第14話 芸術家

「うへえ、こんなのに刺されたらひとたまりもねえな・・・」


落とし穴の最下層、そこには鈍く光る槍が何本も立っていた。これだけの本数があるとかなり壮観だ。まるで剣山のようなその切っ先はこれまでの犠牲者たちのものであろう血によって少し錆びている。


アイリスが呪文を詠唱するのがあと一歩遅ければ、自分も犠牲者の一人となっていた事実に身震いする。


「でもこれでばれちゃったね。私たちが屋敷のなかにいるってこと・・・」


「多分な。でもアイリスが魔法を使ってくれたから俺は生きてるし、そこはもう仕方ないさ。」


そう、仮にアイリスが仲間の命より任務を優先するような人物であったならばレンはこんなところまでついてきていなかったであろう。どんな状況下でも仲間の命を優先する、その優しさにレンは惹かれたのだ。それはまさに、格好よくありたいという彼の理想でもあった。


(でもまさか、地下にこれほどのスペースがあるなんてな)


そう、この槍の間の端の方には出入り口があり、まだ先が続いているようなのだ。なんのためにこの場所に通路を作ったのかとも思ったが、おそらく犠牲者を回収するためであろう。ここにはそういった痕跡こそあるが、実際に遺体はない。それはつまり誰かが回収しているということである。もしかすると上に戻れるかもしれない。


そうこうしているうちに天井(この場合床と言った方が良いのだろうか?)が閉じてしまい、辺りは真っ暗になってしまった。まあ当然と言えば当然かもしれない。普段からあんなに大穴が空いていてはいくらなんでも罠として機能しないだろう。


「うわー、真っ暗だよー。何も見えないねー。」


横にいるアイリスの声が聞こえてきた。


「もうばれてるんだし、魔法使っても良いんじゃないか?どっちにしてもこんなに真っ暗じゃ動けないしさ。」


とにかくここでじっとしていても始まらないので、そうアイリスに提案した。


「そうだね、残念だけど明かりになるようなものは持ってないし。」


彼女はそういって手のひらから大きな光の球を生み出した。大きさとしては人の頭より一回り大きいくらいだろうか。強すぎず弱すぎない、そんなちょうど良い照明具合だった。


「やっぱり魔法って便利なんだな。何でもできる気がするよ。」


「そんなことないよ!自分の実力にあった魔法を使わないと、リバウンドっていって、術者が最悪死んじゃうし、自分のマナにも限りはあるし!」


「リバウンドなんてものがあるのか・・・それ、俺が魔法使う前に知れて良かったよ・・・」


多分調子にのっていきなりフォル級とか使ってた。間違いなくそのリバウンドとやらで痛い目をみていたはずだ。まあまだ異世界召喚チートで、自分が魔法の天才だという可能性なんてものもあるわけだが、その可能性に賭けてあの世へゴー!なんてことはしたくもない。


「さあ、準備もできたことだし、地下探検に行ってみよー!」


「おー!」


この子の能天気さというか、明るさというか、たまにここが敵地であるということを忘れてしまいそうだ。ただ、普通の高校生であるレンがこのような状況下でも心が折れていないということは、その明るさがいまのレンを助けているということなのかも知れない。


「それなりに長い通路だな。灯りも一切ないし。」


「そうだね、洞窟みたい!」


洞窟、確かにそうだ。まるで自然にあったものをそのまま利用したかのような作りだ。ただ床に関しては石畳が敷き詰められており、通りやすいようにはなっている。広さは人が二人通れるほど。先の見えない暗闇が続いているためか、レンの不安は募るばかりであった。


いくら魔法の灯りがあるとはいってもやはり警戒心は解けない。明かりの届かない前方から何かヤバいものが出てきたりはしないだろうか、お化け屋敷とはまた違う、暗闇に本能的な恐怖を感じながら道を進んでいく。


「あ!出口みたいだよ!」


アイリスが指差す先には彼女が言う通り、出口らしきものがみえる。向こうの方から光が差しているため、どうやらこの通路のように暗闇というわけではないらしく、何か光源があるらしい。


「とりあえずこの通路は終わりそうだな。」


とにかく今はこの暗闇から一刻も早く抜け出したい気分だった。アイリスは全く臆する様子はない。これが戦い慣れている者とそうでない者の差だとでも言うのだろうか。


そうこうしているうちに出口へとたどり着いた。そこには思っていた以上に広い空間が待ち受けていた。ここにも石畳が敷き詰められている。出口、この場合はこの空間への入口ではあるが、そこから指していた光というのは無数の古めかしい燭台のようなものの上に灯った魔法の灯りであった。壁は岩肌が剥き出しだが、かえってそれがこの場の雰囲気を神秘的にすらしていた。


まるで何かの祭壇や神殿のようである。落とし穴の先にこのような施設を作ることに何か意味があるとでもいうのだろうか。


「待って!」


アイリスが鋭い声で呼び止める。たかだか1日程度の付き合いではあるが彼女にしてはとても珍しい。それだけでただ事ではないことが分かった。


「どうした?」


「誰か・・・来るよ・・・!」


そう言われて自分達の正面、入ってきた入り口とは反対側の入り口を見た。相手の姿は確認できないが、カツン、カツン、というゆっくりとした足音が聞こえる。咄嗟に近くの物陰に隠れて様子をうかがうことにした。


よくよく考えると、先程まで魔法を使っていたので大まかな位置はバレているかもしれなかったが、仁王立ちで待つわけにもいくまい。息を殺して相手の姿が確認できるのを待った。


ほどなくしてその姿が視認できるようになった。細身の男だ。タキシード(?)を身につけ、眼鏡をかけている。その髪は弱冠ウェーブがかっており、色は白と黒が混じっている。頭頂部からセパレートになっており、見た目からするとどんなに歳を多く見積もっても30代前半位なので元々そういった色なのだろう。


「おやおや、折角試練を潜り抜けてここまで来たというのニ、姿も見せてくれないとハ!」


この空間に入るなり男がそう叫ぶ。明らかにレンたちがこの場所にいると分かっているふうに話している。


「やっぱりここにいるってことはバレてるのか・・・?」


「多分ね。でもあの人、どこかで見たような気がするなぁ。」


「本当か?!あいつが誰だか分かるのか?!」


見つからないようにこそこそと話す。


「思い出した!あの人『芸術家』って呼ばれてる殺人鬼だよ!」


殺人鬼。この状況で一番聞きたくないワードであった。


「そこの岩に隠れているのは分かっていル。さっさと出てこイ。」


完全にバレていた。このまま出ていったところで勝てるものでもない。果たしてどうしたものか。ノコノコ出ていって其の瞬間に殺されるなんてこともあるし、どう動くのが正解だろうか。そんなことを考えてレンが固まっていると、


「フォル・エウロッ!」


アイリスが先制の攻撃を仕掛けた。無数の風の弾が飛んでいく。この場所にどうして殺人鬼がいるのか分からないがここはどっちにしても相手のホームである。相手に従ってやる義理はない。


「やったか?!」


思わずそう叫ぶ。


「流石に試練を潜り抜けて来た者は活きが良イ。やはりそうでなくてハッ!」


土煙の中から男が現れる。あろうことか無傷だった。先程から試練だのなんだの、よく分からないことを言っている。


「流石にこの攻撃を受けて無傷だとは思わなかったよ。『芸術家』ドナン。」


「なんと、私のことを知っているのカ。それでも尚向かってくるとハ、素晴らしイッ!やはり私の作品になる者たちははそのような蛮勇とも言える勇気を持っていなくてハ。」


そう言って短剣を構える。しかし言っては悪いが全く殺気というか、そういったものを感じない。そう思った次の瞬間だった。


「えっ?」


――確かに目の前にいたはずだった。気づくと後ろにいた。とても自然に通りすぎたという感じだ。そうしてふと足下を見る。そこには繊維のひとつに至るまで全く傷つけられずに綺麗に破壊された足があった。まだ繋がってはいるが、ちょうど魚の三枚下ろしのようで、一種の感動すら覚えるような・・・


「ギャアアアッ!痛い!痛いいいいィィィ!」


認知と感覚がずれてやってくる。神経の一つ一つに空気の一つ一つが刺さる。千本の針を刺すという表現でもまだ足りないような痛みが彼を襲った。


「レンッ!」


「ッ!!ギャアアアァァァァ!!」


「気を抜きすぎダ。それは私が求めているものではなイ。もっと、もっト!生命の輝きヲ!生きようと足掻く様ヲ!それでこそ私の作品は完成するのダ!」


狂ってやがる。完全に。凄まじい痛みで目に涙を浮かべながら相手を見る。アイリスが回復魔法を使ってくれていた。不思議なことに回復中は攻めてこない。彼の流儀なのだろうか。


「ダメだ。完全には治せないよ・・・!」


なんとか動けるレベルにはなったものの、まだかなりの痛みだ。なるほど、どこまで傷つければ応急処置で治せないか熟知しているらしい。


「まだ足りないナ。刹那に放たれる命の輝きガァァッ!!」


その目には興奮をたたえ、自分の作品を絶対に完成させるのだという強い意志が伝わってくる。短剣を片手に迫ってくるその男を形容するなら正しくこうだ。


――絶望が迫ってくる。

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突然異世界に召喚されたからって無双できるハズがない! 幼助 @yoshuke-u

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