Act.8 ポルドール砦の陰謀

「何や久しぶりの物質界やけど、相変わらず変わらへんなぁ~~。精霊界時間の進みの方が遅いはずやのに、こっちの文化は歩みが遅いんかいな? 」


 桃色髪の賢者ミシャリアからの懇願を受け、残念精霊シフィエールがヒラヒラと街中を泳ぐ。

 しかし大よその街の人々では、精霊と言う存在の霊格を認知できる者がまず存在せず――殆どの場合、風が少し強く吹いていると言う自然現象として見過ごされる。

 まさにその点にも、桃色髪の賢者が思考した機転が活かされた形であった。


 程なく精霊の浮遊速度で言うなんでもない距離を越えると、目的となるポルドール砦跡の傍……鬱蒼と茂る林へと辿りつく残念精霊。

 茂る木陰から砦の壁周辺へ隈なく探りを入れる。


 規模としては中核に当たる、外壁と内部の三階立てとなる石造りの砦。

 近年ではほとんど見られぬ、外海からの侵入を企てる国や海賊を見張るための要塞とした活躍した跡だ。

 しかし、それら脅威が跋扈ばっこしたのは数百年を数える程昔であり、最早その砦は風化した歴史遺産と成り果てていた。


「ああ~~ミーシャはんの言う依頼上の集合場所はここやな? しかしまぁ……胡散うさん臭さが三割増しやでこれは――」


「そう言えばミーシャはんは今回、反乱に……いつもながら無茶な依頼受けよるわ。考えんのかいな。バックの帝国の力があらへんかったらどないするんや、ほんま……。」


 木陰で友人である桃色髪の賢者ミシャリアの変わらぬ気質に、感嘆とも嘆息ともとれるボヤキを零しつつ……周辺調査を終えた残念妖精はさらに調査をと快晴の空を泳ぐ。

 聞き及ぶ反乱への備えと称した集合時間は夕刻を過ぎた宵闇。

 残念と弄られるが常の彼女だが、そこはやはり精霊――闇に紛れた何らかのを感じ取るや砦跡内部へと侵入を試みた。


 砦外壁は本丸よりそれなりの距離を置きそびえ、内部には入り口より繋がる大通路が中央へと伸びる。

 すでに古き世界遺産然とした様相を表す通路の脇を、茂る草木が覆い尽くす様は手入れが為されているとは考え難い……文字通りの遺跡であった。

 さらには、依頼にあった反乱を企てているの者達もまばらに確認できる程度——纏う武装も騎士や戦士の類からは程遠い、夜盗の群れの様ななりを晒す。


 当然姿なき精霊の気配を感じ取れる輩も皆無である。


「……何やこれ? ミーシャはんが受けた言わんかったら、とてもやあらへんけど、こない体制で反乱を企てるとは考えられへんわ。」


 残念精霊としては精霊であるが故のお役目上、賢者少女とも長い付き合い。

 それが関係しひと種との接触を持つ事も多く、物質界に広がったそれらの文化圏情報も知識の範疇である。

 その中でもこう言った諜報活動が主体であった彼女は、いたずらに事を勘ぐる性分へと変貌を遂げたのだ。


 と——視界の先に一際巨大な建物が映り、一層の胡散うさん臭さに鼻を効かせながら何人にも映らぬ姿で向かう残念精霊。

 暗がりに僅かな明かり窓の光が差し込む建物内部は、構造的にも巨大な兵装庫を思わせ——先史時代の攻城兵器でも収納されていたかと感じる空間が開けていた。


 その暗がりにうごめく影を、明かり窓上から確認した残念精霊は絶句し、嘆息する事となる。


「あかんわ……これ。ミーシャはん、。こんなん、アグネス王国所か光差す地域には存在せえへん完全に暗黒大陸の代物――」


「何が反乱に参加して下さいや……これは反乱やない――侵略や。」


 依頼にある反乱への加担……そのうごめく影を見た残念精霊は、語られた依頼そのものへ塗された虚偽をつぶさに感じ取る。

 最早調査の成果は十二分に得たりと羽根をひるがえす残念精霊は、速かなる帰還の後に桃色髪の賢者への報告をと急いだ。


 だが——残念精霊のいた場所からさらに高い本丸と思しきそこで、彼女を視線で追う影がいた。


「よろしいのですか?お嬢……あの精霊を泳がせて。事が露呈すれば策どころではありますまい。」


 浅黒いローブを纏う影が砦の本丸の、物見やぐらの位置に当たるそこに鎮座する影へと問う。

 そこにあつらえたテーブルの上でクルクルと、水晶の様な装飾を弄りつつ……頬杖をつく影は覇気も無く問いへと返答した。


「いいのいいの。どうせアレの試験用におっ死んで貰うんだから。しかしよくもまあ、こんなタイミングで獲物に使える冒険者が訪れたものね。」


「賢者様と聞いて、名のある人かとちょっと焦ったけど……何て事の無いただの見習い。おまけにこちらは、暗黒大陸製・も持ち合わせているのだから。」


 クルクルと弄る水晶を止めた手は、白雪の如き白にか細い指。

 その手が伸びる衣服はメイド衣装を意識した魔導装束。

 手指と同じく白雪を思わす肌で、正気の無い人形を彷彿させる表情はにこやかに——そして妖しく輝いていた。


 吐き棄てる言葉へ闇夜を跋扈ばっこする魔物の如きドス黒さを含みつつ、その少女はほくそ笑んだ。


「さあ、冒険者さん?これからいい声で鳴いて貰うわね。踊りの舞台は今夜ここ。そして私達黒の武器商人ヴェゾロッサが開発した魔導機械技術を纏う強化オーガ兵——」


「その試作テストと言う舞台で、タップリと……ね。フフフッ……アッハハハハ——」



 嘲笑ちょうしょうが、いつか高笑いと化した頃には白き狂気が少女を覆っていた。

 白雪の白に……黒基調の魔導装束メイド服を風に舞わせて。



∫∫∫∫∫∫



 夕刻を前に……しーちゃんの帰還を待ち準備を終えた私達は夕食にありつきます。

 しかし珍しく大事の前にと互いで神経を洗練させているのか、何事も無く早めの夕食を済ませたテンパロットとヒュレイカ。

 いつもこの調子ならこちらも心労が減ると言う物ですが——さしもの今回は、しーちゃんからの緊急報告もあり違う方向へ心労アゲアゲ待った無しです。


「んじゃま、またいつでも呼び出してーな! 」


「うん。待ってるよ。」


「いらんわっ!? 何でそない、不穏なあいさつで締めようとしてんねんっ!? 」


 神秘的な光に包まれて、神秘の欠片も無いあられもない姿で異界へ消える残念な友人。

 見事に依頼をこなしてくれた、素敵な友達を定番のいじりで見送りながら砦に向かう準備を進めて行きます。


 かく言う私の精霊魔法は未だ研鑽の最中にあり、長時間の精霊行使には著しい魔法力マジェクトロン消費を伴います。

 ですが未熟を嘆いている場合ではないため……地道な術式の反復行使で、まず数をこなす事に専念しているのです。


「とまあ、どうやら私達は見事にハメられた様だけど……寧ろこれは好都合とも言えるね。ただ——」


 手持ちの魔導書を睨め付けつつ、二人の護衛へ状況確認を行います。

 お宿には今後ご迷惑がかからぬ様、痕跡を消す方向で話を付けて——魔導書に記される記述を繰り返し頭へ叩き込みます。


「そうね。しーちゃんの話通りとするなら、反乱とか何とかは。そもそもそれが真の狙いを隠すための陽導……と取れるわね。」


「指し当たっての問題は、しーちゃんが目にした異形だぜ? 少なくともあいつが見た影のサイズを考慮すれば、上級クラスの鬼巨人オーガジャイアント……そもそもそんな輩は暗黒大陸にしか生息しちゃいないからな。」


 私は二人の鋭い観察眼を耳に入れつつ、睨め付けた魔導書に記された鬼巨人オーガジャイアントの記述に注目します。


 ――暗黒大陸――

 ザガディアスを代表する三大陸から大きく隔絶された大地。

 記述を目にする限りでは、ゴブリンやコボルドを初めとした闇の人種ノアル・ヒュミアとも亜人種デミ・ヒュミアとも言われる種族の生息が確認されています。

 その中でも竜種ドゥラグニートに次いで厄介とされるのが、しーちゃんが目にしたと言う鬼巨人族オーガジャイアントなのです。


 ザガディアス共通尺度であるメトに換算した上で――身の丈は小さなモノでも3メトを超え、大きい物で5めと近くに達するそれらは有り余る怪力で並みの冒険者さえも苦しめると伝わります。


 実の所暗黒大陸に住まう種の進化過程は未開の領域であり……鬼巨人族オーガジャイアントも多分に漏れず、その大陸特有の巨人種と言う大まかな情報を得るのが関の山でもあるのです。


 さらには——


「一番気になるのは、だね。正直久しぶりの重い依頼がここまで危険を孕んだ件とは、本当に私達も運があるのか無いのか分からない所だよ。」


「テンパロット側の依頼情報でほぼ確信したけど……それは魔導鎧。それも機械仕掛けの危険な代物……と言えるね。」


 導かれた事態はそれはもう面倒極まりない状況。

 しかし、テンパロット側の依頼危急度から算出して……決して放置出来ない後々のリスクを孕む件ではあるね。

 テンパロットが持ち帰った情報に於けるキー……黒の武器商人ヴェゾロッサと言う言葉の羅列が、事の重大さを一層引き上げてしまうのです。

 かの武器商人の情報は旅の行く先々で小耳には挟んでいた案件。

 さらにその延長線上にチラつくのは、暗黒大陸に居を構えると言う国家……バファル公国の世界侵攻と言う手に余る事態です。


 諸々を整理するだけでも、並の冒険者ならばむざむざ危険を冒して飛び込む必要など無い案件——けれど私達は見過ごす訳には行かない事態に……自分自身も覚悟を決めて罠に飛び込む様な依頼遂行を決意します。



 決戦は深夜——

 我らが法規隊ディフェンサーが熟すべき任務に於ける戦いの幕が、切って落とされる事となるのでした。

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