貧乏くじ男、東奔西走
卯月
近所の人の話
――ああ、あの角のお宅?
あそこはご夫婦と男の子二人で、お兄ちゃんとウチの娘が小学校で同じクラスだったから、知ってますよ。
お兄ちゃんのヨシ君は、勉強もスポーツも飛び抜けてできるわけじゃないけど、しっかりした良い子。小学生の頃から掃除なんかも真面目にやっててね。弟のカズ君は、しょっちゅうイタズラして怒られるけど、愛嬌がある子。
小学校の授業参観とか、どうしても重なるんだけど、あのお母さんはほとんどカズ君のほうに行ってたわね。お兄ちゃんのクラスでは、見なかったもの。
二人とも関東で就職して、カズ君は割とすぐ結婚したのよ。で、「ヨシ君もそろそろかしら」「それが、あの子は全く浮いた話がなくって」なんて井戸端会議してるうちに、旦那さん交通事故で亡くなっちゃったの。
お母さん、あのお宅に一人でしょう。ふさぎ込んでたら、ヨシ君が地元に転職して帰ってきたのよ。ホント、良い子。
休みの日に、家の中も外もピカピカに磨いたり、庭の手入れをしたり、お母さんの好きな食べ物を遠くまで買いに行ったり……甲斐甲斐しくお世話してたんだけど。
でも、カズ君がたまに孫連れて帰って来るのには、かなわないのよねぇ。
――ああ、ご覧になったの? バタバタ走り回って掃除してる男の人がいたでしょう?
ヨシ君が帰ってきて十年くらい、あのときは三十八ね。思わず、嫁いだウチの娘にも電話して、身体は大丈夫か聞いちゃったわ。まだ若いのに、年末の大掃除中に心筋梗塞だなんて怖いわねぇ。一瞬だったらしいから、長く苦しまなかったんだとよいのだけれど。
だから、自分が死んだことにも、まだ気づいてないのかもねぇ。
――「売家」の看板が出たのは、次の次の春。
朝も昼も夜も、ヨシ君が掃除してるもんだから、お母さん参っちゃって引っ越したのよ。今は、カズ君の家の近くの老人ホームですって。
もし、買おうと思って様子を見に来たのなら、悪いことは言わないから、やめときなさい。
〈了〉
貧乏くじ男、東奔西走 卯月 @auduki
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