Act.12 敗北の武器商人

 赤き世界ザガディアスの中でも、暗黒大陸に生息すると言われる鬼巨人オーガ・ジャイアント

 その屈強さだけならば、僅かな情報だが世界の共通認識。

 だが法規隊ディフェンサー一行が目にしたのは、世界の情報上の認識を遥かに上回る巨大さと恐怖を携えていた。

 さらにはその巨人を術式と魔導鎧によってチート強化した兵など、もはや正気の沙汰では無い。


 だが……その戦いを間近に見た者は戦慄するであろう事態が、古き砦で捲き起こっていた。


「良いね、これだよコレ! オレの一撃が大打撃となる感覚……ダンナの身体強化のお陰だぜっ! 」


『うむ。お褒めに預かり恐悦至極。』


 元来忍びと言う職業は、盗賊シーフの最上級。

 素早さや回避においては右に出る者など無いとされる一方……素早さに特化した筋力的な弊害により、一撃の破壊力に大きく劣る。

 故に奇襲強襲による暗殺が主体となり、それにしくじれば本人は致命的な事態に陥る実情がある。


 暗殺奇襲に長けた魔導機械アーレス帝国が誇るキルトレイサーたる狂犬テンパロット

 その彼が放つ一撃一撃は今、軽さが強みであった所へ重みが加わりみるみるオーガ兵の巨体へ被害を蓄積させていた。


 一方で――


「あら~~どうしたのかしら~~!? 全然攻撃がらっしゃるわよ……この鈍足巨人っ! 」


『さっきまともに、人の言葉とは思えんな~~。』


「えっ!? しーちゃん脱いでくれるの!? 」


「えっ!? マジかっ!? 」


『話し逸らすな、脱がへんわっっ!? つか、いつまで引っ張っとんねん!? そいでどさくさに、何でツンツン頭まで乗っとんのやっ!』


……脱げと? 』


「「『いえ、ごめんなさい。』」」


 先日の珍劇を引きる様な、余裕が踊るツインテ騎士ヒュレイカ

 彼女の得物であるグレートソードは両手で扱わねばならぬ重量を持つ。

 それは少女でさえ、一撃を振るう際の隙は甚大であり……その一撃を見舞うタイミングを誤れば、敵へ致命打を与える最大の勝機を贈るも同義。


 加えて重量から来るは、速度を持ち味とする敵に対して極めて不利に働くのだ。

 しかし今彼女が振るう大剣グレートソードは、あたかも狂犬が閃光の様に見舞う剣殺しソードブレイカーの如き疾風となり、強力な一撃必殺の武器が水を得た魚の如く暴れまわる。


 そう——

 狂犬はアンダースーツへ精霊ジーンを……そしてツインテ騎士はアンダースーツへ精霊シフィエールを精霊装填しているのだ。

 魔導機械が生み出した機械文明の産物は、纏う兵士の身体能力を精霊との共振装填によって劇的に強化し……戦場における個々の戦闘力を物理的に昇華させる技術であった。


 致命打を得た狂犬と、疾風の如き剣速を得た騎士。

 そこへのさらなる脅威を、白と黒の少女は目撃する事となる。

 狂犬の剣殺しソードブレイカーとツインテ騎士の大剣グレートソードそれぞれ、刃を覆う、本体の刃部分を拡張する様に鋭利・巨大化していた。


「そんな……何なの、あんた達は!? 相手はオーガ……チート兵器なのよっ!? 何でそんなに軽々一撃を与えられるのよっっ!!」


 半物質刃が鋭利に伸び、ショートソードサイズの刀身へと相成る狂犬の得物。

 グレートソードの刃を中心に半物質刃が広がり、超重刀剣ヘヴィザンバーと称される斬馬刀ホーススラッシャーと化すツインテ騎士の得物。

 加えて、刃に見える微細な高速振動が猛威を振るう。

 〈超振動スーパーヴィブレーション〉と称され分子結合を切断する科学の刃ブレードは、金剛石ダイヤモンドでさえも紙の様に切断する魔導機械文明の結晶。


 振るわれる攻撃全てが、魔導鎧も……対魔術処理呪文さえもまとめて紙の様に切り裂き——ついにオーガ兵が動きを止めた。


「さて、頃合いかな。——私達は、貴女の独りよがりに応えて充分戦ったこのオーガ……無用に命を奪いたくは無いんだ。」


「大人しく手を引いて、頂戴して欲しいんだけど? 」


「へっ? ……お縄っ? 」


 オーガ兵が動きを停止したのに合わせ、精鋭達もその攻撃を止める。

 同時に複数の足音——重歩兵が生む鎧甲冑のれる音が、辺りへ響くや白黒少女を囲む様に隊列を成した。



 法規隊ディフェンサー一行の正統魔導アグネス王国の国家権力が到着したのだ。



∫∫∫∫∫∫



「お待たせしました! こちらフェザリナ卿直轄、アグネス王国国境警備隊〈フェザー隊〉隊長ガッセ・グランダであります! 見事な働き、感謝致します! 」


「ああ、テンパロットの依頼側勢力だね? 砦入り口周辺のは? 」


「ええ、既に皆……王国警備兵により連行が進んでおります。」


 襲う事態に思考の追い付かぬへ向け、桃色髪の賢者ミシャリアが懇切丁寧に事情を明かす。


「覚えているかい? 私が部隊の名乗りを上げた時、と言ったのを。実は君が依頼を申し出るぐらいのタイミングで別口の依頼が舞い込み、そこの狂犬さんがが絡んでいてね。」


「思い出したらちょっと腹が立ってきたけど。まあ、ぶっちゃけ君の動向はハナからマークされてた……って訳だ。ああ、因みに向こうで伸びてる君のお仲間は全員急所は外し——」


「……ちゃんと、二人とも(汗)? 」


 急所を外したと言い放ちつつ、不安に駆られて精鋭を見やる桃色髪の賢者に……慌ててブンブンと首を縦に振る狂犬テンパロットツインテ騎士ヒュレイカ


 小さな賢者が放った言葉で膝を落とし、白と黒の少女は絶句する。

 当の彼女は自分が口にしたお父様と言う言葉が関わる様に、武器商人としての己の立ち位置へ並々ならぬこだわりを宿していた。

 それが執念へと昇華されるも、その身から出る未熟は隠せない。


 法規隊ディフェンサー一行が端々で感じ取っていた、武器商人としては余りに稚拙な見通しの甘さ——それは王国を守護する者達にも、多分に気取られていたのだ。


「さっきも言った様にチート兵器であろうとも、それは特定の条件下でのみ有効である最強。そんな事にも気付けない様じゃ、私達の相手にもならないね。」


「——加えて、。その点を履き違えた時点で、こうなる事は予想出来きたよ。 」


 さとす様に突き付けられた少女の至らなさ……その内容へ含まれた言葉を耳にした白と黒の少女が、茫然自失の体から只ならぬ殺気をばら撒いた。


「わた……しは、お父様の様には——」


 刹那——少女が懐から抜き出したモノに反応する狂犬が、疾風の如く守るべき賢者の前に立つ。

 おもむろに兵装庫の天頂で立ち上がる白と黒の少女が手にしたのは二丁の短銃——が、銃にあるまじき付属ガードを備える姿は通常の短銃火器とは一線を画す。


「お父様の様に……ラブレス帝国の言い成りになんてならないっ! 私の祖国はバファル、あの公国にこそ恩義があるんだっ! 」


「表に出て何が悪い! 表に出なければ、私達はこれからも奴らに……ラブレスの奴らに良い様に使われて捨てられるだけなんだっっ!! 」


 己の不利が確定する中、宿す信念が悲痛に塗れた少女へ狂気を宿す。

 そして双銃を構え……兵装庫の天頂より飛び降りた。

 同時にメイド装束の端々より出た、魔法力マジェクトロンによって編まれた特殊な衣が風を孕み——少女が宙を駆けたのだ。


 構えるは双銃。

 なれどそのまま突撃に移行する少女の姿に、異質の能力を感じた狂犬が襲い来る白と黒の狂気目掛けて投擲用ダガーを複数見舞う。

 だが少女は空を宙を舞う状態でピンポイント射撃を敢行し、飛来するダガーさえも無残に叩き落す。

 それを視認した狂犬は視線へ鋭さを宿し、あなどりをかなぐり捨てた。


「ヒュレイカ! ……ミーシャに近付けるなっ! 」


「みたいね……任せるわ! 」


 直感が事態を悟らせたツインテ騎士も己では部が悪いと察し、白と黒の狂気への迎撃を狂犬へ任せて守るべき賢者の盾となる。


 直後……双銃を振りかざして狂犬と接敵した白と黒の狂気が


「邪魔……するなっ! 私は武器商人ヴェゾロッサを……お父様の作った組織名を世界に知らしめるんだっ! お父様の様に、使われるだけの犬なんて——」


 双銃が狂犬の急所を狙い打つ様に見舞われる。

 二振りの銃を近接にて、且つ打撃と銃撃を織り交ぜる様は短銃を用いた格闘戦術。

 剣殺しソードブレイカーで舞う打撃を払う狂犬は、その合間で急所を狙う銃弾をかわして行く。


「クッソ……んな技、何処で身に付けやがったっ!? ヒュレイカっ……! 」


 双銃との近接格闘最中、無差別に放たれる銃弾から主を守れと……叫ぶ狂犬の意図を察したツインテ騎士が、巨大な刀身を賢者の前に突き立て文字通りの盾と化す。


「ふぅ……今回は随分役に立ってくれるね二人とも。ストライク・スレイブ・ガンアーツ……通称〈ストレガ〉か。では、流石に想定の外だね。」


〈ストレガ〉と称される技は、本来魔導機械アーレス帝国を始めとする機械文明による繁栄を成す国々の軍隊に見られる、機械武装兵団マシナリーズ・プラトゥーンのごく一部で採用される短銃を用いた近接戦闘術である。


 赤き大地ザガディアスに於いては、国家の軍では大半がソード弓矢ボウの旧式武装兵団が主体だが……後方支援として、魔導師ウィザード精霊使いシャーマンによる大儀式魔法術式ヒュージ・ライチュアル・マギクスの支援が組み込まれていた。

 それらに対する新たなる発想の元、少数精鋭特殊戦術部隊の主流戦術として魔導機械国家群により生み出された複合近接戦術……それが〈ストレガ〉である。

 ただしあくまで研究段階でもあるため、普及率は未だ底辺——故にその戦闘術の全容と実力は一部が知るのみであった。


「私は何としてでも、武器商人としての手柄を立てるっ! そのためにも……オーガ兵実験が失敗に終わろうとも、そこの—―」


 世界でもごく一部しか全容を知らぬ格闘戦術を一見し、そこに秘められた危険を僅かなやり取りで見定めた狂犬だが……彼の聴覚へ響いたのは白と黒の少女が放った禁句。

 それにより、その雰囲気を一変させた。


「——ふざけるなよ? 」


「……ごふっ!? 」


 地の底より響いたかの声が届くか否か、双銃を見舞っていた少女が身をよじって吹き飛んだ。

 帝国暗部を渡り歩いたが、刹那の殺気で白と黒の少女の心を永久凍土の如く凍り付かせ――

 目にも止まらぬ渾身の一撃で、少女の胴を薙ぎ払ったのだ。


「オレ達が護衛するお嬢に……指1本でも触れられると思うな! 」



 凍る様な殺気を撒く狂犬を見やる桃色髪の賢者の、「やりすぎてないだろうね、全く。」との嘆息混じりの言葉が……一連の騒ぎへ幕を下ろす事となった。

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