を貸して欲しい。本当に今回はありがとう、感謝するよ。」
術式解除と共に、通常の物質界での身体へ戻る二柱の精霊達。
彼らへ向けた心より溢れ出る謝意は、紛れも無い自分の本心。
本来精霊契約を行わぬ私が精霊召喚を行った場合……その生命へ致命的な代償を負ってもおかしくは無いのです。
魔術や精霊召喚に関わらず、過ぎたる力を何の代償も得ずに扱える理など存在しません。
世界の純然たる法則……物理法則と言われるそれは私達にとって生きる上での必然の摂理。
しかしそれが僅かな代償で力を得られる現実には、彼ら精霊達が親しき友人として接してくれる点が深く関わります。
その点を踏まえた私は彼らにささやかな、しかしそれだけで自分達を窮地に追い込むには十分な代価を払っているのです。
「礼には及ばぬぞ……お嬢。我らはお嬢と友人としての約束の元に力を貸している。今のお嬢を見てていればその約束を違える様な事は無い……そう判断出来るからこそ、力を貸すも
「我らを扱うそなたの術が、誤った方向に進まぬ限り我らは賢者ミシャリアの——その仲間方の盟友だ。」
そう……ささやかであるが致命的。
私は彼ら精霊に、万一私が力を向ける方向を誤った場合は……全力を持ってそれを阻止して欲しいとの約束を持ちかけたのです。
例えそれが私の命を奪う事になっても、と。
「何や辛気臭いな~~! せっかく依頼に成功したんや……ミーシャはんは何も間違いを犯してへんし! 今回は一件落着やっ!せやろ!? 」
辛気臭いとか、私は今感謝の念に浸っているんだよ?
少し空気を読めと突っ込みたくなる思考にて、こんな残念な友人への弄りも待ったなしだね。
「……やっぱり脱いで貰おうか。」
ボソリと放った言葉を耳にした残念さんが、一気に上昇したテンションのまま精霊たる
「
「……何で君が答えるのさ(汗)。」
先の戦闘時のノリのまま、
その意表はものの見事に同属の突っ込みを空打ちさせ、パクパクとちょっと可愛いお間抜け面を
そしてその背後で、声を殺し腹を抱えるおバカ二人はその後……定番の残念可愛いさんと三つ巴の痴話喧嘩を始めたのです。
成長しないおバカ達だね、全く。
ですがおバカ二人は、今全く気付いて無いのでしょう。
今回の依頼の片方は完全に骨折り損——当然依頼に対する成功報酬も何も無い訳で……残るもう片方の依頼が生きていたからこその任務報酬。
そして、今回おバカ二人がやらかした借金のせいで完全に大赤字な私達は間違いなく、この先もひもじい冒険者を
嘆息と共にお宿の方を向き
依頼前は静寂の宵闇に塗れた平原も、僅かに赤みがかる東の海を望む大地の彼方へ、連星太陽の光明が幾重もの帯を走らせ——
程なく私達はお宿へ着くと、倒れ込む様に睡魔のお誘いを受け入れたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます