9. 成敗してみせる
「ぎゃあああああああああああああああ――っ!?」
魔王のロック・スプレッドで、地に足をつけて生きていた状態から命綱もなく、カタパルト発射台から射出された砲弾のようにして宙を舞う俺とエルフィリア。
「身体をジタバタさせるなレオ!! 空気抵抗を受けてしまえば着弾地点がズレるぞ!!」
「なんでそんな冷静でいられるんだよお前こそっ!」
「……まあ、この程度のことは日常茶飯事だからな…………魔技で脚力を強化すれば二○○○程度はひとっ飛びだ」
マジでえげつねぇ身体能力してんなこの種族……。
「……いや、冷静に感心してる場合じゃねぇ!! エルフィリアは助かるかもしれないけど俺どうすりゃいいんだこれっ!? 『緩衝』のスキル開発でもしろってか!? それこそ冗談じゃねぇぞ万能だけどこんな土壇場で慌てふためきながらできることじゃねぇんだけどっ!?」
「腕輪に嵌めている『吸収』の宝玉でどうにかならんのか」
「……生憎、これはマナの吸収専用なんだよなぁ……」
スキルといっても所詮はマナをその原理に活用している代物なので、実は応用できる範囲は限られているのである。器用貧乏とはこのことだ。
「ならば着地は任せるがいい。手を繋げ、レオ」
「お、おう……――ふぁっ!?!?!?」
四の五の言っていられないので差し出されたエルフィリアの手を掴んだら、そのままぐいっ、と引っ張られて、背中から抱きつくような形になってしまう。
いやしかし、この慎ましやかな感触は一体……もしや……いや、まさかそんな……やはり、しかしこれは…………まさか、夢にまで見たエルフの――
「……あたしも一応女だから、恥ずかしいことくらいはあるんだが」
「アッ、ハイ。そうですよね」
「掴むんだったら腰回りを掴め」
あ、そっちならOKなんですね……。
「それと頼みがある。レオのスキル生成で、それこそ『生成』のスキルがあったろう。それで矢を三本ほど作ってくれないか」
「そういや俺が捨てちまったんだったな……よし、まかせておけ。こんなことはあろうかとセットしておいたからな」
いつまでも煩悩に浸っているわけにはいかない。
念じると同時、手元に生まれた木製の矢をエルフィリアへ手渡す。
矢を受け取るや否や、エルフィリアは弓を引き絞った。
そろそろ落下地点が克明に見えてくる。焼け野原となってしまった一帯に、ぽつりと浮かぶ人の気配。数にして四。どれも屈強な体躯の男どもだ。
「その弓矢で仕留めるつもりか?」
「いいや。逃げられぬよう結界を張らせてもらう。あたしの命が潰えぬ限り破れぬ強固なものを、な」
そう呟くエルフィリアの目は本気だ。冗談ではないらしい。
「狩人の女神よ、その力をここに示せ――っ!!」
瞬間、地上へ放たれた三本の弓がトライアングルを描いて着弾。
刹那、三点から緩やかな青白い弧が他の頂点へと伸びて、男たちを包囲していく。
命という対価を常にベッティングする魔技の威力は半端なものではない。エルフィリアはまだ若いから、その生命力でもって強固な技を繰り出すことができる。魔王にこそ届かないが、その家臣であったあれやこれやを一網打尽にしてみせただけの実力者だ。あの結界にしたって練り込まれているマナの密度は尋常ではない。魔術で打ち破ることなど到底不可能なはず。
「そろそろ地上だ! しっかり掴まっていろよ、レオ!!」
「マジで頼んだぞ!?」
そんな俺の絶望をつゆ知らず。
まるで猫のように音もたてずに着地してみせるエルフィリア。
エルフの健脚、見事なり…………っ!! ……いや、マジで凄いな。これ岩石だったらクレーターできててもおかしくないはずなんだけどな……。
「……なんか異様に怖がってしまった俺が小物みたいじゃね?」
「仕方なかろう。人間という人種は骨格や筋力の問題で自重を支える限界があるのだから」
「まぁ、それはそうなんですけどね……ほら、ここまで種族さを見せつけられるとね……」
「唯一無二の能力を技能を持っているレオがそれを言うか?」
「ははは……そこを突かれると俺はもうなんの文句もいえなくなっちまうってもんだぜ……」
そんな他愛ない話をしながら、俺とエルフィリアは即座に背中合わせになり、件の男たちと相対する。
男たちは幻術やら人払いの魔術が看破されたどころか打ち破られてしまったこと、そして即座に結界を張られてしまったことを認識したようで、その顔には困惑と焦りが入り交じっている。手に斧や刀を持っているが、あれも魔術が仕込んであるとみて間違いないだろう。重機を使ってもこんな広大な範囲をたったの二週間で伐採するなんて不可能なのだし。
「……てめぇらか、俺たちを封じ込めたのは」
「あら……それはこっちの台詞。あんたたちね、この森を傷つけているのは」
「傷つける? はっはぁ……そいつは認識と解釈の違いだなぁ……俺たちはやむを得ず伐採しているだけだ。魔王の脅威が減ったせいか人間たちがあちこちに巨大な建造物を造りたがっていてな……ここんとこ、ご神木が足りなくなってきてんだ。ついでにエルフの里でも見つかれば奴隷としてしつけて売り払って一攫千金、なんてことも考えていたが……こんなべっぴんさんをいの一番に確保できるたぁ、俺たちはツいてるぜぇ。てめぇは飛んで火に入るなんとやらってやつだよなぁ?」
「なっ……この森を殺すだけでなく……あたしたちを、奴隷…………だとっ!!」
「はっはっはぁ……高貴と誇りと純潔を最も重んじるエルフにゃあ屈辱ってきくが、その顔をみるにマジもんだったみてぇだなぁ……いやぁ楽しみでならねぇ……あんたはよく鳴いてくれそうだもんなぁ…………くひひっ!!」
「なんと下劣なっ!! 貴様らはここで潰して――」
「頭に血が上りすぎだ、エルフィリア。冷静になれ。激昂させるのが奴らの狙いだとしたら、俺たちは常に冷静でいる必要があるし、怒りで周囲の状況が見えなくなることもある。あれだけ大規模で精緻な魔術を展開してたんだ。見た目が柄の悪い賊にしかみえないが、裏になにか忍ばせているかもしれない」
「……あ、ああ。そう、だな。すまない。相手のペースに呑まれるところだった」
……実のところ、俺もこいつらがそこまで頭の回る輩だとは思っていない。裏に大きな組織が絡んでいるとみて間違いないのだが、やはりこうした現場に出張ってくるわけではないらしい。どうみてもこいつら、日本基準だとゲーム序盤に出てくる一台組織の末端で暗部の情報なんてほんの囓りくらいしか知らないチンピラだし。
「……ちっ。エルフはあとで楽しむために痛めつける程度にするとして……そっちの人間は適当に殺せ」
「ははははっ! 俺も随分と舐められてるな!! まぁ仕方ないよね! 武器ないし、へんてこな腕輪と宝玉しか身につけてないもんね! でも、こちとらそれなりに強いよ?」
「ない意地張ってんじゃねぇ――よっ!!」
唐突に始まる殺し合い。俺とエルフィリアは咄嗟の判断で、唐竹に振り下ろされた大剣を横っ飛びして躱す。ただの一振りかに思われたが、直後、巻き起こる鎌鼬が背後にあった木々を粉微塵に粉砕してしまった。ほう……末端にしちゃあ立派な代物を振り回してるじゃん。
「おやおや……こいつはどうした。逃げてばっかりじゃあ強さなんて分からねぇだろうがよぉ?」
「おやおや……こいつはどうした。建材としてご神木を切っているって話じゃなかったかな? どうしてああも粉々にする必要があるんだ? おたくら、マジでなんのつもり?」
「どのみちてめぇはここで死ぬんだぜ? 知る必要があんのかよぉ?」
「…………血の気が多い連中は血管ぶち切れて死んじまうぜ?」
「ほざけてんじゃねぇ! 死ねやあああああああああああああああっ!!」
迫り来る刃の太刀筋に、俺は宝玉を嵌めた腕輪をあわせた。
「馬鹿がっ! んなちゃちな腕輪ごとてめぇの利き腕を切り落として――」
「馬鹿め……」
がきぃん!と鋼同士がかち合う音が鳴り響き。
魔術が施された刀から、薄紫色の瘴気のような色をしたマナが宝玉へと吸収されていく。
うんうん。やっぱりそういうことだったね。いやぁ便利だなぁ。『吸収』の宝玉。魔法だけじゃなくて魔術にも通用しちゃうあたりが特に。
目論みどおり、魔術で強化されていたらしい刀は、付与されていたマナを失い、完全にただの贋作へと成り果てた。まぁ俺にとってはそれでも立派な凶器なんだが、ただ振り回すしか能の無い連中が握っているならそれはおもちゃと同じって話。
「ば、馬鹿なっ…………!?」
「はははははははははははっ! 馬鹿野郎が!!」
偏差値三十くらいの罵詈雑言で会話しながら互いに貶しまくっていたが、相手がいよいよ驚愕に顔を歪めた。
「魔王すら腰を抜かした正義の鉄槌をお見舞いしてやるぜぇ――やられたらやり返す、倍返しだっ!!!!!!!!」
エクスクラメーションマークはさらに倍!
対人間必殺怒りの鉄拳――なんか凄いパンチ!
「――っが…………あっ?」
「…………貴様はもう――」
なんとやら……と、いいかけてやめた。
絶命してしまったら色々と聞き出せなくなるので。
俺はそろそろーっと、野郎の腹筋めがけて食い込ませた拳を引き抜く。
「がっ――あっ――……っ」
全身をくの字に折り曲げたまんま、大男は喀血し、白目を剥いて頽れた。
「…………で、あとの三人はどうしよっか?」
エリザベートに追い詰められていた男たちが一斉にその動きを止め、観念したように武器を捨てて両手を挙げた。
トラックに跳ねられて異世界に勇者として転生したけどどうやらイージーモードみたいだし別に世界を救うとか興味がないので金を稼ぐためにスキル開発の第一人者になって億万長者を目指していたらハーレムになりました 辻野深由 @jank
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