Episode8 証拠不十分 9月23日(祝)文化祭当日1
本作は、2018年に完結しました『【8エピソード予定】ルノルマン・カードに導かれし物語たちよ!』における、「Episode4 あどけなき皮(※猟奇&胸糞、そして長文注意です!)」の約12年後のお話となります。
「Episode4 あどけなき皮」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054886152603/episodes/1177354054886549921
※※※
第42回 蘭舞高校(らんぶこうこう)文化祭。
全国大会3位! 我らが蘭舞高校ダンス部の発表は、9月23日(祝)午後2時から!
9月23日(祝)午後1時前。
尾見葉子(おみようこ)も大勢の父兄たち同様、娘・希来里(きらり)の晴れ舞台を見るため、文化祭ならではの賑わいを見せている蘭舞高校内へと足を踏み入れた。
もう9月も終わりだというのに、夏の名残をまだ残した風が葉子のスカートの裾をかすかに揺らす。
葉子は夏が嫌いだった。
だが、肌をジリジリと焦がすような猛暑そのものを葉子は嫌っているわけではない。
――……”あのこと”を思い出すのはやめよう。あの夏からもう12年も経っているんだから。あの時の私は”ああすること”しかできなかった。それに……今の私は、希来里の母親なのよ。たとえ、血は繋がっていなくとも……
葉子が、高校2年生の娘・希来里の母親となったのは今から8年前であった。
夫の尾見明義(おみあきよし)とは、互いに離別のうえの再婚同士で、希来里は明義の連れ子であった。
そして、葉子自身も前の結婚の時に、子供を1人産んでいた。
その子供――”何たる偶然か、希来里と同じ年齢の娘”には、葉子はもう何年も会ってはいなかった。
前の夫である平良実(たいらみのる)とは、互いに憎しみあって別れたわけではない。
それに、夫の元に残してきた実の娘のことを思うと、葉子だって胸が痛まないはずがなかった。だが、その胸の痛みよりも恐怖が遥かに勝ってしまう。
そして、”あどけなき皮”をかぶっていた娘から逃げ出すことができたという安堵も……
実は再婚直後に、明義に「希来里だけじゃなくて、俺たちの間にも子供を作らないか?」と言われた。しかし、葉子は「私たちの子供は希来里ちゃんだけでいいのよ」と力なく笑った。
それは、葉子の魂の底からの本心だった。
葉子は二度と子供を産むつもりはなかった。子供を産むのが怖かった。
前の娘と同じ性質を持った子供が、また自分の中より生まれたら、どうすればいいというのだ?
昨今、よく聞くスマホのゲームなどに例えて言うなら、”またもや”最凶のガチャを引き当ててしまったら、どうすればいいというのだ?
考えまいとするほど考えてしまう。そして、思い出してしまう。
思考をそらすため――”今の娘のこと”に集中するため、葉子は腕時計が示す時刻を確認する。
14時から始まる希来里のダンス発表には、まだ少し時間の余裕があった。
この蘭舞高校にて、一番の注目の的となっている部活は野球部でもなくバスケ部でもなく吹奏楽部でもなく、希来里の所属しているダンス部だった。
文化祭開催の本日も、灰色の校舎の壁に、これでもかと大きく垂れ幕に書いてあるように、全国大会3位の実力を持つ蘭舞高校ダンス部。
希来里が偏差値55前後のこの高校に猛勉強して入ったのも、ひとえに数年連続で全国大会出場&入賞を果たしているダンス部に入部したいがゆえであった。
ポツポツとニキビが咲いている思春期ならではの脂っぽい肌をした希来里は、決して肥満体ではないものの全体的にドシッとしたどこか重量を感じさせる体型をしているうえ、手足も太め&短めであった。
けれども、彼女の運動神経自体はなかなかに良いらしく、土日返上の超体育会系なスパルタ練習にもついていくことができていたし、弱音を吐くことだってなかった。
希来里は言っていた。
「ママ、私ね、ダンスが大好きなの! 皆と一体になって踊っていて、キマッた瞬間が本当にエモくて、超気持ちいいの!!」
”エモい”という言葉の意味は、よく分からなかった葉子であったが、希来里がダンスを心から愛し、一度しかない青春時代を全身全霊で楽しんでいることだけは伝わってきた。
希来里のポリシーは「ド根性! 何があっても私は頑張り抜く! 限界なんてないんだもの!」だ。
常に明るくポジティブで、でも負けず嫌いで真っ直ぐな性根をした希来里には当然、友達も多く、充実した高校生活を送っている。
大人になった希来里が、自身の高校時代を思い返したなら、素晴らしい青春時代の思い出が1ページどころかきっと何十ページも蘇ってくるだろう。
血は繋がってはいないが可愛い娘。いや、自分と血が繋がっていないからこそ可愛い娘・希来里のダンス発表までの時間を潰すため、葉子は校舎内の展示物を見て回ることにした。
校舎内には、父兄だけでなく親子連れや、他校の制服に身を包んだ高校生たちの姿も何人か見られた。
3階にある服飾文化部の展示スペースへと辿り着いた葉子。
そこには、スカイブルーのワンピースが展示されていた。
忌まわしい過去を鮮やかに思い出させる物が視界に映り込んできたため、葉子は反射的にパッと目をそらしてしまっていた。
わりと静かなこの展示スペースには、幾人かの先客がいた。
その中でも、葉子の目を引いたのは、4人の女子高校生だった。蘭舞舞校の制服ではなく、別の高校の制服を着ていた。
――あの制服は確か……上住第一高校(うわずみだいいちこうこう)?
上住第一高校は、県内屈指のトップクラス進学校というか、県内ナンバー1の偏差値を誇る進学校であった。
希来里の高校受験時に、葉子がいろいろと取り寄せて調べた資料に記載されていた偏差値は75~78であり、この蘭舞高校とは偏差値が20近くも開いている。
とっても頭のいい子たちが行く高校。
上住第一高校に、息子or娘を通わせている父兄たちにとっては、自分の子供は自慢の種であり誉れであるだろう。
葉子の視線を感じたのか、4人の女子高校生のうちの1人が振り返った。
――!!!!!
振り返った女子高校生は、綺麗な娘だった。
贅肉など微塵も感じさせないスラリとした肢体、肩を少し過ぎたぐらいの長さのサラサラのストレートヘア、プリーツがしっかりときいたスカートから伸びた細くてまっすぐな脚。
彼女の全身は清潔感に溢れ、目には静かな光をたたえ、顔立ちも決して派手ではないが整い、愛らしいというよりもいかにも賢そうな顔立ちをしていた。
葉子は”氷の雷(いかずち)”に打たれたがごとく、その場に立ち尽くしてしまった。
自分と”彼女”との間に確かに流れている”血の引力”が、葉子を動けなくさせたのだ。
「…………実葉」
葉子は自身の喉から発せられたかすれた声を、ここではないどこか遠くで聞いていた。
元夫・平良実のもとに残してきた娘。葉子自身が産んだ実の娘・平良実葉(たいらみは)が、目の前に立っていたのだから。
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