第12話 使い魔の実力

薄暗い林の中を一行は進む。息を潜めて迅速に屋敷の裏手にまわっていた。見つかれば無事では済まないというプレッシャーからか3人の表情は真剣そのものである。


「・・・!ストップなの~。」


カレンが後続を手で制す。視線の先には見張りが彷徨いていた。屋敷にはまだ入っていないとはいえ、ここは既に敵の懐のなかだ。手に持っている武器も、くらえばひとたまりもなさそうなものである。ひっそりと相手の様子を伺う。


・・・・・・。沈黙が続く。


「もう大丈夫なの~。」


また一行は歩を進めていく。もうずいぶん来たし、今のところ周りに人の気配はない。しかし、なんなら罠があってもおかしくないのだ。踏み出す足に力が入る。うん、間違いなく緊迫した場面だ。なのだが、


「さっきから思ってたんだが、カレンのそのしゃべり方、何て言うか力が抜けるな。」


真面目に静かにしなくてはいけないときほど沈黙の時間だったり、どうでも良いことに笑えてくる、そんな経験はないだろうか。今がまさにそれだった。どうしても間延びした印象を拭えず、少し緊張の糸が解れる。


「レン、それはどういう意味なの~?」


「いや、この緊迫した場面で『なの~。』って言われるとなんか間抜けっぽいなって。あはは」


「・・・レン、後で死刑なの。」


場の空気が凍りついたかと思うくらいのプレッシャーがレンたちを支配する。一気に5℃くらいは気温が下がった気がした。割とマジで。


「あ・・・いや、すみませんでした。」


「分かれば良いの~。」


どうにか機嫌を直してくれたらしい。危ない、踏んではいけない地雷を踏んでしまったようだった。今度からはこの話題に触れないようにしよう。


「ちょっ、レン!やめてあげなよ!フフッ」


「いや!ちょっとアイリスさん?!今俺が何とか踏まずに済んだ地雷を思いっきりぶち抜いてくれちゃってますけどぉ?!」


「だってー、プフッ!アハハハハハッ!」


静かにしなくてはならないので必死に声を抑えながら笑っている。ブルータス、お前もか。


「でもアイリス、プフッ!ダメだつられる。・・・!」


まずい、そう思ってゆっくりとカレンのほうを見る。いや、明らかに怒っていらっしゃる。これ、侵入以前に死んだんじゃなかろうか。そう思って止まないレンであった。


※ ※ ※ ※ ※


「あんなに怒らなくてもいいじゃない。本当に悪かったよー。」


「本当にな・・・」


数十分後、レン一行は屋敷の裏手から50メートルほど離れた、ちょっとした高台の上にいた。アイリスは申し訳なさそうに謝り、レンは既に、控えめに言ってもボロボロだった。


「周りに敵がいなかったから良かったの~。特にレン、万死に値するの~。」


「カレンさん、既に俺だいぶボロボロだと思うんだけど。医者を呼んでくれ。」


「そんなこと知ったことじゃないの~。」


「まあまあ二人とも、ここはこのお姉さんに免じてっ!」


アイリスが少しおどけた調子で言う。それは逆効果だと思うのだが。いや、何故かカレンも手を引いてくれたらしい。二人の関係性がいまいち分からない。


とりあえず、高台の窪みから少し顔を出して屋敷の様子を伺う。


「なんだあいつは?!」


レンが思わず声をあげる。月明かりの中で僅かにしか見えないが、レンの視線の先では、狼に2本の角が生えたような動物が屋敷の裏をうろついていた。目視できるだけで10頭くらいはいるだろうか。


「いや、いすぎだろっ」


「しー、静かにするの~。あれは魔獣なの~。」


竜鳥といいカレンの肩にいる使い魔といい、今出てきた魔獣といい、この世界は本当に異世界なのだと再確認させられる。特にあいつは見るからに獰猛そうである。めちゃくちゃ恐い。


「なあ、俺腹が痛くなってきたんだが帰っちゃダメか?」


「ここもいずれ見つかるの~。今来た道を一人で帰れると言うのならどうぞなの~。」


「すみませんでした。マジ勘弁してくださいカレンさん。」


何だろう、まだ少しご機嫌斜めなのだろうか。


「ここは風下だから私たちの臭いは届かないよね?」


アイリスが不安そうに呟く。


「大丈夫だと思うの~。ただ、本来魔獣は飼い慣らせるような生き物ではないの~。この場合も何らかの方法で群れをあの場所に集めているだけだとは思うけど、注意が必要なの~。」


心なしかカレンの声にも緊張が走る。彼女の肩の上でルーが居心地が悪そうにもぞもぞと動く。全身の毛が逆立っているあたり、ルーも警戒しているらしい。


「アイリスの魔法でどうにかならないのか?俺を助けてくれたときは、結構大胆に侵入してきたし、こんなにこそこそしながら侵入する必要があるのか?」


こそこそとレンはそんなことを問う。考えてみれば前回はアイリス一人であれだけの活躍ができたのだ。今回もそんな感じで行けるのではないだろうか。


「・・・レンっ!しーっ!しーっ!」


アイリスは一瞬固まり、そしてすぐに指を唇に当て、黙っていて欲しいことをアピールした。が、時すでに遅し。


「ア~イ~リ~ス~さ~ま~?どういうことなの~?」


カレンが少し低い声でアイリスに問いかける。笑顔なのが逆に恐い。


「ひいぃ!ごめんなさいってば!2度とそんなやり方はしないからー。」


なるほど、あまり良い手段ではなかったらしい。確かにまあそれもそうか。一対多数ではリスクが大きすぎる。


「その方法は今回使えないの~。アイリス様がレンを助けたときには、片田舎の古い施設だったから魔法対策が施されていなかったの~。本来ならその方法はあまり良い手段とは言えないの~。」


そう言ってアイリスのほうをちらりと見る。


「そ、そういうわけで!今回襲撃するのは仮にも敵のアジトだから、間違いなく魔法対策がされてるはずなんだよー。でも心配要らないよ。大船に乗った気持ちでいると良いよ!」


アイリスはケラケラと笑っているが、魔法も万能ではないらしい。しかしこの子、けっこう考えなしに突っ込んでいくタイプのようだ。だとするならば大船に乗るどころか泥船に乗り、既にかなり浸水しているといった心持ちである。


魔法の名手の美少女、天は二物を与えないどころか大盤振る舞いじゃねえかとも思ったが、きちっと抜けてるところがあるあたりこの世界もある程度は公平らしい。ただここまで可愛いと、それすらも魅力に見えてくるところがまた恐ろしい。


「とにかくあの魔獣をどうにかしないことには先に進めないの~。」


カレンが言う。確かに彼女の言う通りだ。まず屋敷に侵入しなくてはいけないにも関わらず、その前の段階で足踏みをしてしまっている。


とにかく臭いでバレてもアウトだし、騒がれて見張りに気づかれてもアウトだ。これはどうしたものだろうか。


「・・・?見たところ屋敷から離れすぎているからなのか、ここには魔法対策は施されていないの~。」


「つまり魔法が使えるってことか?」


「使えるには使えるの~。でも視覚的に目立つから、アイリスの魔法は禁止なの~。」


「えー!私の魔法使っちゃダメなのっ?」


アイリスが残念そうに言う。


「仕方ねえよ。まあ今回は俺が魔法を使ってや」


「レンも、今回渡した魔法石は光魔法のものだから禁止なの~。」


「マジか・・・」


いつまでお披露目されないんだ俺の魔法。まあ戦わないに越したことはないけど。


「今回は私に任せるの~。」


カレンはそう言うと、ルーに何やら話しかけ始める。何をする気なのかは分からないが、とりあえずここはお手並み拝見といこう。


「ルー、よろしくなの~。」


呼びかけに応えるかのように頷き、ルーが飛び立っていく。


「何をする気なんだ?」


「まあ見ておくの~。」


レンはじっとしてルーの行方を見守ることにした。と、次の瞬間信じられない光景が見えた。ルーが巨大化したのである。巨大化とは言っても仔猫サイズが3メートルくらいになったということになるのだが。それでもあの魔獣たち以上の大きさにはなっていた。


「ザラム」


聞いたことのない魔法だ。とはいえ聞いたことのある魔法なんて三種類くらいしかないのだが。いや待て。そもそもこれは誰が詠唱したんだ。少なくともアイリスやカレンではない。同然俺でもない。残るは一人、いや、一頭である。


「あいつ喋れたのかよっ!使い魔なのに!一言も喋ってなかったじゃねえかっ!」


「喋れないとは言ってないの~。ルーは恥ずかしがり屋さんなの~。」


いや、そういう問題なのか。と、次の瞬間、魔獣たちの足下がよりいっそう暗くなった気がした。ルーが一気に急降下していき、一瞬で魔獣たちがやられていく。


「おいおい、何が起こってるんだ?」


「ルーが狩りをしてるだけなの~。闇魔法で移動阻害をして、動けなくなった獲物を仕留めているの~。」


なるほど、それにしても手際が良い。あの大きさで音もなく獲物を狩る。まるで梟みたいだなとそう思った。一瞬でケリがつくとはまさにこの事だろうか。気づいた時にはその場に動くものはいなくなっていた。


「というかカレン、これルーが頑張ってるだけじゃね?」


もっともな疑問をぶつけてみた。


「そうでもないよ。使い魔の実力は主人に大きく依存するんだよ。ルーがあれだけの力を発揮できているのもカレンの力があってこそなんだよ!」


アイリスがそう言ってフォローをいれる。


「そもそもカレンは3つの属性魔法を使い分けるエリート魔法使いなんだよ!」


「目立つわけにはいかないし、あの程度の魔獣なら二人でやるまでもないし、これが一番効率がいいの~。」


その見た目でバリバリの戦闘員とは恐れ入る。本来なら二人で戦う戦闘スタイルだが、今は自分の出番ではないということか。そうこうしているうちにルーが戻ってきた。サイズが元の肩乗りサイズに戻っている。


「ご主人、役目、果たしたー!」


そう言ってお辞儀をする。声も可愛いじゃないか。真の姿とも言うべき姿はえげつないのに。


「ご苦労様なの~。」


カレンはそう言って使い魔の労を労っている。何はともあれ、これでようやく屋敷に潜入できる訳だ。


「じゃあ出発なの~。」


第一ステージクリアとはいえまだまだ先は長い。屋敷の夜はまだまだ終わりそうになかった。

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