あなたの話
あなたであれ
「誰も、俺を必要としなかった。俺っぽい奴がいればそれでいいんだろう」
そう言い遺して、彼は死んでいった。
彼はとても真面目に、この社会の鋳型に合わせて、自分というものを変えてきた。その結果として、一つの職を得て、社会人として出発した矢先の自殺だった。
あるがままの自分など、この世には邪魔なだけ。徹底的に改造を施し、他人の前では明朗快活、温厚柔和、質実剛健。そう思い詰め、根底と表層の自分がバラバラになり、「俺は誰なんだ」と発狂して死んでしまった。
良きにしろ悪きにしろ、真面目すぎた。
徹底的に他律的、というよりむしろ、自分自身の望みがない/望みがあっても口に出せないからこそ、他人の意見に全面的に依ってしまう。
これは、自殺が、社会の成員となる努力を始めた瞬間から始まっていたことを意味する。
彼は、彼のまま、不愛想な怠け者のままでいるべきだった。そんな自分を殺してまで、“社会復帰”を決める必要など無かった。
我々は規格品ではない。工業製品の螺子や釘とは違う。そこにある“自己”が、この社会に合わないからといって、歩留まりに弾かれたとして、不良品の箱に捨てていい存在ではないのだ。
それが誰にも認められないとしても、いや、誰も認めないなどということはあり得ない。この世すべての人間と会うまでは、そんなことは、それこそ誰にも分からない。だからこそ、己を捨ててはいけないのだ。
私もまた、自身の意志薄弱さから、あったはずの自己を破壊し、よって立つべき主体を見失ってしまった。
ここ最近になって、ようやくまたバラバラになった自分を拾い集めている。途上だ。果てなく。しかし、『私のようなもの』がいれば良しとする季節は過ぎ去った。
求められぬ自分など、捨ててしまえばいい。そう思っていたが、それは無理であったのだ。
誰からも愛されず、好まれず、すげなく捨てられた“自分”が、今日も泣いている。
私は、“彼”を捨て置くことなどできなかったのだ。
人は工業製品ではない。
あなたもそうせよ、などとは言わない。
ただ、「非適応的だがやりたいようにやる私」を否定され続けるだけならまだしも「求められるままに作り上げた私っぽい何か」を肯定され続ける甘い地獄にいるような感覚はないだろうか。
願わくば、求められぬあなたと、求められたあなたが、互いに手を取り合う、そのような姿を目に焼き付けたいものである。
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