遺書

ZEN

私を支える糸が切れた

 彼と迎えた5年半の記念日の少し後、私はまた彼に裏切られた。


 一度目は、付き合って10ヶ月の頃だった。好きな子が出来たと申し訳なさそうに、そして嬉しそうに語る彼を見て、私は心底失望した。

 私は躍起になり毎晩知らない男と遊んだ。温もりが欲しかった。

 生きる理由が欲しかった。必要として欲しかった。


 私が彼の事を吹っ切ろうとしていた時、彼は現れた。夜勤が終わったその足で、私の家のチャイムを押す。

 帰ってと言っても帰らず家の前で寒さを凌ぐ彼を見て、家へと入れた。

 彼は正座をし、大粒の涙を流しながら私に謝ってくれた。


 好きな子とは実際に会う前で、連絡先を消したのもあり、私は彼を許した。

 彼は何度もごめんと繰り返した。


 一年後、私は躁鬱病になった。

 実家での虐待や我慢が積み重なり、これからだという時に発症してしまった。

 私は行き場を失った。

 だが彼は苦しむ私の姿を見て、結婚しよう。俺が稼ぐから。と言ってくれた。

 そこから私と彼の同棲生活が始まった。

 長い時間をかけて、私は少しづつ彼への信頼を取り戻していった。


 彼と付き合って5年半の記念日の少し後、私は相変わらず回復傾向へはあるものの、働けずにいた。罪悪感から、家の家事は私が全部引き受けできる範囲内で奮闘していた。

 そんな中、彼は私をまたもや裏切る。

 相手は職場の年上の女だった。


 働けずにいる私より、ちゃんと働いている人がいいと彼は言った。

 そんな事、分かっている。私だって働けるものなら働きたい。

 だが、理解はどこにも無くなっていた。


 私は今日また、居場所を失った。

 彼は今日から社員旅行だ。例の職場の女と共に。


 私を支える糸が切れる音がした。

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遺書 ZEN @asahi_zen

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