Act.3 上手い話にはきな臭い影
大陸でも食通の間では有名なスリースター評価を受けていた、〈街飯屋 ガインバル食堂〉がまさかの半壊に至る事態。
瞬く間に広がる噂が、それを招いた者達へまた不名誉な汚名を乗せていた。
街行く人々は言う。
奴らが通った街の食堂は、次々と非業の修繕を余儀なくされる。
その奴ら……名だたる汚名をたっぷり被せ、人はこう呼んだ。
〈食堂バスターズ〉と――
食堂半壊騒ぎから一夜明け、その元凶である
実のところ騒ぎを起こす際は、決まって
が、彼が一人で出歩く分には争いの種など微塵も感じさせない。
それは一重に、彼の持つ職業上のスキルが関係する。
〈キルトレイサー〉——俗に言う
ただそれが職種柄ではない……彼の過去を起因とする過剰な行為と知る者は多くはないのだが。
「はぁ……全く俺と言う奴は、何であのツインテといると無駄に
平原に出没する異獣と呼ばれる魔物避けとし、街の外周へ広がる防御外壁——その付近をぶつくさ零しながら歩く狂犬が意識して振りまく特有のスキルで街人も素通りする。
軽度の認識阻害で、つい先日ここで悪い方へ知れた顔となった自分の存在を街の中へと溶け込ませる。
騒ぎの張本人が堂々出歩こうとも騒がれぬのは、まさに彼の能力の賜物であった。
そんなこんなでふと見つけた街の外れでも、かなり人通りのない居酒屋。
一見、営業時間帯が夜に偏る故の人気のなさとも取れる。
しかし狂犬はすでにキナ臭い物をその建物に感じ取り、フラリとそこへ立ち寄る事とした。
「お邪魔するぜ~。あん?……客は居るねぇ。んじゃま。」
すでに高くなり始める太陽は、東の空へ二つの光源となり
その魔導科学文化が解き明かした真実として、世界を定期的に襲う大破壊はその連星の位置関係が影響していると言う事実。
昼間近の連星太陽の光も届かぬ店内にはまばらに客が訪れる——が、一様にして街の賑やかさからは遠ざかる。
二階建ての造りの店奥に登る階段を視認した狂犬は、何となしに二階テーブルを目指して進み——空いたテーブルへと腰かけた。
そこに働いたのは狂犬の職業柄の感。
それが、キナ臭さを一層感じた場所へと導いていたのだ。
すると灯りもまばらな店内に、程なく訪れたフードを被る男と思しき影が狂犬へと近付いた。
暗がりの中、被るフードで正体の判明し辛い事この上ない男は狂犬に背を向ける様に、隣り合わせたテーブルの椅子へ着く。
それを気配で確認した狂犬は認識阻害のスキルを巧みに操り、フードの男へさも友好的に振る舞う訳あり冒険者を演じた。
「あんた……あの、食堂絡みの騒動を起こしたダンナかい? 随分と派手にやらかしたな……。」
「褒め言葉と取って置くぜ……それよりあんた、何者だ? 」
狂犬の問いへさしたる動揺も見せぬフードの男は、肩越しに小さな紙切れを差し出し……狂犬もそれを受け取り確認する。
「俺が誰かとかの詮索はよしな。強いて言えば、あんたの実力を買っての依頼を届けに来たモンだ。」
「何も言わず依頼を受けるってんなら、そこに提示した稀石切手分の報酬を約束しよう……。」
ヒュゥと口笛を吹き鳴らす狂犬は、稀石切手と呼ばれた紙切れを見て僅かに高揚していた。
稀石は
それが一万を超えた際、1ジュエルメザー〈1
フードの男が提示した紙切れは、稀石を国際銀行で変換するための証明となるのだ。
そして証明書に明示された額はおよそ1000
依頼内容にもよるが、一般的な冒険者への依頼料としては破格であった。
「何か俺に危険な事をさせるつもりじゃないだろうな。こいつはちと、桁が過ぎるぜ? 」
確かに破格——しかし往々にして、破格の依頼料には危険が付き纏う。
仮に狂犬が一般の冒険者だったとしても、
だが、狂犬が男へ放った言葉はあくまで冒険者を演じた物。
彼は手にしたその証明書に於ける重要点——並の冒険者では見抜くことの出来ない違和感を見抜いた。
それは証明書を透かして見える筈の、国際機関証明印——それが見当たらない。
指し示される事実は、その証明書が偽物であると言う事だ。
「言っただろう? 俺は依頼を届けに来ただけだ。それ以上の詮索には答えられねぇ。返答は? 」
狂犬は逡巡する。
一冒険者でさえ突如として舞い込んだ上詳細の掴めぬ依頼に、高額報酬だからと飛び付くバカは居ない。
だがそこに不穏がチラチラ見え隠れするならば、彼の職業柄見過ごす訳にはいかなかった。
「良いぜ?受けてやるよ。その代わり依頼内容の詳細を教えてくれなけりゃ、こっちも何も出来ないぜ? そこは——」
互いに顔を見合わせるで無く、明後日の方向を見ながら行われる仕事の依頼交渉。
友好的な、それでいて気の抜けた対応で依頼を承諾した狂犬へ、さらに追加の紙切れがやはり肩越しに差し出された。
「こちらが指定した時間、そこへ向かえ。詳細提示はそれからだ。」
短いやり取りから程なく——
フードの男は立ち上がると、音も無く酒場を後にする。
「——こいつは中々に、キナ臭いな……。」
男が立ち去った後……ポツリとボヤく狂犬は、二枚目の紙切れに明示された場所の方向を睨め付け——
上がる口角そのままに、ささやかな事件の訪れを予感していた。
∫∫∫∫∫∫
宿での一夜を空け、連星太陽が昼時の空を照らす中。
今後の任務上に於ける定期連絡を魔導式の秘匿回線から暗号文として本国へ送信した私は、個人的な勉学に励みます。
任務上の冒険の最中、各街々に赴いては魔導書を買い漁り……未熟な己の知識に研鑽を重ねているのです。
当の私は騎士大国の皇子殿下に準採用とは言え、部隊への所属が許された身。
故に与えられた任をこなしつつ、一刻も早く賢者の正式なる称号会得を目指さなければ成りませんでした。
「そう言えばヒュレイカ……ツンツン頭は? 彼の事だから、ふらりと出かけては唐突な依頼を受けて来そうな感じがするけど。」
宿の女子部屋で魔導書を凝視する私。
幾難学的な魔導書文字を、掛けた下淵メガネ越しに睨め付けながらツインテさんに問い掛けます。
普段あのツンツン頭さえいなければ、このお姉さんもけっこう穏やかなんだけどね。
「あら?テンパロットでしたら、朝早くにお出かけなさっペ――っ!? 」
えっ?何?いきなり何の冗談?おまけに噛んだな今。
あまりに唐突な、ヒュレイカが放つ珍劇に沈黙が走り――
「――キモっ……。」
と、努めて無表情なまま……一切の容赦無く吐き捨ててしまいました。
「ひっ、酷い!? あたしだって少しは、落ち着いた女性を演じる様努力を――」
「繰り返していいかい? キモっ……。」
「繰り返さなくていいからっっ!!? 流石に泣くよ、あたしも!? 」
まあ泣くかどうかはどうでもいいとして、私の質問に答えて欲しいのだけれど?
隣で愛剣のメンテをしていた、しょうもない珍劇を披露したツインテさんを半目でじっとり睨め付けると……意図を汲んだ彼女がしぶしぶ普通の会話で返答をくれます。
「分かったわよ、普通にしますよ。あいつはミーシャのお察しの通り……いつもの癖がでたんでしょう? まぁあいつ、その流れで取ってくる仕事は以外に稼ぎもいいんだけど――」
「そうだね……。とてもいい稼ぎになるね。けれどあのおバカが取って来た仕事は、いっつも危険度レベルMAXな上……その備え云々で報酬の殆どが吹っ飛ぶんだけど――」
「君たちはいったいそれを、どう思ってるのかな? お聞かせ願いたい所だね。」
ああ……ヒュレイカの目が死んだね。
この切り替えしが予想出来なかったとは……あなたもまだ未熟だね。
そんな不毛なやり取りをいつもの日常として繰り返す私達。
そこへ舞い込む一つの仕事依頼が、ちょっとした厄介さを孕みつつ――
私達を甘くも危険の潜む罠へと誘って行くのでした。
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