Act.9 闇に舞う黒き白雪

 常闇が覆う平原の先、それは姿を現した。

 すでに古代遺跡と言う名の遺物へと成り果てた、過去の歴史的建造物へ向かう一行は只ならぬ気配を感じながら進む。


 夜のとばりに包まれた平原は、夜行性の異獣が跋扈ばっこする世界。

 人と人が争いを始めて幾つかの時を数えるが、その悪影響で凶暴な異獣が増殖する悪循環へと陥いるがこの赤き世界ザガディアスの現状である。


 そんな世界で異獣討伐を生業なりわいとする冒険者は、世間——中でも力無き民には重宝がられる。

 闇夜を進む一行も、対異獣の冒険者としては一級であるが、今彼らが目指すのは陰謀と言うであった。


「砦はすでに目前だけど……仕掛けてくる気配は無い様だね。あくまで依頼のフリを続けているのか。それとも、あのオーガ兵を使う企んでいるのか——」


「……二人とも、用心と準備は怠りなく頼むよ? 」


 常闇の澄んだ空気は、桃色髪の賢者ミシャリアが気取られぬ様抑えた声さえ遠くへ響かせる。

 彼女の背を守る様に続く狂犬テンパロットツインテ騎士ヒュレイカも視線を合わせ、無言の首肯を合図とする。


 僅かにそよぐ風が草木をざわめかせ、それに紛れる一行の足音は霞に消える。

 程なく……開けた先に遺跡と化した砦へ続く広々とした道が現れるや、依頼上姿を隠す必要などは無い故と、一行も堂々正門へと突き進む。


 開く扉は重々しいを通り越し、朽ちかけたきしみで半ば強引でなければくぐり抜ける事も叶わぬてい

 二人の護衛がそのきしむ扉を開け放ちつつ、悠然とした面持ちの下隈なく危機の気配を掴まんとする。


 そして——


「あーーっ! 賢者様御一行……よくぞおいでになられました! この様な時間にこの様な場所で申し訳ありません! ささ……私がご案内しますのでこちらへ——」


 怪しさしか浮かばぬ朽ちた遺跡に、全くそぐわぬ甲高い声が響く。

 一行へ領主への反乱に参加してくれと言う、想定外の依頼を提示したあのメイド少女である。

 だがその背後より、ゾロゾロと何処いずこからか現れた影が囲む様に群がって来た。


……と言うには気がするのだけれど? 私達は依頼を受けに来たんだ。別に君達を、取って食おうと言う訳じゃ無いんだよ? 」


 すでに否応なしに感じる胡散臭さ……状況把握のため桃色髪の賢者はカマをかける。

 依頼内容である領主への反乱と言う名目を、殺伐とした空気の中でメイドが語り出す。


 ——メイドにはあるまじき雰囲気を纏って——


「いえ、実はですね。その……御三方にお願いがありまして。まぁ領主への反乱と言う名目を。」


 剥がれる仮面……口元に踊る狂気。

 メイドとして依頼を持ち出した少女が、着飾るメイド装束へ魔法力マジェクトロンの障壁を纏わせる。

 白雪の様な精気の感じられぬ肌に……ギラリと輝く紅玉の双眸に陰謀を渦巻かせて。


「私達がこれよりの侵略を前提に開発した、実験中の魔導強化兵装オーガ兵がいましてね? その実戦テストとして、と言うお願いです。」


「何ぶんモノがモノですし、それ相応の実力を持った実験台を探していた訳です。はい。」


「ふぅ……それが君の本性と言う訳か。まさかな上、とはね。差し詰め君のバックは、バファル公国と言ったところかい? 」


 淡々と……そして狂気をばら撒く様な口調の少女に被せる桃色髪の賢者は、努めて冷静に事の真相へと切り込んで行く。

 囲む周囲の影へ目配せする黒き白雪の少女は、何かの合図とも取れる視線を送ると——


「ええ……その通りですよ~~。我らが祖国がとどこおり無く、あまねく世界へ侵略出来る様にその備えを仰せ付かっているのです。我ら……黒の武器商人ヴェゾロッサがね!」


 砦の外壁 屋上から舞い降りる影が、桃色髪の賢者へ異物を投擲……が、すでに反応していた狂犬により舞う異物それを投擲用ダガーで迎撃した。

 刹那——


「何だ、この光はっ!? 」


「ミーシャっっ!? それ――」


 異変に反応する狂犬とツインテ騎士を他所よそに……投擲物はダガーと衝突した直後、固形から飛び散る様に桃色髪の賢者周囲へ広がる。

 無数の小さな突起物が地面に突き刺さるや、次々と変形展開した。

 同時に電気的な膜が形成され……飛来した一部が桃色髪の賢者頭上へ滞空——少女を覆う様に多面体の透き通った壁が生成される。


「ちいぃっ! ミーシャ、すぐに——」


「よすんだテンパロット! これは触れるべきじゃない!」


 異変を察した狂犬は即座に桃色髪の賢者へと飛ぼうとするが、少女が懐から取り出した布を透き通った壁へ近づけると、それは電撃を伴い黒い消し炭となる。


「ああ……それには迂闊に触れない方が良いですよ? 電磁シールドが容赦無くあなた方を焼き切りますからね~~。」


「電磁……そうか。これはって事だね。これは流石に想定していなかった。まさか、。」


 桃色髪の賢者の言葉でゾクリ!と目を剥く護衛二人。

 彼らの護衛する賢者に於ける、精霊との力途絶は致命的。

 同時にそこへ只ならぬ動揺を浮かべた狂犬とツインテ騎士。


 否……


「さあ~~これより素敵な舞台の開演です! まずは手始めに、我らが黒の武器商人ヴェゾロッサの力を見せ付けて差し上げましょーー! 」


 黒き白雪の少女が一層の狂気を纏って声を上げると、うごめく影が声も無く各々の武装を抜き……まんまと罠にまった、冒険者一行へと襲い掛かった。

 少女は既に、獲物を狩る寸前の愉悦に満ちた表情で嘲笑を浮かべた。

 彼女が思い描くは眼前の冒険者一行が程よく雑兵を超えた後……チート装備を纏った実験兵器を相手にし、地べたでのたうち回る光景であろう。



 そう……陰謀を企てた黒き勢力は、であったのだ。



∫∫∫∫∫∫



 黒き白雪の少女が、謎の冒険者一行を罠にかけようとする一方。

 少女が鎮座していた物見やぐら窓から、事の成り行きの一部始終を観察する影。

 浅黒いローブにフード下……端々に包帯ともベルトとも取れる物が、無数にチラつく怪しさを絵に描いた様な男が一部始終を注視していた。


 崩さぬ表情は無表情とまでは行かずとも、いたずらに感情宿さぬ面持ちで白雪の少女がを見やる。


とこちらが問うた。しかしがこのザマか……。あまつさえ、裏方黒子の武器商人が自ら戦場に躍り出るなど。先代が見れば呆れ返る体たらく——」


「どうにも、目先の者達の見誤っている様だな……ウチのお嬢は。」


 見定める眼光はその思考に、事の結末が見えているのか——既に諦めとも取れる意をチラつかせる。

 そのまま窓から視認できる少女の結末の見えた奮闘に愛想をつかす様に、不穏なローブの男はテーブルへと歩みを進め……少女が弄っていた水晶を手にした。


魔量子接続コンタクタス——』


 僅かな呪文詠唱に応じた水晶が輝きを放ち、そこより放射された光が物見やぐら壁面へ映像を映し出す。

 その先に映し出された者達へ、浅黒いローブの男が通信と思しきやり取りを始めた。


「こちらはリュード・アンドラスト、ヴェゾロッサ本部へ通達だ。間もなく先代の忘れ形見……いや?――」


「こちらも機をうかがい撤収するが……悪く思うなよ? を残すヘマをする訳にはいかんからな。」


 浅黒いローブの男……リュードと名乗る者が水晶の先に映る者達へ吐き捨て、それに応答する者も映像の先で渋面をこしらえる。


『致し方あるまい。すでにヴェゾロッサギルドでは、彼女側に付こうと言う者はほぼ皆無。場合によっては、先代の忘れ形見を切り捨てるも已む無しと考えている。これも――』


『これも我らヴェゾロッサが、かの国の目的に同調した故での決断であり――。』


 渋面の男は映像先の者達を代表する存在であろう……ひと種で60代を数えるやつれた初老が、致し方なき状況に眉根を歪ませる。

 その表情へも淡々と語る浅黒いローブの男が、無情ではない――しかし、厳格な表情で通信先の初老をおもんばかる。


「それが貴君ら……先代の意向に同調し旧体制を重んじるヴェゾロッサ本体の決断だろう? それは何より先代が望んだ行く末だ……あのお転婆は、それがお気に召さなかっただけ――」


「非情になりきれぬと言うならば、お目付け役を引き継いだ俺がその任を買って出てやろう。待てばその時は訪れるだろうからな。」


 示された配慮へせめてもの謝意を浮かべた初老の通信は、水晶から出た映像途絶と供に終了となり……改めて浅黒いローブの男が窓の外へ視線を移す。


「申し訳ないがお嬢――。後は自分の好きに生きるがいい……が――」


「こちらもかの卿が描く目的のため、無駄な時間を費やせぬ。無駄に手間をかけさせたその時は、こちらも容赦はせん。せいぜい?お嬢。」


 情と非情の入り混じる厳格さを宿した黒き不穏リュードは、その言葉を最後に物見やぐらを後にする。



 すでに窓の先――見透かされた敗北の瞬間が刻々と迫る、

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