自己肯定感なる物に対する疑義

 持つ者にはそれと意識されず、持たざる者がその存在を認め、強く欲するものは?


 なぞなぞでもクイズでもない。自己肯定感という言葉を巡る人々の反応を観察した結果、導き出した私の見解である。


 自分はこの世界に歓迎されていないという不安。

 自分は他者に不快感を与えてしまうという強い負の自意識。

 自分などという人間はこの社会に不要・有害であり、死ななければならないという希死念慮。


 そうしたものに対して、自己肯定感を高めよという言説がかしましい。


 なるほど。人生の中で失敗は必然である。すべてのものに愛される人間などいない。


 失敗を重ねる度に自己否定の泥に頭頂まで浸かり、ほんの数人の他者と反りが合わないだけで絶望していては人生の損失であるという話は、もっともである。


 しかし、そこに必要なのは、果たして、自己肯定感なのだろうか。


 おおよそ、その道に携わる人以外から、自己肯定感は“無い”としか表現されない。


 失敗を許されなかった幼少の頃。条件づけられた愛情。何もしていなくても(何もしていないからこそ)怒られ、何をしても褒められない。


 そうした体験から、自分には自己肯定感が無い。不安が生きる基礎(ベース)になってしまっている。至らぬところも含めて、自分の在るがままを愛される経験がしたい。だが、できない。


 そう、嘆く声に対し、「自己評価を他人に委ねているからいけないのだ。自分の物差しで自分を測るべきだ」という叱咤が飛ぶ。


 これは芯を外している。


 “自分の物差し”を生まれたての赤ちゃんが持っているというなら話は別だが、生育環境、脳の発達段階で肯定を受け取れなかったと申し立てる人に対して「自分の面倒は自分で見よ」であったり「与えよ、さらば与えられん」であったりを進言したところで、それは単に持てる者の傲慢な言葉に過ぎない。


 傲慢ではあるがしかし、ほかに言いようもない。


 駄目なところ、不完全な人格も含めた絶対評価な肯定というのは、またある種の絶対的な力関係が無いと成立しない。


 つまり、放っておいたら死んでしまう赤ん坊と、それを庇護する保護者の関係である。


「あなたは何もできなくても生きていて良いのだよ」

「失敗をしても大丈夫だよ。次、また頑張ろう」

「不完全で未完成なあなたをとても愛おしく思う」


 ある程度成長してしまうと、こういう関係は築けない。何もできない人間は賃金労働を前提とした社会の枠組みに入れてもらえず、失敗には責任が伴い、時として賠償を請求される。


 少なくとも成人した人同士では、関係は必ず取引の空気を帯びる。これはどうしようもない。子供時代。人間としてのハネムーン期間。社会の成員たる研修期間というようなものは過ぎ去ってしまう。


 そこに至るまでに得られなかった“自己肯定”は、恐らく、死ぬまで得ることができない。


 何事も遅すぎるということはない。今からでも自己肯定感は得られる。そういう声が聞こえる。うむ。結構なことだ。だが、何かが間違ってはいないだろうか。


 私には、『自己肯定感』という、定義の曖昧な実態のよく分からぬものが、素通しになっていることへの違和感が、拭えないでいる。


 あたかも生存に必須なものであるかのように誰もが『自己肯定感』を語っている。本当に、誰もが、であろうか。


 悩み、苦しみ、不安を持たない者の口からは出ることがなく、それらを持つ者に対し、「あなたの不安は、これがないからですよ」と近づく者をどう呼ぶか、我々はよく知っている。


 自己肯定感は『承認の言葉』だと思われた。今では『商人の言葉』だと思う。自己否定の泥に揺蕩たゆたう『囚人の言葉』であるかもしれない。そこでは自己肯定感を神と崇める宗教が芽生えている。恩赦を得るため、真人間教への改宗を迫られるのだ。


 次項からは章を新たに、宗旨は一つではなかろうという話をしたいと思う。


 最後に。


 自己肯定感を得るためには「自分はこの世界に必要とされている」と思うことが肝要だそうだ。その伝でいけば私にも自己肯定感は無いといえる。


 何も、この世に有用な歯車の一つであれ、などと言っているわけではないのは分かる。それでも、である。


 このような世界に歓迎されることの何が祝福であろう。

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