Act.2 落ちこぼれが行く先は

 赤き大地——火の世界ザガディアスと呼ばれたそこは、遥か太古……定期的に訪れる大破壊を生き延びた生命が、繰り返される破壊の訪れから常に逃げる様な暮らしを営んでいた。

 天空に浮かぶ二つの太陽がその大破壊をもたらすと知られ始めたのは、外界より訪れた神族主神である、貴公神エンディミオンが人類に授けた叡智の恩恵を受けてからであった。


 それ以来貴公神により授けられた叡智の一端である科学と……当時大地に根付いていた魔導が融合し、魔導科学文明が誕生する事となる。


 ——時は流れ、魔導に於いて……古代よりその栄華を誇った大帝国の血統を継ぐ国——

 正統魔導国家〈アグネス王国〉と、魔導科学による軍事力で世界統治を成した騎士大国〈アーレス帝国〉。

 両国は赤き大地ザガディアスを焼く大破壊を防ぐ手段を見出し、やがて人類を始めとした数多の種族は悠久の栄華を誇るかに思われた。



 しかし——世界が安寧を享受し始めた頃……それは訪れる事となる。

 世界は領地と資源を奪い合う泥沼の闘争、



∫∫∫∫∫∫



 赤き大地ザガディアスの中央大陸を貫くウェルベルト山脈——その南に位置する、世界でも最強の軍事力を持つとされる魔導機械アーレス帝国。

 近年十三代皇帝である〈ゼィーク・ラステーリ〉より期待を寄せられる次代、第二皇位継承権を持つ〈サイザー・ラステーリ〉が世界で注目を集めていた。


 元来第一皇位継承権を持つ〈アスタルク・ラステーリ〉が皇位を継ぐと噂されていたが——ある時期その皇子が謎の失踪を遂げ、第二皇位継承権を持っていた皇子が皇位継承有力者となったのだ。


 そんな中、若くして才覚を表し始めた第二皇子。

 その成果の最初となる私設部隊設立のため開かれた有力者招集のお触れ。

 訪れる名だたる候補……それもチートクラスの実力者が挙って帝国に押しかけた。


 のだが——


「全くあの皇子は何を考えているのやら……。」


「ああ、それにはこちらも同意する。我らを召し抱えれば、アーレス帝国の守備も万全。近隣の弱小国など一捻りなのだぞ? 」


「聞けば第二皇子は、幼い頃はただの泣き虫。武門に於いては、第一皇子であるアスタルク殿下の足元にも及ばなかったとか……。」


「なる程。つまりは殿下……いや、奴は腑抜け皇族と言う事か。帝国はもうおしまいだな。」


 世界に名だたる帝国の招集に奮起し、足を運んだチートと呼べる化け物達。

 生まれも育ちも最初からチートが約束された様な剣豪に大魔導士、果ては強大な精霊使いに至るまでの猛者達。

 その彼らのいずれもが、面会で落とされると言う事態。

 噂が噂を呼び、何時しか第二皇子を呼ぶ名声は悪態と蔑みへと変貌して行った。


 その後尾ひれが拡大し続けチートな化け物達も興味を失い始めた頃、一人の少女が帝国の門を叩いた。

 子供程度の背丈に幼さが面持ちに残るも、学院であれば中等に位置する年恰好。

 桃色の御髪を後頭部で大きく束ね、それでも背中まで伸びる縦ロールに気品が躍る。


 しかし驚くべきはその幼さながら、魔導において最も古き歴史を持つ正統魔導アグネス王国が誇る術師協会――赤き世界ザガディアスでも100人に満たぬ候補生から10人しか選ばれぬと名高い、〈アグネス宮廷術師会〉の紋章を刺繍した法衣を纏っていた。


「ようこそ、アーレス帝国へ……済まないな。こちらの期待にそぐわぬ者ばかりで、そろそろ打ち止めにしようとしていた所——」


「一先ずこれで最後の面接となるのだけど、貴女の名は? 望む地位はあるかい? 」


 桃色髪の少女の面会に応じたのは何と第二皇子、直々であった。

 帝国が誇る居城の一角……彼の呼びかけに応じる者を見定めるため用意された客間——現れた皇子はまだ十代も半ばの少年。


 まさか皇子が直接出向くとは想像だにしなかった桃色髪の少女。

 だが……だからこそその想いが真摯に、そして確実に届く事となる。


「も、申し遅れました! わ……わた、私はアグネス王国は〈宮廷術師会〉所属のミシャリア・クロードリアと——」


 正統魔導アグネス王国の宮廷術師会。

 その言葉を聞いた皇子が朗らかな笑顔のまま、少女を視線で見定める。

 少年であるが高貴さを纏い——しかしそれでいて、皇族の権威など鼻にもかけぬ雰囲気は少女の緊張さえも幾分和らげただろう。


 彼は見定める。

 仮にも少女の口にしたのは、世界でも指折りの名高き機関……それはである。


 宮廷術師会チートの巣窟……確かにそれを口にした少女。

 だが第二皇子は、

 どうにもその名が表す権威が感じられぬ弱々しさ……が、は通常では想像すらはばかられる葛藤を物語る。


 そう——第二皇子が期待していた物はそれである。

 事情はどうであれ、他より抜きん出るほどの……皇子にとって信頼に足る逸材。


 王宮の一室で、質素とも取れるテーブル越しに皇子は採決を下す。


「君は賢者の道を歩んでいる様だね。しかし未だ研鑽の最中。けれど……今までに無い程に、誰よりもが伝わって来る。」


「ボクはね……恐らくはを求めていた。よって今回の我が私設部隊への採用は、君が初めてとなる。」


「……えっ!? それじゃあ——」


 少女の鼓動が跳ね上がる。

 彼女もすでに知り得るこの面接を受けた者達は、文字通りのチートばかりである。

 それを差し置いて自分が採用されるなど、もはや夢物語であった。


「しかし今君は、賢者への研鑽の最中と見た。よって今回は準採用とし、まずは研鑽の後……機を見て本採用とする。誰か……二人を——」


 弛まぬ研鑽で遂に道を開いた少女の元へ、見知らぬ二人が呼び寄せられる。

 一人はバンダナにより頭髪をまとめた鋭き双眸——纏う装備は軽装であるが、隠密性の高さが感じられる特性特殊繊維カーボンケブラーベストに身を包む。

 一人はオレンジの御髪が頭部両端でまとめられた、桃色の少女より幾分高い背格好に……あるまじきサイズの剣を帯剣するオレンジ色の少女——纏う鎧は、所々へ機械的な電子の光を迸らせる軽騎士甲冑ライト・メイルが陽光を反射させる。


「暫くは君の護衛として彼らを付ける。同時に、君の研鑽に役立てる用特別に任務も用意した。よって——」

 

「これから我らは共に戦う同志だ。よろしくお願いするよ?ミシャリア・クロードリア嬢。」


 立ち上がる第二皇子は、つたないその手を差し出し告げる。

 少女の輝ける旅立ちの一歩を後押しする宣言を。


 それは、帝国と言う権威を負う者としてはあるまじき行為。

 が、そんな事は御構い無しとばかりに……第二皇子。


「はいっ! あの、よろしくお願いします……サイザー皇子殿下! 」



 それが賢者ミシャリアと皇子サイザー・ラステーリ——そして二人の仲間との出会いであった。



∫∫∫∫∫∫



「——……はっ!?……はぁ~~夢か。」


 寝汗と共に飛び起きた私。

 拭うその手で跳ね除けた毛布を掛け直し、何かの違和感に気付きます。

 そう言えば私は、自分でベッドに入った覚えが無いのだけれど?


 言うに及ばずここは先日予約を入れた街の宿屋と、そこまでは記憶しています。

 故あって訪れた個人経営の小さなお宿は、部屋の作りも二人ならギリギリといった所の質素ではあるも清潔感の行き届く良店一室にて。

 私はどうもすでに、その部屋ベッドで寝息を立てていた様なのです。


 と、そんな私の視界に入ったを——いえ、を視認し蘇る記憶で状況を悟ると嘆息と供に取るべき行動を思考します。

 結果、その視界に映る大欠伸を披露する二つの影の内……盛大な理不尽をさらっとお見舞いする事にしました。


「ここはだよね? 何でいるのかな君は。……コレは大問題だ、が必要だね。」


 と口にした私の言葉で、大欠伸が「あがっ!? 」と歪みツンツン頭さんが抗議して来ました。


「ちょっ……ってオイ!? ミーシャが罰として、ここで一日正座してろと言ったんじゃねえか!? そりゃ理不尽すぎんだろっっ! 」


 ええ……そうなんですよね。

 昼間のとしてこの二人に正座を科し、監視として私達の女性部屋に座らせたのですが……どうやら私だけ眠ってしまった様なんです。


 そして過去の夢で飛び起きた私が目にしたのは、船を漕ぐおバカ二人。

 ああ、ヒュレイカなんてまだ寝ぼけているね。

 あっ、もちろん足が痛くならない程度にはこちらもそれ様の椅子を準備した訳で……そこまでは鬼ではないと言い訳してみたり。


 けど私はベッドに上がった記憶も、毛布を被った記憶も無いと言う事は……この二人がわざわざそうしたと言う事なんでしょう。

 ——全く……本当におバカな二人です。


 と思考したら恥ずかしくなって来たので、私はツインテさんを揺り起こし告げたのです。


「ヒュレイカ、起きるんだヒュレイカ。君にこの罰を免除するお役目を与えよう。今すぐこの不埒者を叩き出してくれるかい?」


 すると!と言う音が聞こえる程に見開くヒュレイカの双眸が、とても悪どい形相となり——


「ああ、悪いわね……テンパロット~~。よ……ミーシャの依頼だから仕方ないのよねが。」


「つか、ちょっと待てや!? お前も同罪だろうが……何でオレだけ——ちっくしょーーー!! 覚えてーーーーろーーーー ——」


 そして抗議も虚しく、窓の外へ盛大に叩き出されたツンツン頭さん。

 捨てゼリフよろしく、運良くお宿の垣根に突き刺さりましたとさ。


 そして罰免除と共に悠々ベッドに入るヒュレイカへ……ちょっと照れ気味な私は、ぽそっとお礼だけは述べておく事にします。


「ヒュレイカ……毛布かけてくれたり、ベッドまで運んでくれたり。その……感謝するよ。」


「良いのよ~~。ミーシャも風邪引かないでね~~。んじゃ、お休み~~。」



 ヒラヒラと手を振りながら応えるツインテさんの寝付く様を見やりながら……いつも通りの日常は、空けの夜空を迎えるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る