Act.6 不穏の武器商人

 きな臭さのまま依頼を受けた狂犬テンパロットは思考にくすぶる胸騒ぎを宿しつつ、ツインテ騎士ヒュレイカが直感した抑止側に該当する依頼詳細会得のため……指定された場所へと足を向ける。


 同じ街中――、街外れの砦から大きく距離を取る小高い丘の頂きがその指定場所であった。


「ふぅ……だいたいビンゴの方向か? ここならあの砦が一望出来るな。差し詰め監視用の物見やぐら……と言った所か。」


 小高い丘の頂きに陣取るは、古き良き建物が街並みを飾る風景とは少しおもむきを異とする新築の建物……最近建てられたと思しき木々の新鮮さに、傍目に悟られぬ偽装が施された監視窓が備わっていた。

 平原を闊歩する異獣の存在を監視するためならば、街を囲む外壁こそが適している所……明らかに用途の事なる木造のやぐらがそこにあったのだ。


「……来た様だな。こっちだ。」


「邪魔するよ……。ほぉ……。」


 狂犬が風景で得られる情報を逐一漏らさず集積する中、やぐらの扉前に立つ影が狂犬に気付くとすぐ様迎え入れる。

 先に狂犬へ依頼を寄越したローブの男である。


 ローブの男に言われるがまま案内される狂犬。

 新設されたと思しきやぐら内部は物々しさを伺わせる武具が並び、心ばかりのテーブルと椅子に……いつ何時でも戦闘可能な最低限の準備が明らかな統率された組織の施設を覗わせた。


 それを察しつつ、椅子に腰掛ける狂犬は足を組んで待機する。

 程なく……物見用の中二階から顔を出す姿を見やり、現れたその者を隈なく見定めた。


「警戒を解いて下さい。貴方に危害を加える様な事は致しませんし、その様な命も受けてはおりません。」


「ああ、悪りぃ……つい癖で。あんたが依頼主かい?失礼したな。」


「いえいえ、こちらこそ。」


 狂犬の視界を奪ったのは美女。

 しかし物腰の端々から王族か……若しくはそれに仕える者かの高貴なたたずまいが滲む。

 艶やかな銀の御髪がエルフ族と見紛う輝きを零し、ゆったりと結われた後ろ髪は腰まで届く。

 貴族然としたローブの肩口へ僅かばかりの装飾を備える高貴なる銀髪女性は、狂犬と対面する位置の椅子へ優雅に座した。


「まずは自己紹介から……私はに仕える身、宮廷のお目付け役を務めております——」


 アグネス王国第一王女——その言葉を聞いた瞬間、狂犬が惚けた表情で固まった。

 冒険者に出される依頼と言う点では、まず聞く事が無いアグネス王国の名。

 さらに女性は口にした。


 が——狂犬としては問題となるのはその点では無かった。


「あー……ちょっといいか? 確かアグネスの第一王女様って……リーサ姫殿下……って事か? 」


 女性の名乗りを中断させた狂犬は額に嫌な汗を躍らせ……女性も想定通りと言わんばかりに、狂犬と同じく額に汗を踊らせ返答した。


「やはりご存知……ですよね。まあ姫のは、知る人ぞ知る……ですので(汗)。ご察しの通り、第一王女はリーサ様……アグネス・リーサ・ハイドランダー姫殿下にございます。」


 ……知り得るその名で狂犬も、それはもう深い嘆息を零さざるをえなかった。


 古の大魔導帝国の正統なる血を継ぐ正統魔導アグネス王国は、現女王を継ぐ者として王位継承権を持つ姫がおり……その継承権保持者こそがリーサ・ハイドランダーである。

 しかし銀髪の女性が困り顔で明かしたその姫殿下は、世間でも広く知られる程にを響かせていたのだ。


 その迷声とは——

 王位継承権を持つ身でありながら……王位と伝統の力継承を拒み、として有名であったのだ。


「ああ……何か俺、ミーシャにぶっ飛ばされる悪夢が見えて来た……。これ、じゃないよな。頭痛くなってきたぜ……。」


 徐々に青ざめる狂犬。

 日常となった桃色髪の賢者ミシャリアよりの愛ある摂関が思考を過ぎり……恐怖におののき始めた狂犬へ、美貌の卿が必死にフォローの言葉を投げて来る。


 貴族然とした立ち振る舞いをボロボロと崩しながら。


「あ、あの! 決してリーサ姫殿下も、悪いお人では無いのですが……その……好奇心と言いますか——」


「それに、貴方様が護衛を仰せ付かっている賢者様も……殿とお怒りになる様な事は無いと——あっ(汗)。」


 と口走る中で卿が漏らす「あっ……」に対して、狂犬もも含め想定した状況を察し特に問題ではないと返納した。


「今どさくさに紛れて、口が滑ったなあんた……(汗)。良いよ、気にすんな。それにこっちの素性も大体把握済みだろ? 仮にも王国の正統な機関だ。むしろそれぐらい用心深くないと疑わしい所だぜ。」


 気が気でない状況を互いに気遣ううちに、双方が同じ穴のむじなと感じた狂犬と銀髪女性はクスリと苦笑し合い——

 改めての自己紹介へと移った。


「ごほん! では改めまして……私の名はフェザリナ・リオンズ。リーサ姫殿下の幼き頃から、養育係を努めております者。今回の依頼は、まさに姫殿下の思う所から出た物でございます。」


 紹介もそこそこに、控えていたフードの男が一枚の封書を狂犬へ差し出す。

 「見ろと?」との問いへ首肯したその男を一瞥し、狂犬も封書を開き内容へ目を通す。

 刹那……今まで、気の抜けたやり取りに終始していた帝国の忍びの双眸に鋭さが宿る。


「――こいつは穏やかじゃねぇな。なるほど読めた。ミーシャの受けた依頼がヤバイと思ってはいたが……そいつはまだ、か? 」


「ご明察、貴方の推察通りです。」


 鋭さを宿す双眸のまま見やる狂犬へ首肯を返す美貌の卿フェザリナが、さらに最初の依頼内容提示へと移行して行く。


「今その封書に提示された件……。水面下の動きではありますが……間違いなく、南の絶海イグザロスの果てに浮かぶ暗黒大陸。その北に位置するバファル公国が、北上する動きを見せており――」


「その手引きを行う者が、各大陸間で暗躍しているとの情報があります。そしてこの街……アグネス王国の領地辺境へも、その手引きを行う者が流れて来ていると。」


「それが黒の武器商人ヴェゾロッサ……って訳だな? 」


 アグネス王国が存在する〈マギアド大陸〉は縦に世界を貫く形状を持ち、北にアグネス、南にエルデイン教国と言う宗教国家が隣り合い……さらに大陸南北の海を跨ぎ、暗黒大陸と呼ばれる大地が存在していた。


 が――その大陸は他の大陸何れの航路上でも、暴れ狂う異獣群に阻まれるため渡航そのものが危険とされる。

 その事から赤き世界ザガディアス絶海イグザロスと呼称されていた。

 そんな絶海イグザロスから、何らかの手段を用いて世界各地へ渡航・暗躍する集団――


 それこそが黒の武器商人ヴェゾロッサと呼ばれる集団である。


船乗りセイラー吟遊詩人バードが、その絶海イグザロスギリギリで得た情報を世界各国で共有しており……現状その大陸内ではラブレス帝国と今お話したバファル公国――」


「さらには黒巨人族ディアボロスの国がある事のみ知られておりますが……現状ではバファル公国のみ、動きが活発化しているとの事です。」


 狂犬が逡巡する。

 赤き世界ザガディアスでは現在大きな大戦の様な動きを見せる国家は少なく、限定地域での紛争や抗争程度は、狂犬の知識にも参考までに止められていた。

 しかし絶海イグザロス内に位置する三国に至っては、その詳細すら掴めぬのが現状であり……狂犬としてもこれ以降、自分が厄介になる帝国への情報収集も兼ねた活動も必要との思考に至る。


 その上で提示された依頼内容と高額報酬を元に、思うままを美貌の卿へ問うた。


「つまりはこの、小手先対策の依頼をまずこなした後……その黒の武器商人ヴェゾロッサに関連する依頼に対し、長期的な視野の元で依頼を遂行。随時提示された報酬が支払われる、てな所かい?フェザリナさんよ。 」


 鋭い推察は美貌の卿へ感嘆を呼ぶ。

 おおむね正解とも言える狂犬の解へ、卿もあらかた素性を調べ上げただけの事はあるとの賛美を表情へ塗した。


「細かい所は追って指示する予定でしたが……まさか言い当てるとは――なるほど確かに、紛う事無きあのアーレス帝国第二皇子の精鋭と言った所ですね。」


「あぁ~~お褒めは恐縮だが、あんまりそれを言いふらさないでくれよ? 一応殿下からは、隠密行動の指示を受けてるからな。」


 狂犬の放つ隠密行動と言う発言に、ぷっ!と思わず噴き出す美貌の卿。

 発した狂犬としても度重なるが頭を過ぎり、どうにも居た堪れなくなっていた。


「……ふふっ、これはすみません。でも流石に隠密行動にしては、あの……この上なく目立っていますよね。そこは自重された方がよろしいですよ? 」



 まさに返す言葉もない狂犬は、卿の言葉にただぽりぽりと頭を掻きながら視線を逸らすのだった。



∫∫∫∫∫∫



 依頼詳細からきな臭さの方向をあらかた見定めた狂犬テンパロットは、その全容を護衛対象の賢者様へ伝えるべくやぐらを出ようと腰を上げる。

 が、その扉を潜った所でローブの男に呼び止められた。


「——狂犬さんよ、いいかい? 」


「はぁ……構わねぇけど、その狂犬さんってのは止めてくれ(汗)。何かまだあんのか? 」


 僅かに口角を上げるも、さして表情も崩さぬ男は目深に被ったフード下から鋭い双眸で告げて来た。


「フェザリナ卿はあんたを信用している様だが、俺はまだそこまでじゃない。知っていると思うが、世間での――」


 そこまで口にしたローブの男へ、被せる様に狂犬が言い放つ。

 しかし双眸には満ち溢れた自信をたぎらせていた。


「わーってるよ、んな事は。けどな……そんな世間様の言い分なんざ知ったこっちゃないね。何も知らない奴にゃ言わせておけば良い——」


「俺が仕える殿下の底知れぬ真価と……その殿下が見定めた姿、俺達だけが知ってりゃいいのさ。」


 溢れんばかりの自信で桃色髪の賢者ミシャリアを化け物呼ばわりする狂犬へ……今度は傍目で分かる程に口角を上げ微笑を零すローブの男は呆れの言葉で反撃した。


「くくっ……仮にも賢者のお嬢は貴殿の主だろ? それを化け物とは。」


「良い意味で言ってんだよ。ミーシャ……ミシャリア・クロードリアと言う少女は、誰にも誇れる研鑽こそが持ち味だ。ま、そいう事で……邪魔したな。」


 勢い余って身内の賢者少女を褒めちぎり、生まれた恥ずかしさもそこそこに……それを悟られまいときびすを返す狂犬は物見やぐらを後にした。


 遠く狂犬を眺める頃にやぐらより歩み出た美貌の卿フェザリナが、ローブの男へ声を掛ける。


如何いかがですか? 充分信頼に足る者でしょう……彼等は。」


「まだ初見でございます。その程度では人のなりは測れませぬ故……今後の彼等の行動にて判断させて頂きます。」


「ふふっ……相変わらず手厳しい事ですね。ではこれからゆっくりと、彼等の真価を拝見致しましょう。」


 美貌の卿へも警戒を緩めぬと放ったローブの男は、豹変した口調のまま……思考では狂犬の見せたを感じ取っていた。

 そしてその背後に堂々とそびえる、魔導機械アーレス帝国の誇る第二皇子の底知れぬ可能性の片鱗。

 それすらも感じたローブの男は再びやぐらの奥へと消えて行く。



 そのローブの下へ、……大僧正グレートセージの紋章をチラリと覗かせて。

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