No.1.5 newcomer
『4月15日 11:20 天気:快晴』
《in the Kerria castle》
報告者:坪倉 虹晴
「…『mon-soon』は四方に一つずつチームベース(基地)が存在する。北に『水仙』の『jonquil labo』、西に『金木犀』の『aurantia wall』、南に『向日葵』の『helian colosseum』、そして東に『山吹』の『Kerria castle』……つまり俺たちが今いるここだな。」
「はいタツミ先生、質問いいですか。」
「はいどうぞ虹晴くん。」
「この城どう見ても純和風なんですが、どうして名前だけバリバリ英語なんですか?正直めっちゃ覚えにくいです。」
「だよな‼俺だってそう思ったんだよ!でもシュウヤの奴、『英語の方がカッコいい』とか言いやがってさぁ……。やっぱり『風雲タツミ城』の方が絶対カッコいいって!」
「いやそれはアカンと思います。」
「えっ」
『あの日』から3日後、初めての日曜日。
俺を含めた『山吹』のメンバー6人は、なんたらキャッスル…とかいう基地(ベース)にある、剣道場みたいな大部屋に集合していた。
今回集合した目的は、謂わばオリエンテーション。俺たち5人は、現在タツミ先生に『mon-soon』の内部構造についてご教授賜っているところだ。
「ま、それは置いといて。各基地は『環(リング)』で一円に繋がっているんだ。まあ、回廊みたいなものだな。」
「『回廊』って……、あの環、結構距離ありますよね……?」
「瞬間移動した方がずっと速いよね。」
「そうよ。おまけにあそこ、周りに壁もないんだもの。おっかなくて歩きたくもないわよ!」
「一歩足踏み外したら真っ逆さまやもんなぁ……。あかん、想像しただけで震えが……。」
確かに『環(リング)』は学校の廊下以上の幅はあったけど、縁側には壁も手すりもない。
おまけにここは雲の上。環のど真ん中を真っ直ぐ通るだけでも充分スリルが味わえる。
「実はな、この環は太陽光パネルで出来ているんだ。つまり、コイツの本当の役割は『mon-soon』の電力確保であって、『通行道』じゃない。だから無理に通らなくても大丈夫だぞ。」
「なんや、そーゆーコトやったんか!」
「びっくりさせないでよ……。『回廊』なんて言うから、てっきり通行用だと思うじゃない。」
なるほど、じゃあ縁に何もないのは影を作らないためだったのか。
ちょっと安心した。
「はは、言い方が悪かったな。でも、たまにアヤメがあそこでランニングしてるけどな。」
「え、あの『環』でですか………?」
「ああ。外周6km以上はあるからな、鍛練にちょうどいいらしい。…そういやあいつ、『向日葵』の皆で周環ランニングしたいとか言ってたな……。大丈夫か?」
「だ、大丈夫な訳ないじゃない‼」
「ひえっ‼」
いきなり初音が声を荒らげた。
この人いつも口調がキツいんだよな……。
葦生なんか、悲鳴上げるほど怯えてるし。
「『向日葵』には小夏がいるのよ!?あんな所でランニング!?アイツ絶対失神するわよ‼」
そういや、初音と『向日葵』にいる小夏は同じ中学で友達…なんだっけか。
「……残念だが、『向日葵』に入ったのが運の尽きだ。初音、小夏はきっと一流の兵(つわもの)となって帰ってくるさ……。」
な、なんだその言い方。
まるで戦場へ向かう兵士を見送るかのような……。
「な、なによその諦めきった顔は‼‼小夏は一体どうなんのよ‼‼」
「…………………………………」
タツミさんは口を閉ざしたまま、俯く。
「……き、急に黙らないでよ‼‼ちょっと‼‼ 冗談じゃないわよ‼‼ねぇ‼」
焦り出す初音と居たたまれない表情を浮かべるタツミさんを見て、俺は思った。
『向日葵』は地獄か何かなのか、と。
*****
《in the helian colosseum》
報告者:蛍野 紫陽
ここは地獄だ。
"ここ"に来てから、それ以外の感情が持てない。
「それではお前たち、これからコイツに挑んでもらう。」
俺の目の前には、雲悌(うんてい)がずーーーーーーっと先まで続いていた。無限だな、こりゃ。
しかもうんていの真下は雲が流れている。
つまり、がら空き状態。
SAS○KEか何かですかね………。
「ええええええええええ‼‼む、無理無理無理‼‼無理ですってアヤメさぁん‼‼」
小夏さんが脚をワナワナさせながら喚き出す。
実際、俺の脚も震えているのがわかる。
そりゃそうだろ。
今日軽い気持ちでここに来たら、いきなりこれなんだから。
心の準備もなにもなしだぜ?
……誰だって無理だろこんなの‼‼
「そぉですよぉ‼小夏センパイの言うとーりですぅ‼‼落ちちゃったらアタシたち、死んじゃいますよぉ‼」
俺の心の叫びに答えるかのように、
…なんだか神経に触る猫なで声が後方から聞こえた。
「アタシまだ死にたくないですぅ‼まだやりたいコトだってたくさんあるしぃ……、なによりファンのみんなが悲しんじゃいますよぉ‼‼」
くるくるのツインテールをぶら下げしくしくと泣くこの女を、知らない日本人は今現在いないだろう。
蛭田律歌、去年あたりからテレビに出ずっぱりの天才子役だ。
俺が彼女を初めて見たのは画面の向こう側、ドラマの中でだった。
歌手を目指す病弱なヒロインの子供時代を演じていた。
か弱いながらも懸命に生きる姿にドはまりした俺は、彼女の歌のシーンを録画しては何十回も聞くほどにのめり込んでいた。
だから、つい3日前そのご本人と出会ったときは、正直かなり舞い上がっていた。
だが、まさかその本性が、俺の一番嫌いな人種"ぶりっ子"であるとは夢にも思わなかった。
「ね、そうだよねマユミン?」
「そうだねリッカちゃん❤リッカちゃんは日本芸能界の財産やけん~大切にせんと‼‼」
「うわ~~~んマユミンやさしい~~~!ナデナデしちゃう~~~‼‼」
「あ、あっ、あ~~~~❤❤❤ホントかわいか~~~~~~❤❤❤」
そんな猫かぶり女を猫可愛がりするのが、桑原真優美という小さな少女だ。
可愛いもの好きとは聞いたけど、その可愛がり様がなんかおかしい。
律歌に撫でられてるその表情が、なんだろう、恍惚としているというか………若干キモいっつーか………。
「うるさいぞお前たち‼‼ちゃんと下にはCLシールドが張ってあるから大丈夫だと言っているだろう‼」
「だからって……‼‼」
「なーんだ‼だったらイケるじゃん‼」
「はい?」
その声と同時に、雲悌へ一目散に走り出した……のは勿論俺ではなく。
「よっと‼じゃあオレお先に行ってきまーす‼」
長身の男…桐生篤士さんだった。
「え、ちょ、ちょっと‼」
「yahoooooooooooooooooooooooo‼‼」
俺が止める間もなく、篤士さんはチンパンジーのような腕さばきで軽々と進んでいった。
「きゃーーー‼‼篤士さんカッコいい~~~‼‼」
小夏さんが黄色い声を上げる。
確かに凄いけどさぁ……、これってつまり……。
「よし皆、篤士に遅れを取るな‼」
ほらやっぱりこうなるよな~~~~‼‼
篤士さんちょっとは空気読んでくれ~~~‼‼
「はーい‼じゃあ次私いきまーす‼」
そう 颯爽手を挙げたのは、一番小柄な真優美だった。
「嘘だろ!?」
「む、無茶だよぉマユミン‼‼」
「そーだよ‼‼真優美ちゃんの腕ちぎれちゃうよ‼」
腕にしっかりと筋肉のついた篤士さんと比べるまでもなく、真優美の腕は細く薄い"普通の女子小学生"のものだ。
この子が数百メートルもある雲悌をクリア出来る訳が………‼‼
「大丈夫だって‼それじゃいっきまーす‼」
焦る俺らを尻目に、彼女は『プロトコル』を掲げ、叫んだ。
「『蚕起食桑』‼」
途端、彼女の右手から、"糸"が伸び始めた。
「うわ、うわうわうわうわ‼‼」
その糸は徐々に纏まり、一本の長い"綱"になった。
「そしてこれを……えいっ‼」
その"綱"を上へ投げ飛ばす。
すると先端が二又に分かれ、二つの先端が雲悌の前後の棒1つずつ引っ掛かった。
「よっしゃ、それじゃあいってきまーす‼‼みんな、頑張ってね‼」
彼女が綱に掴まると、後方の棒に掛かっていた先端の1つが外れ、すぐに二つ先の棒に引っ掛かった。
そして次に後ろにきた先端が外れ、二つ先に引っ掛かり……。
つまり、"綱"の先端がまるで雲悌の下を『歩いている』かのように動き続けるのだ。
「な、なんだよあれ………。」
"糸"が勝手にあんな動きをする訳がない。
まるで、"糸"が人間みたいだった。
………って、これってズルくね?
真優美、ただしがみついているだけじゃん。
こりゃアヤメ教官ご立腹だぞ……。
「…見事だ‼‼『蚕起食桑』の力をこのように使うとは‼やはり真優美に託しておいて正解だった‼」
「えっ」
いやいやいやいや、なんでべた褒めなんですか?
「ええ~~~、『プロトコル』の力使ってokなんですかぁ?」
「使ってはいけないと誰が言った。寧ろそれを使いこなしてこそ『mon-soon』の戦士だ。」
「「「それを先に言ってくださいよ‼」」」
全く、『プロトコル』の力を使っていいなら最初から……。
「ただし"call"を用いた技のみ許可する。瞬間移動など使ってみろ、四の字固めを決めてみせるからな。」
「「「ら、ラジャー‼‼」」」
あっぶねーーー‼‼
危うく瞬間移動するところだった‼
……待てよ、俺が"call"で使える技って……。
『腐草為蛍』
蛍火を発生させる。
…………詰んだ。
ここにおいて何の役にも立たねーじゃん。
「あ、いっけなーい‼もうこんな時間‼アヤメさぁん、私、そろそろお仕事の時間なんですぅ。」
「何、仕事だと?」
突然、律歌が早退を申し出てきた。
「はい…、私、ホントはみんなと一緒に頑張りたいのに………、アヤメさんと一緒に訓練したいのに……、でも、私にはどうしてもやらなきゃいけないことがあるんです‼だから、だから私はっ‼」
コイツ……こんなに切迫した顔して……。
今にも泣き出しそうな勢いだ。
猫かぶり女だけど、仕事に対してはストイックなんだな。
「わかった‼わかったから泣くな‼それはお前にしか出来ないことなのだろう?気にせず行ってこい‼」
「アヤメさん……‼ありがとうございます‼」
ぱぁっ、と律歌の顔が綻ぶ。
……いや、可愛いのは顔だけ、可愛いのは顔だけ………。
「それじゃあ、アタシはここでお先に失礼しまぁす‼」
彼女は直ちに、瞬間移動でこの場から去っていった。
……なんかやけに行動が速いな。
さっきまで仕事あるなんて素振り見せなかったのに………。
「………よっし、これならイケるかも‼‼アヤメさん、次アタシ行きます‼」
詰んだ俺とは対照的に何か考えが浮かんだのか、小夏さんが意気揚々と手を挙げた。
「よし、やってみろ。」
「あ、でも、先行った二人が怪我しちゃうかもなんで………。」
け、怪我!?
「なんだと?小夏、お前一体何をするつもりだ?」
「それはですね………。」
小夏さんがアヤメ教官に耳打ちする。
「………なるほど、面白そうだ。わかった、先の二人が向こうに着いてからにしよう。」
「はい‼」
よーしやるぞー‼と、小夏さんはスクワットし始める。
……前の二人が着いてからって、一体どんな大技繰り出すんだこの人?
なんだか不安だ。
非常に不安だ。
*****
《in the aurantia wall》
報告者:蔦ヶ谷 相路
ああ、幸せだ。
"ここ"に来てから、それ以外の感情が浮かばない‼
「うわぁ、菊ちゃん上手‼初めてでこんなキレイに包める人見たことないよ‼」
「そ、そうですか?でも千穂さんの方がずっと綺麗ですし、私の倍以上も作っているじゃないですか!凄いです!」
「わたしはただギョーザをたっくさん作ってきただけだよ~~!初めの方は、そりゃ具だってはみ出てたよ!ほら、今の相路のやつみたいな!」
「はっ‼」
しまった‼
ついつい菊乃さんに見とれていたら、ギョーザの具が思いっきり皮からはみ出ているじゃないか‼
「あ、あちゃ~~、意外と難しいっすね!この作業……。」
「ほぉら、だから言ったじゃん。『ギョーザは一日にして成らず』って‼舐めちゃいけないよ、ギョーザを‼」
「ご、ごめんなさい……。僕、正直舐めてたっす………。」
「相路君は具を入れすぎなんじゃないかな。この皮の大きさなら、スプーン一杯ぐらいが丁度いいよ。」
「き、菊乃さん‼あ、ありがとう‼‼」
菊乃さんが俺にアドバイスをくれた‼
ヤバいテンションぶち上がる‼‼
「スプーン一杯だね‼よし!」
俺は菊乃さんの言う通り、スプーン一杯に具を取った。
「………相路君、取りすぎ。」
「えっ‼スプーン"一杯"だよね?」
「いやいや、スプーンから具はみ出てんじゃん。相路、"一杯"の意味間違えてない?」
「へっ!?」
え、"一杯"ってこれぐらいじゃないの?
「……ふふっ。」
え、い、今、菊乃さんが笑った!?
笑った顔もむちゃくちゃ可愛い‼
「あ、ごめんなさい‼つい…、失礼だったよね。」
「う、ううん‼‼全然全然‼‼」
むしろありがとうございます‼‼
癒しをありがとう‼
「せんぱーーい‼‼鉄板の準備出来ました‼そっちはどうですか!?」
ここで『金木犀』最年少、かわいい後輩の実留がこっちに来た。
「実留‼ちょっと見てよこの量‼」
大皿の上には、形様々なギョーザが50個以上も並べられていた。
……まぁ、大半は千穂さんと菊乃さんが作ったモノだけど。
「うわ、スッゲーーー‼‼ん、この丸い形初めて見た‼なにコレ?」
「それは元宝餃子‼半年練習した傑作だよ‼」
「ふぇ~~~千穂ねぇちゃんスゲー‼あ、こっちのも面白い形‼これも千穂ねぇちゃんが?」
「いやそれは相路のだよ。ここまで個性的なのは………。」
「相路センパイのですか!?さすがッスセンパイ‼」
「い、いや~~実は成功したのそれだけなんだよね~。」
「これで……成功……?」
きょとんとしないで下さい千穂さん。
これが俺の精一杯ッス。
「まぁとりあえず、これ鉄板に運びますね。もう入りきらないし…。」
「き、菊乃さん‼僕がやるから‼」
餃子で敷き詰められた大皿を持とうとした菊乃さんを止めた。
そりゃあ、菊乃さんに重労働はさせられないからね‼
ここは名誉挽回の為にも俺がしっかりと……‼
よっ、と腕に力を込めて………………………
「って重ッ‼‼」
手がビックリした。
この皿、びくともしないんだもの。
「そ、相路君‼大丈夫?」
「え、そんなに重いっすか?……ホントだ!全然動かない‼」
「……この皿自体が重いんじゃない?ギョーザ50個でこんな重さ出ないもん。…リーダー‼ちょっと来て下さい‼」
「どーした千穂サン‼‼」
千穂さんの呼び掛けに瞬時に応じる、我らがリーダーシュウヤさん。
今日も見事なイケメンだ。
「ちょっとこのお皿重くて……。」
「ん、そうか?」
リーダーは両手でひょい、と大皿を持ち上げた。
「ええっ!?」
「じゃあオレが運んでおくな‼」
1つウィンクを飛ばし、悠々と大皿を運ぶシュウヤさん…………。
「……か、カッケ~~~~~‼‼」
「す、スゲー‼あんな大皿を軽々と‼‼さすがオレたちのリーダーッス‼‼」
「いやいや、最初から軽い皿用意しとけって話じゃない?」
「「うわっ‼‼」」
俺と実留の背後に、突然人影が現れた。
「ちょっと、びっくりさせないで下さいよ汐礼さん‼」
「そこまで驚くかなぁ?」
彼は俺より1つ年上の汐礼さん。
いつの間にか後ろにいたり、なに考えてるかよくわからないし、なんか不思議な人だ。
「千穂、菊乃。鉄板係交代!オレギョーザの焼き方とかわかんないんだよねー。」
「ok任せて‼行こ、菊ちゃん‼」
「あ、はい‼」
「いってらっしゃーい‼」
女子コンビが鉄板の方に走り去っていく。
それを見送ったら、汐礼さんはくるりと顔を俺に向けた。
その顔は、なんかニヤニヤしていた。
「……で?どうだった?」
「へ?ど、どうだったって……。」
「菊乃とちゃんと話せたかって聞いてんの‼どう、デートに誘えた?いや会って3日でそれはいささかハードル高過ぎるかー……。」
「……………ハァ!?!?」
人生最大の声が出た。
そりゃもう、喉から心臓が飛び出たぐらいに。
「どーしたの!?」
「なんでもな~い、気にせず焼いててー‼……声大きいよお前‼」
「いやいやいやいや、だって、ええ!?な、な、なんで…………‼‼」
なんで、汐礼さんがそれを……‼‼
「落ち着け相路くん。あのな、キミの態度からして、菊乃に気があるのバレバレだったぞ。」
「う、うs……‼」
「だから声大きいって‼‼」
本日2発目の叫びを、汐礼さんが口を塞いで封じてくれた。
「え、先輩って菊乃ねぇちゃんのこと好きなんですよね?違うんですか?」
「も、モゴモゴモ!?(み、実留まで!?)」
「ほらバレバレなんだって。因みに千穂もリーダーも知ってるよ。まあお約束のように、菊乃の方は全く気づいてないけドね。」
「モゴ……モゴモゴ!?も、モゴモゴモゴモゴ‼(よかった……じゃなくて嘘でしょ!?と、とりあえず手ぇ離して下さい‼)」
「はいはい、大声出すなよー。」
ようやく手を離してもらえた。
い、息が苦しい。
口塞がれてたからかな、とてつもなく心臓がバクバクいってる。
「で?何か進展はあった訳?」
「し、進展…………。ギョーザの作り方で、いろいろ教えてもらった………ことぐらいしか………。」
「……それだけ?」
「はい、それだけ。」
うん、それだけだった。
だって、いざ面と向かうとキンチョーしちゃうし………。
……アレ、汐礼さん震えてる?
「………お前なぁ‼‼オレがわざわざギョーザ係譲ってやったのに、出来たことがそれだけかよ‼‼オレだって女子とギョーザ作りしたかったのに‼‼」
「えええっ!」
いきなりキレ出した。
"譲ってやった"って……、確かに汐礼さん、『相路はギョーザ係な‼何、作ったことない?大丈夫だってお前なんか器用そうだし‼』
とか根拠なないこと言ってギョーザ係にしてくれたな……。
もしかして、俺の為に?
「はぁ……こりゃ道のりは遠そうだ……。なぁアンジェラ、本当にこの二人で合っているの?」
……なんかブツブツ言ってる。
誰だアンジェラって。
「…うんまぁ、オレは応援するよ。何か悩みがあったらオレに言いんしゃい。占ったげるから。」
「う、占い?」
「そ、オレの趣味。意外と当たるよ~~。」
「へぇ~………」
占いかぁ、なんか怪しいなぁ…。
だったらリーダーの方がずっと頼もしそうな……。
「お、オレも応援します‼先輩の幸せの為に、出来ることならなんでもします‼」
「み、実留……‼ありがとう‼」
「ちょっと、オレと態度全然違くない?」
な、なんて健気な後輩なんだ‼涙が出そうになるよ‼
……いや、後輩にはなるべく頼らないようにしないとな、先輩として!
「みんなーー‼そろそろ焼き上がるよーー‼」
向こうから千穂さんの声が聞こえる。
そういや、さっきからいい匂いがしてきたんだよな。
「よっしゃ‼ギョーザ‼ギョーザ‼」
「いえーい‼」
すぐさま鉄板へ駆け出した、その時だった。
『…こちらアヤメ‼「金木犀」全員聞こえるか!?』
やけに焦ったような女性の声が辺りに響く。
…『向日葵』のリーダー、アヤメさんだ。
『小夏がそっちに向かって墜ちてくるぞ‼大至急救助を頼む‼』
………はい?
何を言っているんですか?
小夏って確か『向日葵』の人だよね?
HAHAHA、そんなまさか‼‼
人が落ちてくるなんて、アヤメさんってば、そんなお茶目なこと言うキャラだとは思いませんでしたよ!
なんてジョークかまされた気分で上空を見上げてみれば。
「………なにあの赤いの。」
赤い点が、青空を滑空している……って、こっちに向かってる!?
「嘘だろおい‼‼」
赤い点は、どんどん大きく、徐々に人のかたちを現していく。
「せ、先輩‼‼あれってどう見ても人ですよね‼‼」
「だ、だよな!?」
「リーダー‼‼空から女の子が‼‼……なーんて、一度言ってみたかったんだよねこのセリフ‼」
「んなこと言ってる場合ですか!?」
なんて右往左往してる間にも、人影が迫ってくる。
「先輩‼あの人多分鉄板に落ちてきます‼‼」
「ええっ!?」
確かに、その人は俺たちの数歩先……つまり、鉄板に真っ直ぐに落ちている。
……最悪だ‼‼
鉄板には今火が通っているんだぞ!?
あんなところに落ちたら……‼‼
しかも一番最悪なのは、受け止める場所がないことだ‼‼
「ど、どうしよう、一体どうすれば……‼‼」
彼女を助けられるのか。
「『鴻雁来』‼‼」
絶望しかけた俺の前に、
「………き、菊乃、さん?」
白い翼の天使が現れた。
「……行きます‼」
菊乃さんはそう言うなり、青空へと羽ばたいていく。
白い天使はそのまま、赤い少女を抱きとめる‼‼
「きゃあ‼……くうっ‼‼」
落下物にかかる重力に逆らうように、彼女はばっさばっさと強く翼をはためかせながらゆっくり下降していく。
そのたびに、抜け落ちた羽根がヒラヒラ落ちてくる。
「……………………。」
その姿があまりにも綺麗すぎて、俺はただ黙って見ていることしか出来なかった。
「シュウヤさん‼小夏さん確保しました‼」
「菊乃サンナイス‼‼そのままこっちに降ろしてくれ‼‼」
菊乃さんは鉄板から数歩離れた地点に降り立った。
「き、菊ちゃん‼大丈夫!?」
「私は平気です!そ、それよりも小夏さんが……!小夏さん!小夏さん!」
菊乃さんは腕の中の少女にひたすら呼び掛ける。
「…大丈夫、気ぃ失ってるだけだ。」
「……そうですか……、よかった………。」
シュウヤさんの言葉に安心したのか、彼女の翼はたちまちしぼんでいった。
「菊乃サン、貴女の『鴻雁来』、本当にサイコーだったぜ‼‼ありがとう‼‼」
リーダーが菊乃さんの両手を握りしめる。
「あ、ありがとうございます……!」
「そうだよ‼菊ちゃんすっごくカッコよかったんだから‼」
「俺、菊乃ねぇちゃんが天使に見えました‼」
「そ、そんな……天使だなんて……。」
沢山の称賛を受けて照れる菊乃さん、超絶天使だなオイ。
「そうそう、まさか生きてる間に天使が拝めるなんてな‼お前もそう思うだろ、相路‼」
「ふぇっ!?」
こ、このタイミングで振りますか!?
いや、ウィンクされても困ります汐礼さん‼
……でも、俺まだ彼女に何も言えてないもんな。感謝も労いも、何も伝えていない。
せっかく汐礼さんがくれたチャンスだ、無駄にはしたくない。
「……相路くん?」
ああーーーーー‼
上目遣いの菊乃さん可愛すぎるーーー‼‼
可愛すぎて喉が詰まるーーー‼‼
声が出ねーーーーーー‼‼
「……あ、あの‼きっ、きき菊乃しゃん………!」
「えっ?」
ようやく出た声は見事に上擦っていた。
おまけに噛んだ。
穴があったら埋まりたい。
『ぐうぅぅぅぅぅ……………』
え、なに今の音、腹の虫?
…も、もしかして俺!?
このタイミングで腹の虫って鳴るもんなの!?
いやだ恥ずかしい‼‼
誰か俺を速急に土に埋めてくれ‼‼
「ふわぁ~~~‼‼お腹減った~~‼‼」
「ひいっ‼‼」
いきなり小夏さんが飛び起きた。
びっくりした~~……。てことはさっきの音は……。
「……ん?この匂い……ギョーザだあああああああああああああああ‼‼」
「「「「「「!?」」」」」」
そう叫ぶなり、鉄板へ猛ダッシュする小夏さん………。
ぱ、パワフルすぎんだろ。
俺を含め、全員唖然とする。
「あっ、こ、小夏さん‼‼身体大丈夫ですか!?」
いち早く我に帰った菊乃さんが小夏さんを追いかけていってしまった。
「………………。」
……え、せ、せっかくのチャンスが………。
「「………こんのヘタレが‼‼」」
「ひぇっ‼すんません汐礼さん‼」
しかも千穂さんまで‼
辛辣すぎます二人とも‼
「まあまあ、まだ会って3日目だぜ?まだまだこれからだろ、相路!」
「り、リーダー……‼」
優しすぎますリーダー‼
やっぱりリーダーはまごうことなきイケメンだ‼
一生ついていきます‼
『こちらアヤメ‼小夏は無事か!?』
アヤメさんからの通信が入った。
「安心しろ、無事救助完了だ。」
『そうか……よかった。小夏の様子は?』
「え?そ、それはー……。」
全員鉄板の方に目を向ける。
「うっま!うっま‼うっまーーい‼‼今までのギョーザの中で一番美味しいよコレ‼‼誰が作ったの!?」
「あ、そ、それは千穂さんが……、あの、そ、そんなに食べて大丈夫ですか?」
「え~~だって沢山動いたからお腹ペコペコでさー……そーいえばココどこ?」
「「「「遅っ‼‼」」」」
今気づいたんかい‼
みんなでズッコケちゃったよ‼
まぁ菊乃さんは天使だからそんなことはしないけどね。
『おい、どうしたんだ?小夏の様態は!』
「えーと、元気にギョーザ食ってるよ。」
『ギョーザだと?何だそれは?』
やっぱりアヤメさんも餃子知らないのか。
リーダーも知らなかったし、未来では一体何食ってたんだろ。
「ああ、千穂サンの得意料理でさ。だから歓迎会でギョーザパーティーしようってなって……。」
『なっ……なにをしているんだお前たちは!?ギョーザパーティーだと!?貴様ら浮かれすぎだ‼』
「はぁ!?チーム同士の親睦を深めんのは当然だろ!?つーかお前らこそ何してんだ‼なんで小夏サンが飛んでくるんだ!?」
そう言えば、そもそもなんで小夏さんが空から落ちてきたんだ?
『この前お前とタツミで"空中架橋"やっただろう。アレをチーム鍛練の一環として行ったんだがな……。』
「ハァ!?あの"地獄の雲悌"をやらせたのか!?無茶苦茶だ‼‼アヤメ、お前人の心持ってんのか!?」
リーダーが一瞬で青ざめる。
……"地獄の雲悌"って聞いただけでもヤバいんだけど……。
紫陽のやつ、あっちのチームだよな。
…大丈夫かな。
『五月蝿いぞシュウヤ、素質を伸ばすにはこれくらい鍛えるべきだ。現に篤士はお前より35秒速くゴール出来たぞ。』
「う、嘘だろ……この時代にそんな筋肉怪物がいたのか………!?じゃなくて‼なんで小夏サンが……!?」
『今回はハンデとして"プロトコル"の力を用いることを許したんだ。したら小夏、"温風至"で自らを向こう岸まで吹き飛ばそうと考えたらしい。』
「………自分を……吹き飛ばす……だと……!?」
んな無茶なこと自分でやったの!?
クレイジーすぎるだろ小夏さん‼
『ああ、そうしたら、雲悌は突破出来たが着地出来ずにそのまま空中に……。』
「小夏のバカ‼やる前に止めろよ‼アレ熱風だぞ!?身体は服で守られてるからまだしも、暖められた空気がどこ行くのかぐらい分かるだろ‼‼」
『……それに関しては、考えが足りなかった。申し訳ない……。』
な、なんかアヤメさんが急にしおらしい声になった。
なんだかんだ言ってアヤメさんもチームのみんなが大切なんだな。
「反省した!?」
『あ、ああ。今すぐ小夏に謝りたい。そちらに行ってもいいか?』
「わかった、"向日葵"のメンバー全員連れてこっちに来いよ。」
『え、"向日葵"全員は別に……。』
「いーからいーから‼‼今すぐ全員連れてこい‼‼」
『……わ、わかった……。』
通信はそこで切れた。
「………やべーな、『向日葵』……。」
「同感です汐礼さん………。」
「『向日葵』って何、軍隊なの?」
「オレ、『金木犀』でホントによかった……。」
もし俺が"向日葵"だったらと想像しただけでもぞっとする。
絶対に耐えられる気がしない。
「…アヤメもああ見えて浮かれてんだよ。昨日だって、『私が奴らを必ず一流の戦士に仕上げてやるんだ‼』って意気込んでたしな。」
「いや一流の戦士って考えがすでに恐ろしいよ‼」
「ははは、アイツ昔っから軍人気質でさ、オレとタツミは毎日トレーニング三昧さ。お蔭で変に力ついちゃって………。ま、アヤメにはまだ叶わないけど。」
「え、じゃああの怪力って………。」
あの大皿を軽々持ち運べる力がつくほど鍛えられたのか……。
それでも叶わないってことは、アヤメさん一体どんだけの怪力なんだ……。
『コード0922、"aurantia wall gate" 解錠完了。 』
突然辺りに女性の声が響く。
瞬間、4つの人影が現れた。
「うわっ‼‼」
「wow!!」
「きゃあ‼」
「…小夏はどこだ!?」
紅い髪の女性…アヤメさんがキョロキョロと辺りを見回す。
「ああ、小夏サンならあそこに。」
「小夏っ‼‼」
光の速さで鉄板に向かうアヤメさん。
そんなに気にしてたんだ……。
あちらはそっちのけでギョーザ食ってるけど。
それよりも…、
「紫陽‼大丈夫かよお前‼」
友人の顔色は、3時間前と比べて明らかに疲れきっていた。
「ああ……相路、久しぶりだな……。」
「まだ3時間しか経ってませんが!?しかしお前めっちゃ顔色悪いぞ‼」
「だろーよ……お前はなんだか楽しそうでいいよなぁ…………。ギョーザパーティー?ははは、そりゃ楽しいよな………。」
「…………………。」
……俺はこの友人にかけてやれる言葉が全く見当たらなかった。
「心中お察しするぞ紫陽…!お前はよく頑張った‼ここにあるギョーザ全部食っていいから……‼‼」
「り、リーダー‼‼な、泣かないで下さい‼」
「…ありがとうございます。でも俺は水で十分なんで………。なんならここに生えてる草でも………。」
「いいから‼ほらほら、こっちにギョーザ沢山あるから‼‼」
心壊状態の紫陽をリーダーはズルズルと引きずっていく。
「紫陽……、あんなになるまで………! 」
初めて見る友人の姿に、なんだか視界がぼやけてきた。
「きゃあ~~~~~~‼千穂ちゃん今日もかわいかね~~~~~~❤」
突然の甲高い絶叫に涙が引っ込んだ。
「きゃあ!?い、いきなり抱きつかないでよ~~~‼」
「だっーて千穂ちゃんかわいかもん‼あ、実留くんもかわいかね~~~‼」
「や、やめろよ‼抱きつくなって‼‼ギャーっ‼‼助けて千穂ねぇちゃん‼‼」
「千穂ちゃんのこと"千穂ねぇちゃん"って呼んどるの!?ええなーー‼私のことも"真優美ねぇちゃん"って呼んでもええよ!」
「な、なんでだよ‼絶対イヤだ‼‼」
うわ~、もみくちゃにされてる……。
なんだあの子、やたらとスキンシップが激しい。
「マユ、cuteなモノ見るとどうしても触りたくなっちゃうんだって。」
「へぇーー……。だからって、アレはやりすぎでしょう!」
「そうかな?」
そうかなって………。
そんなきょとんとしないで下さい。
っていうか、誰だこの人。
「えーっと、あなたは………。」
腕の筋肉がはっきりと見える、いかにも運動神経抜群そうな長身の男。
もしかして、この人が……。
「あ、ハジメマシテ、だったね!オレはアツシ‼…もしかして、キミがソウジ?」
「あ、はい。そうですけど……。」
「やっぱり‼シヨーから話は聞いてるよ‼Nice to meet you!」
「はぁ………って!いたたたたたた‼‼」
いきなり手を取られ凄い力で握手してきた。
痛い痛い痛い‼‼右手が潰れる‼‼
やっぱりこの人がさっき話に出てた『筋肉怪物』‼‼
「wow!sorry、嬉しくてつい……。」
「いててて………。」
離してくれた手は、少し赤くなっていた。
「もぉ篤士くんったら、力加減ばちゃんとせんと嫌われるったい‼」
「Oh,No‼そんなに強かった!?」
「相路くんの可愛いお手てが潰れかけてたとよ!」
あのスキンシップ過剰な女の子が千穂さん、実留と手をがっちり繋ぎながらこっちに来た。
「あ、相路くんはじめまして!私は真優美‼よろしくね‼」
「う、うん、よろしく……。」
「センパイ‼‼お助けくださーーい‼」
「真優実ちゃん、そろそろ手離してくんない?」
「ええーー、私はもうちょっとこのままでいたいんやけどなー…、いけん?」
首をコテン、と傾けるとかあざとい‼‼
あざとすぎる‼‼
恐ろしい子‼‼
「…‼べっ、別にいけない訳じゃないけど……。」
ああ、千穂さんが陥落しかけている。
「オレは離して欲しいっす‼」
「ええーー……じゃあ相路くん、実留くんの代わりに手ぇつなご?」
「………はい?」
この子一体何を言い出しました?
と思ったのも束の間、俺の右手には彼女の左手に包まれていた。
「……ちょっと‼俺、許可とってないけど!?」
「お手て大丈夫やったか?痛かったでしょ?」
…ああ、もしかしてこの子、俺の手を心配して…………、
って、しきりに 俺の右手揉み始めたぞこの子‼
「わ、わあああああ!」
「こないに真っ赤っかになって…。」
いやいやいや、今手が真っ赤になってるのは多分キミのせいだから‼‼
「だ、大丈夫だよこれくらい‼」
「そぉ?しっかしかわいかお手てやな~~~~。先っぽ丸くてふにふにしとって……。これから細く角ばっていくんか………………………………悲劇やな…………。」
さっきから発言がおかしいぞこの子。
「はっ、いけんいけん。ずっと触っとったらかぶれてしまう‼ゴメンね相路くん‼」
急に我に帰ったのか、俺の手を離してくれた。
「いや、別にいいけどさ……。」
「ホントに?……ええ子やな~~‼‼」
「抱きつくのはやめて。」
「うぅん……。」
そんな悲しげな顔してもダメだから。
俺はなびかないからな‼
「あのさ真優実ちゃん、やっぱり手離してくれない?」
「あ、ゴメンね千穂ちゃんほったらかしにしとって。さみしかった?」
「さ、さみしいなんて一言も言ってないっ‼」
「ふふっ。千穂ちゃんの手とても綺麗でねぇ、ついつい長居したくなっちゃうとよ。」
「……綺麗って………。」
「でもまぁ、そこまで言うんやったら名残惜しいけど………また手繋いでね、私、千穂ちゃんの手大好きだから‼」
「………う、うん。」
ようやく、真優実の右手は千穂さんの左手を離した。
「……千穂ねぇちゃん耳赤いっすよ、どうかしました!?」
「ひょっとして照れとると!?……か、かわいかーーー‼‼」
「て、照れてないっ‼‼」
千穂さん顔真っ赤だ。
さっきの俺の手と同じくらい。
まあそりゃ、手が綺麗って言われたら俺だってちょっと恥ずかしくなるよな。
……そういえば、
「篤士さんどこいったんだ?」
「篤士くんなら、えーっと…、汐礼くんだっけ?その子と一緒にギョーザの方に行っちゃったよ。」
「えっ………あ、ホントだ‼」
鉄板の方を見てみると、篤士さんと汐礼さんが談笑しながらギョーザ食ってた。
「汐礼先輩いつの間にかいませんでしたよね。ちょうど真優実が来たあたりから。」
「アイツ危機回避能力は高いんだよね……。」
「汐礼くんにも挨拶したかったと……。」
汐礼さんの逃げ足の速さに面食らった。
だからなんか怖いんだよな、あの人。
なに食わぬ顔でギョーザ食ってるし……………
……そういや、俺まだギョーザひとつも食べてない‼
どうしよう、このままじゃ全部なくなる‼
その途端、一気に空腹感が雪崩れ込んできた。
俺は僅かな腹筋に力を込め、腹の虫を食い止める。
「うぅっ…………鳴るな、鳴るな………‼」
「…センパイ?どうしました?」
俺の腹の虫は人一倍大きい。
体育館全体にその轟音が響き渡るレベルだ。
これで何度恥をかいてきたかわからない。
だからこそ。
だからこそここで、
菊乃さんのいるここで、腹の虫を起動させる訳にはいかない。
「早く、早くギョーザを、俺の腹に……‼‼」
全神経を腹に集中させ、鉄板の元へ駆け出した。
「えっ‼‼せ、センパイ!?」
ごめん実留、誰も今の俺を止められない。
腹の虫を菊乃さんに聞かれるくらいなら俺は死んだっていい。
その前に、そうなる前に、早く腹を満たさなければ_____。
その時、一陣の涼やかな風が、俺を追い抜いたように感じた……。
「ぎゃっ!?!?さむっ‼‼」
と思った瞬間、俺は横からの強風に押し倒された。
しかもこの風、超冷たい‼‼
「うう………い、一体何が………‼‼」
俺の前方には、
「お招きありがとうございます‼‼本当にいただいてもいいんですか!?」
「おう、好きなだけ食べろ‼」
「いよっしゃあ‼‼それじゃあ遠慮なくいただきまーーーーーーす‼‼」
見るからに大食漢な、大柄な男が鉄板に向かっていた。
「うわっ‼‼うんま‼‼」
ああ……ギョーザが彼の口に次々とダイブしていく………。
「ちょっと‼アンタ食べ過ぎよ‼‼私たちの分もちゃんと残しておいてよね‼」
「だったらさ、皿にキープしておきなよ初音‼」
「私は焼きたてがいいのよ‼アンタみたいに食べられればなんでもいい訳じゃないの‼」
「なにお~~~‼」
この声は……、まさか『山吹』の初音さん!?
彼女がどうしてここに……‼
っていうか‼‼
「な、なんで全員集合してんの!?」
そんな俺の叫びは、腹の虫にかき消された。
《in the jonquil labo》
報告者:霧島 千歳
今から10分程前…でしょうか。
僕ら『水仙』一同は『jonquil labo』の最深部、メインコントロールルームにいました。
文字通り、そこは『mon-soon』全体のシステム操作(通信、電気供給、環境調節、諸々)を一手に担っています。
まさに、『mon-soon』の中枢と言える場所でした。
…ここで僕は疑問を持ちました。
なぜ、4つの『基地』のうち、ここだけが『mon-soon』の中枢を任されているのか。
「そんな、深い理由はないわよ。ただ単に、私は内部システム管理が他の3人よりも得意だったってだけ。」
この疑問に対し、『水仙』のリーダー、シズナさんはそう返答しました。
「なるほど、つまり単なる役割分担だと。」
「ええ。《S》の追跡や外部環境の調査はタツミが、《S》との戦闘と『プロトコル』の威力改良はアヤメが、機械設計、製造はシュウヤが担っているわ。この『mon-soon』だって、シュウヤが作ったのよ。」
「そうなんですか?この巨大な"船"をたった一人で?」
「あ、たった一人って訳でもないのよ。私たちも協力したもの。」
「……………。」
1人にせよ4人にせよ、ここまで巨大な"飛行船"を製造出来るのか、と再び問い掛けようと試みましたが、
「ええっ‼たった4人でこんなにおっきなモノが作れるんですか!?」
一人の少女が僕の代わりに質問してくれました。
彼女の名は芹沢 和泉。
北海道出身の小学六年生。
ここに来てからというもの、頻りにカメラのシャッターを切り続けています。
どうやら写真撮影が趣味のようです。
小学生女子が持つにしてはあまりに無骨で機能性に富んだ一眼レフを携えていますので、結構没頭していることと思われます。
あとスマートフォンの撮影音もよく聞こえてきますね。
SNSにアップはしないと言っていましたが………、今は彼女の言葉を信じるのみです。
「……ああ、この時代は"プリンター"がなかったのよね……。大まかな部品の製造や組み立ては機械がやってくれたから……。」
「そんな機械が未来にはあるんですか!?あっ、"3Dプリンター"ってやつですか!?」
「まぁ、この時代に置き換えるとそんな感じかしら。」
「ひゃ~~~~‼‼それってここにもありますか!?」
「えっと……物置に古い型が2個ほどあった……かしら?」
「物置‼わかりました、行ってきます‼‼」
そう言うなり彼女は鼻息荒く、出口へと駆け出しました。
「あっちょっ、ちょっと‼物置の場所わかるの!?」
「わかりません‼」
ですよね、彼女がここに来たのは今日で2回目のはずですし。
しかもこの"基地"自体、突拍子もない構造を取っていますし。
「でしょう!?後で見せてあげるから、とりあえず今はここにいてちょうだい!」
「はーい!」
彼女は反省の色を毛ほども見せずに戻ってきました。
危うくこの基地内部をさまようところでしたよ、和泉さん。
現に今、迷っている最中の人がいるのですから。
『……こちら太雉です。リーダー、本当に直進で大丈夫なのでしょうか。』
ふいに、腕輪から不安めいた声が聴こえました。
「ええ、大丈夫よ。確実にこちらに向かっているわ。上手くいけばあと10分で到着するはずよ。」
『…了解です。』
声の主、椿木太雉君は現在基地内部をさまよっている真っ只中です。
というのも、彼は朝に弱く、寝坊ですでに一時間の遅刻、加えて極度の迷い癖で三十分以上迷子状態。
結果集合時間から一時間半過ぎた今なお、全員集合を果たしていませんでした。
『まさか基地内部での瞬間移動が出来ないとは……、早計でした。ようやく暗中の道を示す光の導を手に入れたと、感涙したのが昨日のようだ……。』
彼の言うとおり、"基地内部"の瞬間移動が出来ないというのは僕も不思議に感じました。
…後半何言ってるのかさっぱりわかりませんでしたが。
「ごめんなさい。"jonquil labo"の構内配置は常に変化させているから、瞬間移動が出来ないのよ。」
『常に変化!?さっき出た部屋にもう一度入ったら、全く別の部屋になっているということですか!?』
「その通りよ。これも全てメインコントロールルームを護るための機能。」
これこそ、"jonquil labo"の一番厄介な構造です。
まるで流れる水のように、各部屋が基地内部を絶え間なく移動する。
勿論区画の移動は道筋をも変化させ、侵入者を迷宮に閉じ込める……そういった仕組みとなっています。
太雉君でなくとも、誰であれ誘導なしにここへ巡り着けることは不可能です。
……いえ、1人だけいました。
道を一つも違うことなく、巡り着ける人間が。
それこそ、"jonquil labo"を『任意的に』流動させている張本人。
「でも安心して。貴方がここへたどり着けるように道を調節してるから。」
『はぁ……それはありがたいのですが……。』
『水仙』リーダー、シズナさん。
今のところ、彼女だけがこの迷宮を意のままに操ることが出来ます。
『防御策といえ、味方でさえ迷わせるのは流石にやり過ぎだと…。』
「ぼやぼや言ってないでさっさと来たら?第一、アンタが寝坊したのがそもそもの原因でしょ。」
『なっ…!』
初めて、彼が言葉を詰まらせました。
彼に鋭く斬り込んだのは、新嘗雪奈さん。
美しくも冷たい、氷の声でそう言い放ったのです。
『ならば雪奈が起こしに来れば良いだろう‼』
「なんで。私はアンタの目覚まし時計じゃないのよ。」
『…はぁ……。毎朝部屋まで起こしに来てくれた、あの頃のけなげで可愛い雪奈は何処に行ってしまったんだ……。』
「昔の話を持ち出すな気持ち悪い。その事二度と、一生、金輪際口に出すな。」
『………………。』
それを境に、彼からの通信が途絶えました。
この間、彼女は一切表情を変容させませんでした。
まさに鉄面皮。
「せ、雪奈さん!あんなにきつく言わなくても……。」
明るさが取り柄の和泉さんも、彼女…雪奈さんの気迫に真っ青です。
「どーせ3分で立ち直るわよ、あのバカは。いつものことだから気にしないで。」
「…いつものこと?」
「質問ですが、お二人は幼なじみなのですか?あなた方のやりとりを聞く限り、かなりの時間を経た間柄のように感じましたので。」
気になり出したので、僕も会話に参加してみました。
「……まぁそう、ですね。千歳さんの言う通り、幼なじみです。幼稚園入る前から。…家も年も近かったから、成り行きでそうなっただけの腐れ縁ですけど。…と言っても最近は会話もなかったし、今となってはただただ鬱陶しいだけですよ、こんな関係。」
彼女は鉄面を被ったまま、つらつらとそう言いきりました。
ただ、彼女の言うことも解ります。
長年顔を合わせてきた間柄だとて、それが人生にとって重要な縁になるとも限らない。
共に過ごした年月も、思い出も、ただの『過去』として処理される。
そして風化し、消えていく。
「そうかしら、私は素敵だと思うけれど。」
「はい?」
ふいに、シズナさんが否を唱え始めました。
「昔から自分のことを知っている人間って、たった一度の人生の中でとても貴重な存在だと思わない?」
「……………思いません。」
雪奈さん、嫌悪感が顔に出ていますよ。
「…そっか。でもいいのよ。今はそうでも、年を重ねてみればわかるわ。深い絆は、お互いに相手のことをよく理解しなければ成り立たない。そして相互理解には、長い年月が必須であると…ね。」
「……シズナさん、私は別に、あいつのことを理解したいだなんて…。」
「そうなの?でも、貴方達には深い"絆"を感じたわ。初めて会った時から……。」
「……気のせいですよ、そんなの。」
雪奈さんは、話にならない、といった風に目をそらした。
「それより、私は先に帰らせてもらいます。もうすぐ稽古の時間ですので。」
「あら、そうなの?もうすぐ太雉くん来るのに……。」
「そんなのどうでもいいです。」
稽古?
「はいはいはーい‼雪奈さん‼稽古って一体何の稽古?」
「……歌。」
「歌ぁ!?雪奈さん、歌手なの!?」
「…まだ歌手じゃない、けどいずれはそうなるつもり。」
「うわぁ~~~‼すっごいです‼今度歌ってもらえますか!?」
歌手。
そういえば、3日前にもそんなこと聞いたような……。
「…暇があればね。」
「やった!ありがとうございます‼」
「そんなに喜ぶ?……それじゃあ皆さん、お先に失礼します。」
無邪気に喜ぶ和泉さんに苦笑いしながら、雪奈さんはその場から姿を消した。
「凄いな~~!歌手だって‼どんな歌声なのか聞いてみたいですよね、堅吾さんっ‼」
「………………ああ、そうだね。」
「うわっ。」
突然真後ろから低音ボイスが聴こえてきたもんですので思わず声を上げてしまいました。
(堅吾さん……、いたんですか。)
非常に失礼な一言を寸でのところで飲み込みました。危なかった。
彼…山路堅吾さんは、身長180cmを優に越す、筋骨隆々な体躯であるにも関わらず、今の今までその存在を認識されないほど沈黙を続けていました。
…しかし不自然ですね、前会ったときはもっと忙しなくしゃべる人だと記憶していたのですが。
「あれ?堅吾さん顔色悪くないですか?あまり元気ないような……。」
「…………………」
「おーい、堅吾さーーん!?」
「…………………」
あまり、どころか大層元気ないですよこの様子。
和泉さんの呼び掛けに全く応じていませんし。
「………シズナさん、千歳さん……、今日の堅吾さん、なんかおかしくないですか…?」
流石の和泉さんも沈黙に耐えきれず、僕らのもとに駆け寄ってきました。
「そうね、まだ会って数日しか経っていないけれど、あんな態度をとる人ではなかったはずよ。」
「ですよね!?こないだは凄く話しかけてくれたいい人だったのに……。」
「あの様子から察するに、体調を崩しているかもしれませんね。」
あの大柄で骨太な、風邪とは一切無縁そうな体格からは想像つきませんが……。
「あっ‼それです、絶対そうですよ‼」
「私ったら体調が悪いのに無理に呼びつけて……、しかもそれに全く気づかないなんて!…酷いことをしてしまったわ。彼には即刻帰ってもらわないと。」
最後の言い回しが少しばかりキツいのでは、とツッコむ間もなく、シズナさんが彼のもとへ向かおうとした………、
『…こちらシュウヤ‼シズナ、応答できる!?』
その時、聞き覚えのある男の声が部屋中に反響した。
「シュウヤ?どうしたのいきなり。」
『いや~、大した用事じゃないっつーかただのお誘いなんだけど、』
「お誘い?」
『今こっちでギョーザ焼いてんだけどかなりの量作っちゃってさ、よかったら来てh「ギョーーーーザァ‼‼‼」…しいんだけど……。」
ん?今なにかノイズが……。
こちら側から聴こえてきたような……。
「ギョーザ‼ギョーザってあのギョーザですよねぇ!?!?!?」
『え、あ、そ、そうだ、そのギョーザだ……多分………。』
ノイズの発生源は……突如沈黙を破った堅吾さんの声でした。
というかその声量からして、絶対風邪引いてませんよね。
シュウヤさんの方が引いているじゃないですか。
「どこ!?どこにギョーザはあるの!?」
『え、フツーにaurantia wallの中庭だけど……。』
「わかりました今すぐ行きますソッコー行きます‼‼シズナさん、どーやって行けばいいんですか!?」
そう言ってこちらを向く瞳は、これまでないほどに輝いていました。
先程の生気のない眼はどこへやら………。
「け、堅吾くん。あなた、体調悪いんじゃ……。」
「なんで!?俺はこのとーり元気です‼それよりも早く行きましょ‼そのなんちゃらウォールに‼」
「え、その………わ、わかったわ。」
堅吾さんに促されるまま、彼女は呟いた。
「コード0922、"aurantia wall gate" 解錠要請。 」
次の瞬間、僕らの目の前は真っ白になった…………………。
*****
《in the aurantia wall》
「恐らく彼は空腹になると途端に口数が減少する性格のようですね。朝早くに集合したものですから、きっと朝食を食べ損ねたのでしょう。」
「うう…………………。」
「ですから、あまり彼を責めないで欲しいのですが………、泣いてるんですか?」
「なっ、泣いてませんよ‼」
とまぁ、ここまでのあらすじを相路さんに語ったのですが……あまり効果はないようで。
「ただ、穴があったら入りたいなーって………、このままだとボカァ恥ずか死にますよ?」
「腹の虫は生理現象ですから恥ずかしいことでもないでしょうに……。」
まぁあの爆音は生理現象の範疇を越えていますが、と心の中で呟いた。
「確かにそうですよ!?そうだけど…、恥ずかしいものは恥ずかしいじゃないですかぁ‼‼しかも菊乃さんにまで聴かれちゃったし……、もうやだ、埋まりたい……。」
「埋まらないで下さい。皆気にしていませんよ。菊乃さん…でしたっけ、あの人に至ってはここまでわざわざ餃子を届けてきてくれたんですし。」
「そうですよね~~‼菊乃さんはやっぱり優しいですよね~~‼もう天使‼マジ天使‼」
「え………。」
機嫌良くなるのいくらなんでも早すぎません?
もうニッコニコで餃子頬張ってるじゃないですか。
「よくよく考えてみれば、お腹鳴らなかったら菊乃さんはここまで餃子届けてきませんし?あの『大丈夫?これ食べて元気出してね!』って言葉も聞けなかったでしょうし?ま、結果オーライってことで‼」
「………………………」
この人、人生楽しく生きていけそうな予感がします。全く羨ましい限りですよ。
「はぁ~、美味し~~‼……そういえば、…えっと……、フードコートさんは食べないんですか?ギョーザ……。」
「ああ、僕は後からでも…………フードコートさん?」
「あっ‼その~…、フードの付いたコート着てるから、つい……。」
「これはコートというよりローブですね。あと、フードコートだとショッピングモールの飲食広場という意味になりますよ。」
「へぇ~、だからどこかで聞いたような感じがしたんだ‼」
「……………………………」
これは恥ずかしくないんですか…、この人の『恥ずかしい』の線引きがよくわかりません。
「あっ、じゃあ名前もう一度聞いてもいいですか?すいません、俺、人の名前覚えるの苦手で……。」
「いえ、いきなり大勢の人間と出逢ったのですから当然でしょう。…僕は霧島千歳といいます。」
「なるほど、きりしまちとせ、きりしま……、『霧島』?」
「はい、『五里霧中』の霧に『日本列島』の島で、『霧島』ですが、どうしました?」
「いや、『金木犀』に、おんなじ名字の人いるんですよ‼霧島千穂さんっていう……。」
「それ僕の妹ですよ。」
「そうなんですか、どうりで…………………………ってえええええええええ!?!?!?」
「ぐわっ!?」
いきなり耳を裂くような絶叫をしないで下さい‼
「え、ええ!?千穂さんの……!?」
「はい、兄です。」
「嘘だ、全然似てないのに………‼」
「相路さん、さては貴方一人っ子ですね?兄妹なんてあまり似てないものなんですよ。」
あんぐりと口を開けっ放したまま、まじまじと僕を見つめてきました。
この納得のいってない顔を見るに、僕と千穂が客観的にも全く似ていないことが明らかになりました。
「ふぇ~……びっくりした……、でも千穂さん、お兄さんが『ここ』にいるなんて一言も…。」
「ちゃんと兄ちゃんのことみんなに言ったし‼でもそん時、相路ったらぐーすか寝てたんだから‼失礼しちゃうよね‼」
背後からやけに馴染み深い声が聞こえてきました。
…と同時に、僕の頭上でコツン、と無機質な感触が響いた。
「うわっ!?ち、千穂さん!?」
「ほら!相路、追加の餃子‼あと兄ちゃんにも‼」
「……千穂、人の頭に皿を置くな。行儀悪い。」
「だぁって、兄ちゃんと相路が隅っこで何かヒソヒソ話してるからさ、気になっちゃうじゃん‼」
「それが『人の頭に皿を置く』理由になるか。」
「グチグチうるさいなー、兄ちゃんギョーザいらないなら私が食べるからね‼」
「いつ誰か餃子いらないと言った?」
仕方なく頭上から皿を受け取ると、形、焼き色ともに見覚えのある餃子が4つ並んでいました。
「相路大丈夫?兄ちゃんにいじめられてない?」
千穂が僕と相路さんの間に割り込んで座ってきた。ふてぶてしい。
「いや、全然‼むしろお兄さんの方がやさし……いたたたた‼」
相路さんの左頬が伸びるのびる。
…いじめているのは確実にそっちじゃないか。
「そぉ~~じ~~~、あんたのそーゆー正直なところ、私嫌いじゃないよぉ~~~~~。」
「いたいいたい‼ごめんなひゃい千穂しゃん‼」
「もうやめてやれ千穂。お前がこれ以上つねると洒落にならない。」
「…はーい。」
「みゅっ‼……いたた。」
つねられた頬をさする相路さん。流石に痛そうだ。なんせ相手はアスリートなのだから。
「ごめんね相路、結構痛かった?」
「…ひゃい、でも、オレがバカ正直なのが悪いんですし…。」
「まぁちょっと正直過ぎるとこあるよね、相路は。思ったことすぐ言うタイプ?嘘とか隠し事とか出来なさそうだもんね~。」
「ははは……、紫陽とかからよく言われます……。直したいな~、とは思ってるんですけれど…。」
「いや、私的には直すまでのことじゃないと思うよ。むしろ嘘とか隠し事とか、上手に出来ちゃう方がずっと嫌。」
一瞬、彼女に触れている右腕が冷たくなるのを感じた。
…動揺するな、もう引くに引けないところまで来ているのだから。
「…千穂さん?」
「さ、私そろそろ戻るね、結構沢山人来ちゃったから、もっと焼かないといけないし。」
千穂が立ち上がったことで、僕の右腕と彼女の身体に距離ができた。その隙間を通り抜ける風の温度を、僕は感知できなかった。
「あ、本当だ!『山吹』の人たちまで来てるし!」
「相路もそれ食べたらこっち来て手伝ってよね‼」
「はーい!」
千穂はそう言い残すと、僕らを置いて足早に去ってしまった。
千穂が向かう先を見ると、確かに20人ほどの少年少女がわらわらと群がっていました。
…つい2、3日前会ったばかりの子どもたちが、今こうして集って笑いあっている………。
… どこか『不思議な』光景が、目前に広がっていた。
「すげー、『mon-soon』って広いから実感沸かなかったけど、こんなにたくさん人いたんだ。」
「……そう、ですね。」
相路さんはこの光景になんの違和感も持っていないようですけれども……。
…やはり、引き続き調べてみる必要はありそうですね。
この『違和感』の原因を。
「ん、てことはこれで全員集合?」
「いいえ、僕が知る限りでは2人ほどここにいない人が…………………あ。」
「へ?」
*****
《in the jonquil labo》
「もしもし‼応答して下さい‼果たしてこの道筋で正しいのでしょうか‼もしもし‼助けて下さい‼もしやこの迷宮に一生身を置けと言うのですか!?もしもし‼もしもし‼」
『newcomer』
迷える『新人』たちの話
end
地球気候観測船 MON-SOON 憂圭 @ukei
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