Act.5 諜報活動

 食堂半壊から二日の時を置いたこと法規隊ディフェンサー一行。

 その騒動の主犯へ仕事依頼に訪れたメイドが再度訪れる時刻となり、お宿でそれを快く出迎えた。


「昨日は即決即断で断った手前手の平を返す様で悪いけど、やはり貴女の依頼を受けようと思う。依頼の詳しい詳細を聞かせてもらえるかい? 」


「あっ、ありがとうございます! ああっ…………っと、失礼しました。しかし――」


「よく昨日の今日で、依頼を受ける方向へと……。今より詳細をお伝えしますが、その後で――差し支えなければ、至った経緯をお聞かせ願えますか? 」


「ああ……まあそれには深い事情があってね――」


 桃色髪の賢者ミシャリアが転じて依頼を受ける思考に至った経緯は、前日に狂犬テンパロットから得られた情報に端を発する。



 事は食事時に腹を空かした狂犬が、宿へ戻ってからまでさかのぼる。



∫∫∫∫∫∫



「あぁ~~食ったぜぇ~~! いや、腹減り過ぎてのたれ死ぬ所だった! だがしかし……オレの手持ち路銀が底をついたぜ。」


「知らないよ。自業自爆なんだから、そんな哀れみを請う目で見ないでくれるかな? そっちのツインテさんみたいに「返事が無い。ただの屍の——」の様に振舞ってるといいよ。」


 そっぽを向き満腹を享受した狂犬さんをなぶる私は、こちらの癇癪の原因が分からぬ彼を見ない様……魔導書片手に食堂でのひと時を過ごします。


「なぁ……何怒ってんだ、ミー——」


 隣に立ち覗き込んで来た、のたれ死ぬ寸前とのたまった割に元気の有り余る狂犬さん。

 しかし私の脳裏には、さっきの「!?」に対する怒りが尾を引いており……なけなしの腕力が繰り出すを頭が回ってない狂犬おバカへお見舞いします。


 グボォ!と醜い呻きが聞こえると……今まさに満腹になったお腹を押さえた狂犬さんが、床に膝を付いてもんどり打っていました。


「……おまっ!? 食った……後の……ブローは、ウプッ——」


「ちょっと……その「ウプッ」は、嫌な展開しか想像出来ないので止めてくれるかい? それに私が怒ってるかもと思うならば、が最優先だと思うよ? 」


 なけなしの腕力のはずが、テンパロットの装着する特殊繊維ベストの下——無防備な急所へ見事に突き刺さり、少し気の毒に思うもこれは身勝手なおバカさんへのしつけ

 止むなしとの判断に至ります。


 そしてへ、見下ろす様に叩きつける半目そのままに……私の怒りの詳細説明へと移って行きます。


「君は私が「——」と話そうとした時、「!」て被せたよね? そこで何か疑問は浮かばなかったのかい? 」


「——あ……。」


 もんどり打ってた狂犬さんの時間が停止したね。

 これ絶対気付いてなかったやつだよね?

 時間停止から程なく、狂犬と呼ばれた人が打って変わった様に怯えた仔犬よろしくフルフルと青ざめますが——私はそこへ容赦なく畳み掛ける事とします。


「それはつまりこちらにも依頼云々が来ており……君の持つ情報網から、その依頼を受けるか否か慎重に選ぼう。そう私が考えて放った言葉だったのだけど——」


「そこへ勝手に依頼を受けた挙句、私の……君への信頼を踏みにじる行為を自ら演じ——あまつさえ、その事に気付きもしない君は「飯、飯!」とのたまっていた筈だね? 」


 もはやすでに、青い顔を通り越して白目を剥いて硬直してるね。

 それはそうでしょう……自分が有利な条件が欠片も見当たらないのだから。

 けどまあ——


「しかし今回は、明日にも依頼を受けるか否かの結を出したい所……この件は不問にするので、まずは君が受けた依頼の詳細を説明してくれるかな? 」


 私の寛大な処置で今青かった顔が、キラキラと光るモノへと豹変してちょっと「キモっ!」と引きつつも……彼が述べんとする詳細を待つ事とします。

 場合によっては、こちらの依頼との関連性をと期待していたのですが——


「……い、いやぁ~~。受けると言っただけで、詳細はまだ全然……だったり。指定された日時に詳細を——」


 はい。

 また私の思考内で

 刹那——湧き上がる憤怒が拳に魔法力マジェクトロンを纏わせ……魔導の一撃と化した、疾風の如き賢者ストレートが愚かなるおバカさんの頬を捉えたのです。


「ぼぎゃーーーーーーっっ!? 」


 謎の奇声を発したまま宙を舞う狂犬さんは、床面へとあられもない姿で激突したね。



 そうして粉々となった、……借金の額が加算される事となるのでした。



∫∫∫∫∫∫



「と言う事があってね……私も依頼を断る方向から受ける方と――」


「いえ!?ちょっと待って下さい!? 今のお話に、依頼を受けるキッカケとか無くないですか!? て言うか、ただのドタバタ喜劇じゃないですか! 」


「おや?そうだったかい? 」


 依頼の詳細提示を進言した私は、それを受ける事にした経緯をとメイドに問われ先日のあらましを語ったのだけど――目を白黒させた彼女も、疑問符の嵐に翻弄されながら突っ込みを入れて来ます。


 けれど私からしてみれば、そこへ充分に依頼を受けるに足る理由を確認していました。

 が、ここには二人のおバカも居る事ですし……おおやけな事情説明は恥ずかしいので伏せさせてもらうとしようか。


 少なくとも――あの腐っても帝国忍びのテンパロットは、依頼を受けたお昼前……それから夕飯時まで外出していました。

 ただ依頼を受け詳細も指定時間に提示されるのなら、受けた時点で宿に戻り連絡があるはずです。

 そう……忍びと言う裏社会で生き抜いた彼は、重要事が転がり込んだ時には――


 つまりはきな臭い事件に対し、彼が何らかの裏付けを取るため奔走していたと言う点こそ依頼を受けるに至ったもう一つの理由なのです。


「まあそれは置いといて。と言う訳であなたの依頼を受ける事になるのだけど、先ほど聞き及んだ時間に我々が指定の場所へ向かう……まずはそれが最初の準備となるんだね? 」


 私の振りにコクコクと首肯する白と黒が際立つメイドさん。

 やはり今一悲壮感に欠けると言うか……かなりの大事であるはずが、他人事の様に振舞う軽さは拭えません。

 実の所このメイドの受け答えそのものも、テンパロットへ譲歩する要因となっているのです。


「聞いたね二人共。まずは明後日……街外れのポルドール砦跡へ赴くよ? 準備はそれまでに済ませようか。」


「ええ、了解よ。それにしても、反乱に加勢……ねぇ。」


「ああっ! こいつは腕がなるなぁ! 早く暴れてやりてぇっ! 」


 ふぅ……。

 わざとらしいですが、

 少なくともこのメイドさんは、それぐらいあからさまでも気付く事もないでしょう。


 恐らく反乱を他人事と捉える程度の者では、を見抜けぬはずです……が――念には念を入れる様に情報を追加しておきましょう。


「いいかい?二人共。暴れまくるのは結構だけど、この依頼はお尋ね者上等の仕事だからね。事がすめば頼むよ? 」


 私は今二人に向けて、を行いました。

 当然事前に打ち合わせていた二人が、おバカの表情から僅かに漏れるでこちらへ首肯します。


 そんなこんなでメイドさんからの依頼を。

 そしてテンパロットが独断先行で受けた件も含めた依頼受領となり、二つそれぞれの指定時間を待つ事となったのですが――


「テンパロット。そっちが受けた依頼の詳細伝達はまだでも……見等はついているんだね? 」


「んあ? ああ~~流石だなミーシャ。その点をきっちり追求して来る所は、やっぱり賢者様だ。」


「そうだね。詳細を聞かされていなくとも、テンパロットなら必ず事の裏付けに走ると予想してたからね? て言うか、それもせずに依頼を受けた足でのんびり遊んでた……、私は信じてるよ? それはもう心の底よりね。」


 夜も日付を跨ぐ頃、一連の依頼云々の情報整理のため……テンパロットとヒュレイカを空きの大部屋へ集合させての作戦会議。

 そこで明らさまな過度の信頼ぶりをアピールする様に、ツンツン頭さんへの前振りを行い反応を確認します。


 いつもなら私の言葉に過剰なドタバタ行動で返すはず。

 しかし双眸に宿ったのは鋭き視線……彼が彼の本質である、不可視の忍びキルトレイサーの任を遂行する時の表情で受け答えます。


「オレの独自ルートから、この辺境へ少々ヤバイ案件が発生してると掴んだ。こちらの受けた依頼のきな臭ささ……イマイチその出処が不透明だったから街の情報屋を当たったんだが——」


「こっからは、にもよるんだけどな? 恐らく、ヤバイのはミーシャ……。」


 と言う事です。

 これこそが彼の本質……帝国が誇る世界でも稀に見る存在。

 赤き大地ザガディアスと言えど、これ程は見当たりません。

 そして彼の様な存在を少数精鋭で召し抱える魔導機械大国 〈アーレス帝国〉は、これ迄世界情勢に於ける情報戦で2手3手先をひた走り……世界に名だたる列強国の一角と相成ったのです。


「全く……、相も変わらず恐ろしいね? 確かに私も違和感はあったよ? けどそう、ハッキリこちらがヤバイと言うのは流石に想定していないさ。」


 反乱への加担……普通に考えればその時点でヤバイ依頼の方向です。

 が、それはあくまで冒険者レベル――個人的な集団レベルのお話なのです。


 対し、テンパロットの言うヤバイとは恐らく——そこにの……少なくともそこへ関連する何かしらが関わるレベルの危険と察しました。


「て事は何? テンパロットの受けた依頼は、むしろそれに対する抑止的な奴って事? 」


 突如放たれたヒュレイカの言葉で、テンパロットと同時に私の目が見開きます。

 そう——

 

 深い詳細までは把握出来ずとも、鋭すぎる直感が私達ですら迷う情報の海をバッサリ断ち切る。

 それがヒュレイカと言う、普段はおバカ丸出しの護衛騎士なのです。


 程なく二人の優秀過ぎる護衛の意見をまとめつつ……まずは明後日のヤバイ方の案件に対する準備の為、睡眠と言うある意味最も重要な備えへと移行します。



 けれど、ヤバイ依頼を受けた直後は実質まともな睡眠も取れない訳で……己が身の危険に対する警戒の中での仮眠――眠い目を擦りながら開けの連星太陽を拝む事となるのでした。

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