第13話 潜入
「――で、無事侵入できたわけだが敵のボスとやらはどこなんだ?」
「情報では屋敷にはいるって話だけど、どうだろうね?」
3人は既に月明かりに照らされた薄暗い屋敷の中にいた。侵入すること自体は思っていたよりずっと簡単にできたのだ。どうやら屋敷の裏側の警備はほとんど魔獣に任せきりだったようで、衛兵が数えるほどしかいなかったのだ。しかし、普通に戦っていては目立ってしまうし、仮にも敷地内。不用意に魔法を使うとトラップに引っ掛かってしまう可能性もあった。
従ってどうしても素早く、静かに敵を叩く必要があったのだが、その関門を突破するのにもルーが役立ってくれた。闇に紛れて、獣の素早さで衛兵たちを襲うことで静かに迅速に、尚且つレンたちが一切体力を使うことなく乗りきることができたのだ。
しかし相変わらず、ルーの口数は少なく、あれ以来全く喋ってくれていなかった。恥ずかしがり屋というか、単に無口なだけなのではないだろうか。
「というかそもそも、変装してお手伝いや客人なんかになりきって堂々といれてもらうとかじゃダメなのか?」
個人的にはその方が効率的にも思える。特に客人の場合は主人が応対することが多いのではないだろうか。
「その手を使えるようならまだマシなの~。」
「今回の相手は表にあまり姿を現さないんだよ。客人にも会っていないようだし、多分私たち顔がばれちゃってるし・・・」
「アイリス様が後先考えずに派手にやっちゃったからなの~。本当に面倒なことをしてくれたの~。」
「ごめんってばー!まさかこんなことに影響してくるなんて思いもしなかったんだもん!」
「・・・・・・」
やっぱりこの子はそのあたりのことが抜けているのかもしれない。それにしても客人にも会わないとは、ここの主人は思っていた以上に用心深い人物であるらしい。
「いやー、まあでも案外楽勝かもな。ここまで簡単に潜入できるとは思ってもみなかったよ。」
一抹の不安はあるものの、ここまでうまくいっているのだ。ひょっとしたらこのまま簡単にいくのではないかと、レン自身この屋敷に到着したときから比べればだいぶ気持ちに緩みが出てきていた。
「レン、気を抜きすぎなの~。数はそれなりだったけど、外にいたのはただの雑魚なの~。」
「そうだよ。これだけ大きな屋敷だもん、罠が仕掛けてあってもおかしくないよ。」
二人にたしなめられる。気を抜くのは早すぎたらしい。確かにそうは思っているが、現状そう思わざるを得ないくらいに簡単なイベントである。
レンは気を引き締めようと、屋敷を見渡した。改めて見ると、そこそこだが規模が大きい。外から見たときは2階建てのようだったが、屋敷という名に相応しい規模である。
見たところ建物自体は木造建築というやつだ。どう考えても石ではない。中世ヨーロッパの建物というのはガラスを使った窓が少なかったらしいが、この建物の場合そんなことはなさそうだった。ちょくちょくその辺りの時代設定は曖昧らしい。
いや、そもそもここは異世界なのだ。レンが元々いた世界の常識で考えてはいけないのかもしれない。ただ、それを差し引いてもかなり豪華な装飾が施されていた。
「ここの主人、そうとうな財力があるんだな。」
それも人身売買で稼いだ金なのだろうとは思うが。
「財力もそうなのかもしれないけど、向けられた刺客は全員返り討ちって話だし、腕もたつんじゃないかな?」
・・・カエリウチ?いやいや話が違う。この雰囲気だと圧倒的な戦力差で圧倒しハッピーエンド、という感じじゃなかったのか。周りを見てもアイリスにカレンとルー、一応の戦闘員が揃っている。自分を除いてであるが。こんなところに俺がいるなんて場違いにも程があるじゃねえか。そんな危険な場所ならそもそもなぜ俺はこんなところにいるんだ?
「そ・・・そんなに強いのか?」
恐る恐る聞いてみる。
「分からないけど、『鴉の翼』の関与もあるらしいし・・・」
「『鴉の翼』?なんだそりゃ?」
「目的も行動も不明、その存在はかなり古い文献からも確認できている、たちの悪いカルト集団なの~。」
「なんだ、そんなに謎の集団なのに、関与がバレてるのか?なんかお粗末だな。」
そもそもこの世界にもカラスがいるのか。日本においては割とポピュラーなはずの犬、猫、カラスといった動物たちはこちらに来てからまだお目にかかってない。勝手にいないものだと思っていたので名前が出てくるのは少し驚きだった。
「いやいや、あまりにも異常だからそうなんじゃないかって言われてるだけだよ!セタの王さまが腕の立つ人を送って一気に全滅なんて、普通はあり得ないよ。」
「今回ここに来ているのだってその真偽を確かめるためなの~。どちらにしてもかなり危険なの~。最悪私たちも・・・なんてこともじゅうぶんにあり得るの~。」
その話を聞いて身震いする。アイリスの実力はこの目で見たし、カレンとルーだって強い。その二人すらもやられてしまう可能性があるというのか。自分は楽観視しすぎていたらしい。そもそも戦闘員ですらない自分がそのような場所を生き抜けるのかは大きな疑問である。
それにしても鴉の翼、この国で黒髪に黒目であるレンの待遇があまりよくないのと関係があるのだろうか。少し気に留めておいた方が良さそうだ。自分はまだこの世界のことをなにも知らないのだ。聞いたことすべて覚えておくくらいでちょうど良い。
「やっぱり建物のなかにも見張りはいるんだねー。」
物陰に隠れながら周りの様子を見渡す。外に比べて数は少ないものの、建物の要所には見張りがいた。かなり複雑な作りになってはいるが屋敷内部の地図は既にカレンが入手していたようで迷うことはない。問題はトラップだが、今のところは大丈夫そうである。
「まあ向こうも警戒してるんだろ。数自体は少ないじゃねえか。」
「でもやっぱりおかしいの~。この程度の衛兵相手なら、セタの精鋭がやられるはずないの~。」
「確かにそうだよね。物凄いトラップが仕掛けてあるのか、まだ私たちが知らない何かがあるのかな。」
屋敷探索はよりいっそう得体の知れない不気味さが増していくばかりだ。とにかく避けられる戦闘は避け、見張りの目を掻い潜りながら見回ってみるものの、それらしき部屋はない。残るは2階しかないので、上へと続く階段を目指す。
唯一の階段は正面玄関から入ってすぐのところにあるらしい。屋敷の端の裏口から入ってきたようなものなので、そこまで行くのも一苦労だ。
「着いたの~。あそこが階段なの~。」
注意深く周りを見るが、特に見張りを配置している様子もない。
「見張りがいないな。休憩中か?」
「一応すぐ外に見張りはいるの~。」
言われてみればそうだ。それにエントランスが少し広めにはなっているが、正面からであれば外からでも階段周辺と登っている姿は見えてしまう。
「でも上にいくルートはここしかないんだよね?困ったなあ。」
「見張りの目を盗んで登るしかないの~。正面玄関周辺の見張りは、倒すと目立ちすぎるの~。」
確かにそれしかなさそうだ。覚悟を決める。
「合図をしたら階段まで一直線に走るの~。」
「OK!」「分かった!」
暫く沈黙が続く。
「今なの~。」
一斉に走り出した。先頭はレン、次にアイリス、最後にカレンの順番だ。幸いにも足下が絨毯であるため音は響かない。階段までもう少しだ!
――え?
次の瞬間、信じられないことが起きた。一段目に足をかけた瞬間、階段が消えたのである。それはもう夢まぼろしのように。一瞬の出来事だった。バランスを崩して前のめりになる。しかしその先に床はなく、暗くて大きな穴がぽっかりと口を開けていた。俗に言う落とし穴というやつだろうか。
「ウソでしょー!」
後ろでアイリスの声がする。同じく引っ掛かってしまったらしい。
「レン!アイリス様!」
カレンが叫ぶ声が聞こえた。一番後ろであったことが幸いして落とし穴には落ちずにすんだようだ。良かったと思ったのも束の間、目の前に無数の槍が迫る。――ヤバい、死んだ――
「――ラディアッ!」
咄嗟の判断だったのかアイリスが呪文を詠唱する。するとレンの目の前に金色の盾が現れ、レンとアイリスはその上に着地した。もちろん、レンがうまく着地できるはずもなく、ある程度のダメージを受けたが、そのまま落下するよりも遥かにマシだ。
「ナイス!本当にありがとうアイリス!」
心からの感謝を伝える。
「まだ安心はできないよ!カレンー、私たちは大丈夫だよ!」
登れそうもないので下に降りながらアイリスが叫ぶ。
「それは良かったの~!ただこっちも面倒なことになったから、ここからは別行動になるの~!」
そう叫んだ彼女の目の前には衛兵たちが迫ってきていた。
※ ※ ※ ※ ※
「――魔法探知とトラップに反応があっタ。ネズミが罠にかかったようダ。」
男は言った。
「なに、いつものことだ。可愛がってやりなさい。」
「グヒヒヒ、血が騒ぐなぁ!」
「フフフ、素晴らしイッ!私は私のすべきことをするまデッ!」
「おい、俺の獲物を横取りすんじゃねえぞぉ?」
扉を開けて男たちが出ていく。カツン、カツン、その足音は絶望を運んでいくようでもあった。
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