第1話「殺人鬼、少女と出会う」

―昨日、○○会社社長が自宅で亡くなっているのが発見されました。警察は殺人の疑いを持って捜査を進めると発表を―


ラジオから流れるニュースを聞きながら、皐月は公園内を歩いていた。

今まさにラジオから流れている事件の犯人である彼は、寝不足なまま表の顔である雑誌編集者として出勤をしていた。昼間は雑誌編集者として、そこで仕入れた情報を頼りに、夜は殺人鬼として徘徊していた。



「(今回のいじめっ子は随分呆気なかったなぁ。立場が変わるとこうも生き物は脆くなる。)」



ぼんやりと考えながら足を進めていると、杖を突きながらゆっくりと歩いていたのだが、ふと足を止める。

数メートル先に歩く女の子。

朝の公園内で歩いている人なんてザラといるが、皐月が目を引いていたのは女の子が持っている杖だった。


白杖。視覚障碍者が持つ杖。


そしてその先に複数屯っている男達

意地汚い笑みを浮かべながら花壇に寄りかかる様にわざとらしく足を伸ばしている。

その瞬間にあの男達が何を仕出かそうとしているのか嫌というほど分かってしまった、



「(いじめっ子、み~つけた。…でもまだお天道様が出てる時間だしなぁ。けどこのままだと女の子がどんな事をされるかなんて分かりきってることだしなぁ…。ちょっとだけ脅してこの場を流そうかな。)」



そうこう考えている内に、少女の足はどんどん進んで行く。

あの意地汚いいじめっ子まであとほんの数cm。



「お嬢ちゃん、危ないよ。」



後ろから声をかける。

ピタリと足を止めて少女は声を頼りにしてか振り返った。

日光を遮るかのように、薄い色の入った眼鏡をかけた少女はこてんと首を傾げる。

その奥で待機していた男達は面白くなさそうな表情を浮かべて、そそくさと逃げて行った。



「道に大きな障害物があったから声をかけさせてもらったよ。びっくりさせたらごめんね。」

「まぁ、そうだったんですね。」



澄んだ声色が聴力回路を伝って聞こえてきた。ほんと、久々にこんな綺麗な声を聞いた気がする。最近、いじめっ子たちの意地汚い、嫌な、聞き続けるにも苦痛な声ばかり聴いていたから随分と心地良い。



「ありがとうございます。助けていただいて。」

「大げさだよ。」

「そんな事ありません。だって、大きな障害物から助けて下さったのでしょう?その障害物は、もういないようですが。」



少女の言葉に少し違和感を覚えた。僕はただ障害物としか言っていないけど、障害物に対していなくなったという表現は些か不自然だ。

普通ならどけたとか、ならまだ分かるが。



「もしかして君は気付いてたの?」

「視力が弱い分、他が敏感になって。」

「なるほど。」

「でも、本当にありがとうございます。助かりました…。」



さっきの澄んだ声に少しもやがかかったように聞こえた。僕の気のせいだろうか。だけど、心なしか、目の前の少女は俯き、杖をさっきより強く握っているような感じもする。



「どうかした?」

「いえ。お気になさらずに。少し、考え事をしていただけです。では、私は行く所があるのでこれで失礼します。」

「うん。気を付けて。」



大げさにぺこりと頭を下げた少女は杖を器用に使い、再び足を進めていった。

いじめっ子が変に動く前に止められたことは嬉しいはずなのに、何故か、少女の事を考えると胸がざわついた。

なんでだろう。こんな事、初めてだ。



「あ、会社に行かないと。」



でも、また会う訳でもない子の事を考えるなんて時間の無駄だろう。それに今日は、またいじめっ子をやっつけに行かなきゃいけなんだから。



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