断章 鬼笑ノ月
安良巻祐介
茶屋にいた玩具売りから買った、赤く磨かれた鬼の
こんな子供騙しのおもちゃでも鬼笛は鬼笛であって、その音色にはやはり、人ならざるものたちを引き寄せる何かがあるらしい。
病の子犬の喘ぐような笛の音色を一通り試した後、ちょうど行く手に谷が見えて来たので、真っ赤な林檎色をした鬼の子儺を、思い切り谷底へと放り投げた。
コダマモドキたちは、シュシュシュシュと鳴きながらその赤色を追っかけて、谷へと跳び込んでいった。
玩具の鬼笛だから、あんな低級な地霊の眷属のそのまた滓のような連中がおびき寄せられる程度であったが、これが
かように扱いの難しく危険な鬼笛の製法が、巷に当たり前の如く出回り、その妖しい音色に魅せられて腐れ木や新仏を盗んでは新たな一本を生み出さんとする笛匠が絶えないのも、元を辿れば――――我が師の浅ましき業によるのである。
風雅の道を極めんとしたかの人の、あまりにも稚く身勝手な行いによって、かつては一部の神仙にのみ知られていた妖楽器の秘密が、世に解き放たれてしまった。
私は、彼の弟子のひとりとして、その始末をつけるつもりだ。
もともと、笛どころか楽器全般が下手で、専ら筆の道で以てのみ師事していた、末端無骨の徒が私である。
しかし、私以外の弟子達は、或いは師の鬼笛に誘われし妖怪どもに骨まで貪られ、或いは自ら鬼笛を取って人ならざる鬼と化し――――みな居なくなってしまった。
たとい、この命と引き換えにしても、私は、必ずやり遂げよう。
それを私は、目の前で腸を啜られて死んでいった、仲の良い兄弟子に誓ったのであるから。
懐に差した、一本のみずくきを引き出して、私は、その白い筆先を見つめる。
見る間に、その筆先は紅く染まり、ほとほとと滴った。
その紅が、地に堕ちて、凄惨な花びらの形となる。
――戯れに貴方の教えて下すった、鬼の墨絵の技で以て、鬼笛たちに――そして、貴方に、引導を渡します。
――師よ、御覚悟。
時あたかも鬼笑ノ月、空には散り残りの仇桜が舞い、風も嘲笑う、一人きりの道行きであった。
断章 鬼笑ノ月 安良巻祐介 @aramaki88
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