家憑き猫又と死にたがり

@iwao0606

第1話

ひとりで死にたい。

それは十代のころから変わらない願いで──ひとりで死ぬのは当たり前のことだけれど──今も夢想するものだった。

生きていることの意味のなさに自分で命を断とうとしたことすらある。

けれど、自分を生かすためのストッパーが働いて以来、私は死ぬのを諦めた。

「また死にたいと思っているんか。そないなくだらん妄想はせんとちゃっちゃかご飯を食べや」

私の同居人兼世話焼きは、きびきびと手を動かす。卓袱台の上には、あたたかな食事が並べられている。食事をしたがらない私に栄養摂取させてようと、あの手この手を使って手の込んだ料理を作っている。

「…いただきます」

このひとの手前、私は箸に手を伸ばさなければならない。一度食事を摂らないまま衰弱死を狙っていたところ、このひとは顔をぐしゃぐしゃにして泣き喚いたのだ。そして食事を口に突っ込もうとしたのだけれど、固形物を咀嚼する力がない私は窒息しかけ、それをきっかけにこのひとはわんわんと大声で泣きつづけ、その声をきっかけに警察に通報にされる羽目になった。そして来た救急車で搬送される私にすがりついてはどこへ連れて行くと、かかりのひとに鋭い爪を立てたのだ。

その節はご迷惑をおかけしました。

もう二度とあんなうるさいのはかなわない。

色々試したが、私が取れる方法は、寿命が尽きるまで生きることしかなかった。

死ぬまでの日々、ひとり穏やかに過ごしていけたら、どんなにいいのになと思う。

家族も何もいらない。

もぐもぐと黙って口を動かしていると、同居人はじっとこちらを見ている。世話しなくふたつのしっぽが揺れている。

「……おいしいよ」

「何が?」

こういうところが面倒くさい男だと常々思う。

「アスパラの豚巻きが」

「あ、それな、めっちゃええ豚が入ったって肉屋のおっちゃんが言うてな」

語り出す同居人にどうやら正しいことを言えたようだ。しっぽがうれしそうに揺れている。

同居人、もとい築120年の我が家に憑いている猫又の青磁。彼はある日、私の前に姿を現した。猫とは思えない世話焼きっぷりに、本当にこいつは猫だったのか私はわからなくなる。しかもなぜか関西弁を話すし。

「明日は何がええ?」

ちゃんとリクエストしないとややこしくなるのだ。私は肉魚と和洋中を適当に組み合わせて、告げる。

「明日もおいしいもん作ったるからな」

死ぬまでの途方も無い時間を、今日もなんとかやり過ごす。

当分この猫又は出ていきそうにない。

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