Act.4 二つの依頼は唐突に

「あの――少しお時間よろしいでしょうか。」


 それは未だ戻らぬテンパロットを放置して、ヒュレイカと早めのお昼をと宿の食堂へと降りた時の事。

 普段ツンツン頭さんとこのツインテさんはこういった別行動を取る事が多く、その際には無駄に食堂が強襲される事もありません。

 味方の強襲などと、言ってて恥ずかしくなりますが。


 なので私が極力、二人が別行動に移ったのを見計らい……個別に食事を取る様にしているのです。


 《《食堂ブレイク発生》のデッドラインは即ち、街と街を移動する直前かその直後。

 そこがとなるのです。

 全く、何の不幸イベントだか分からないね。


 ですが――

 その食堂ブレイクが発生した街では、必ずと言っていいほど仕事依頼の発生率が上昇する副産物もあり……騒ぎを聞きつけた者からの依頼が、今正に舞い込もうとしていたのです。


 宿の食堂はこじんまりとした店の造りに沿う様に、数席のテーブルとイスにカウンターを有する作り。

 それでいて辺境の街に多い個人経営ならではの、独自の装飾がささやかに彩ります。

 私達は、滅多に豪華なお宿には泊まれません。

 と言いますか……私に現在借金を肩代わりされている二人が、豪華絢爛なお宿で豪遊を満喫するなど正気の沙汰ではないね。

 なので監視も含めた私と供に、宿泊費も手頃な個人経営のひっそり佇むお宿で宿泊も止むなしなのです。


 寧ろ殿下に見繕って頂いたお役目上、そう言う場所の方が情報や仕事も転がり込み易いという事情も付け加えてみたり。


「構わないけど、何か御用かい? 」


「あ、ありがとうございます! 、もっと恐ろしいイメージを……はっ!?失礼しました! 初対面で私ったら——」


 うん、それはこの上なく遺憾だね。

 騒動の発端は二人のおバカなのに、私が主犯格の中に数えられる状況は誠に全くこの上なく遺憾としか言えないね?

 これは後でおバカ二人に、そうなった制裁をお見舞いも止むなしだよね。


 などと言う思考はさて置き、この流れは依頼が転がり込む感じと見た。

 はそれこそが重要点である為、気を取り直して珍客の言葉を待つ事にしよう。

 雰囲気で言えば、良家に仕えるメイドと言った所。

 ただ、としては場違いな感もしますが。


「……ゴホン! 今回貴女方にお声を掛けさせて頂いたのは……その、依頼したいお仕事があって。宜しければお話を聞いて頂けたらと。」


「ふむ。で、どの様な依頼内容なのかな? 」


「はい。現在この街は領主ウェザリス・ハイマー様により治められていますが……最近その統治を良く思わない者が、街の内部で反乱を企てている様で——」


 こちらも、稼ぎとなるお仕事は極力選ばないつもりで耳を傾けた結果……

 ここ暫く軽い依頼で地道に生計を立ててましたが、久々に来てしまったようです。

 これはあれだ……でも、危険への対応と備えに費やす費用でと察した私。

 実質誰かさん達の借金返済分の費用すら捻出しかねる事態を想像し、費用対効果を鑑みた上で――


「ゴメン、無理。」


「その——って……ええっ!? 」


「——……は? 参加? ……参加と行ったかい?メイドさんや。」


 即答で断るも、想定した依頼とで一瞬思考が停止します。

 てっきりここの良好な治安状況からも、その反乱分子に対した制裁処置を的な方向として捉えたのですが……流石に気になり聞き返してしまいました。


「はいっ! 参加です、参加の方向です! 」


「それは一体どういう展開だい? 拝見した限りでは、この街の治安は非常に良好な感じな所……その点は現領主の働き故と思ったのだけど?」


 このご時世——

 悪徳な領主が治める街の悲惨さは、数々の街を巡って嫌というほど目にしています。

 が、これほど治安も良好な街で領主が好ましく思われない事態……私は想定していませんでした。


「——少し仲間と相談させてくれるかな? 後日、依頼を受けるか否かの返答をするので……またこの宿へ来てくれるとありがたいな。」


 しかしどちらにせよ、方向が違うだけで重さは変わりない所。

 けれど何か引っかかる物……虫の報らせの様な予感を感じた私は——



 事は私達だけでは測りかねるとの解のまま、こういう時の専門家でもあるあのツンツン頭が戻るまでの保留を申し出たのでした。



∫∫∫∫∫∫



 夕飯時。

 帰る気配を見せぬツンツン頭テンパロットをまたも放置して、賢者少女ミシャリアツインテ騎士ヒュレイカとの早めの食事にありついていた。

 そこで話題に上がる昼前の依頼の件へ言及する賢者少女。

 が……ツインテ騎士はその面への疎さがあるのか、真相までは踏み込まず事態のおおまかな気配を察するに止まる。


「さっそくだけど、ヒュレイカ。君は昼間の依頼をどう思う? やけにあのメイド嬢をこれでもかとの鋭い視線で睨み付けてた様だけど。その辺りを詳しくお聞かせ願いたいね。」


「ほへ?ほれ、いふぁすふひゃひゃいほふぁめ?」


「いいよ、食べてからで(汗)。せめてその、お口に頬張ったものを飲み込んで答えないか。何言ってるのか分からないし、行儀もあったもんじゃないよ。」

 

 お宿の夕食は二人も好物の範疇である、カレーライスと呼ばれる万民に親しまれるド定番メニューである。

 それが店主特性香辛料で店内に香るや、たちまち客を虜にするとかしないとか。

 赤き大地ザガディアスでは珍しいとされる、その角切りのゴロゴロした豊富な具材を包むトロリとしたカレールーの競演を――

 大好物と称して辞さない賢者少女の眼前で、ツインテ騎士は瞬く間に平らげていた。


 残る最後のそれを頬を膨らませ頬張る姿に、さしもの賢者少女も女性としての何たるかを問い質したい雰囲気で突っ込んだ。


「んぐんぐ……ふぁーー美味しかったーー! あっ、おばちゃんおかーり! 」


「って、まだ食うのかい!? 」


「あいよ! お嬢ちゃんいい食いっぷりだねぇ……おばちゃん嬉しいよ! ほれ、しっかり食いな! 」


「店主も気前が良すぎだよ!? ここは制してくれるかい!? 」


 同じタイミングで運ばれたはずの料理が、ツインテ騎士のものだけ瞬時に消失したその惨状に嘆息を零す賢者少女を尻目に……間髪入れずの二杯目を注文していた。


 個人経営業者は義理人情が最大の売り。

 そんな世間の情勢に漏れず店主の女将からすれば、丹精込めて作り上げた料理を豪快に平らげる若者客は良き稼ぎ相手。

 そんな相手に遠慮などと振舞う姿で、宿と食堂まで切り盛りする街でも人気の女将がそこにいた。


 賢者少女としてもその太っ腹にあやかるも已む無しではあったが……ツインテ騎士へ、足元からの制裁が加えられる事となる。


「ヒュレイカさんや、貴女は私のお話を聞いておられるのですか? 」


「――っ!? いだっ!?いだだだだっっ!聞いてる、聞いてるからっ! そしてそのお!!? 」


 賢者少女としてはその拙い手でツインテ騎士の頭をと思っていたのだろう――

 しかしまさかのピン!と張った手で届かぬお間抜けを演じた彼女は、己しか気付かぬ事態に頬を紅潮させ移行したのだ。


 そんな可愛すぎるお間抜けからの鋭いテーブル下の容赦なき制裁は、ツインテ騎士の足甲冑の継ぎ目をここぞと蹴りの猛襲で突き上げていた。

 結果悲鳴と涙目で訴える騎士の、自業自得な惨状が導かれてしまった。


「いだい……ちゃんと聞いてるのに。はぁ……お昼のあれ、ミーシャはあたしの視線に気付いてたんだ。」


「尋常でない気配だったからね。 メイドさんは微妙に死角で気付いてなかった様だけど、君とは付き合いも長いんだ。そりゃ分かるさ。」


 甲冑隙間をさする涙目ツインテ騎士が、聞く体制に移行したのを確認した賢者少女は……ようやく己の食事にありつけると一口スプーンで優雅にそれを口へと放り込んだ。

 そして蕩け落ちる様な視線のまま咀嚼し味わった後、手元のナプキンで軽く口を拭きあげた少女は待つ。


 ツインテ騎士が感じ取った、メイド服を纏った依頼主が醸し出す空気と違和感を――


「なかなか予想外の依頼だったけど、問題はむしろそこじゃないわね。反乱を口にした割には、なんかこう――逼迫と言うか……切羽詰った感が感じられないみたいな。」


「やはりそうか。反乱を阻止か否かと言う点はともかく、これ程の事態への依頼を持ち出した割りには他人事の様な軽さが見受けられたね。」


 再び視線を鋭く細めたツインテ騎士は、お宿のメイド嬢が立ち去った方角を睨め付ける。

 普段はおバカと揶揄される一方……詳細までは踏み込めぬとも、持ち前の鋭き直感は賢者少女も一目置く彼女の能力である。

 感嘆さえ贈られる彼女が、あの狂犬とさえ呼称されるテンパロットの職業柄持ちえる幅広い情報収集能力と合わさる事で――


 彼らは帝国が誇る特殊防衛隊の名を欲しいままに出来るのだ。


「ヒュレイカがそう直感したなら後は依頼を受けるか否かの決を、テンパロットの情報網を加味した上で決めたいところだね。」


 だが細かい点への言及に難のあるツインテ騎士。

 賢者少女もそこを加味し、自身の食事を頬張りつつ狂犬の帰りを待つこととした。


 程なく――


「おめぇら、いいもん食ってんじゃねぇか。オレにもくれよ……。」


 盛大に鳴った腹の虫が賢者少女らに聞えるほどに、すきっ腹を引っ提げ狂犬が帰還する。

 謎の猫型ロボット物語の登場人物であるガキ大将よろしく、世迷言を吐き捨てていた。

 縋る様な視線の狂犬を一蹴する賢者少女も、誰かさんが遅くまでほっつき歩くのが悪いと言わんばかりである。


 視線の端で争いの種となりそうな二杯目を、ぺロリと平らげたツインテ騎士へサムズアップを贈る賢者少女は狂犬を軽くあしらう事とした。


「店主に言えばすぐ準備してくれるよ? 分かってると思うけど、ちゃんとお代は払う様に――? 」


 だがしかし、視界の端へ映ったグッジョブな騎士へ狂犬と同罪たる地獄宣言を突きつけ……返事が無い、ただの屍の――様になったツインテ騎士が白目を剥いて卒倒していた。


 無事食堂ブレイク発動を回避した賢者少女であったが、その直後――

 

「「そういえばさっき、ちょっとした依頼を――」」! 」


「……はっ? キミハイッタイ、ナニヲイッテルノカナ??」


 狂犬は……言い放った。


 呆けた様に口を開けた賢者少女が硬直の後、「こいつ、やりやがった!?」との思考で狂犬を

 「ちょ!?なんで無視すんだ! オイっ! 」と慌てふためく、状況が飲み込めぬ狂犬を放置する様に――



 無言で眼前の蕩ける料理を、現実逃避する様に頬張る賢者少女がそこにいた。

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