貧乏くじ男、東奔西走

余記

我輩は、なまはげである

我輩は、なまはげである。

名前はまだ無い。

いや、なまはげが名前なんだろうか?

まぁ、そんな事はどうでもよかった。


大晦日に仕事をするはずの我輩が、今年は年初から職探しに奔走していた。

なぜ正月に出没しているのかと言うと、去年の年末にはサンタクロースの奴に出番をゆずっていたからである。


聞いてみると、彼も可哀想な奴だよな。

なんでも、一晩で世界中の良い子のみんなにプレゼントを配り回る。

って、聞いたか?一晩で世界中にだぞ?

そんなの、アマ○ンだって出来やしない。

今までは、彼の爺さんがやってたとかいう話なんだが、一体、どんな風にしてたのやら。


ちなみに、今年は腰をやられて孫に任せたらしい。

孫である彼は不慣れなもんだから、遅刻に遅刻を重ねて、やっと大晦日にここまで着いた、というのが去年の出来事だ。



「悪い子はいないかー?」

「サンタさんサンタさん、ボク、悪い子してたよー!」

「そんな子はこうだ!」

ぽすぽすと、お菓子を詰めたかぼちゃのお人形をぶつける。


いやいや。クリスマスとなまはげ同時にやるのは無理があるんじゃね?

それ以前に、何か違うものが混じっている気もするし。

まぁ、そういう訳で日をずらして正月に出る事にした訳だ。



「だからなぁ、頼むよ獅子舞どん。去年は出番無かったんだから代わってくれよ。」

「そんな事言ったって、俺も今を逃すと出番が無くなるんだよ。」

「じゃぁ、一緒に出るってのはどうだ?お前が舞ってる横で我輩が悪い子はいねがーって感じで。」

「そんなんしてたら、子供が逃げちゃうだろうが!」

こんな感じで、思いつくところを訪ねてみても、なかなか出番をゆずって貰えない。



「はぁ・・・しょうがないなー。職業安定所ハローワークにでも行ってみるか。」

人間だと、働きたくても働けない場合には、職業安定所に行くらしい。

そんな感じで、我輩も行ってみる事にしたのだ。



受付で、ナンバーの書かれたカードを受け取って待つ事、小一時間。

人が多い為に、順番待ちが発生しているようだ。


番号で呼ばれて、カウンターへ移動すると、席に座るか座らないかのうちに前職などの情報を聞かれる。

「なまはげやってます。」

思いっきり、「?」という顔。


「得意な事など、ありますか?」

「子供を脅かす事です。」

なまはげなんだから、しごく普通の答えだ。

だが、相手の反応は違った


受付の女性は、表情を変えもせずに受話器を取った。

「もしもし、警察ですか?」

逃げようとしても、すでに周りは固められていた。

これが、事案になる、という事だろうか?



刑事のヤマさんっぽい人に事情聴取された。



「なるほど。なまはげね。お前も大変だなぁ。」

「だが、分かっただろ?場合によっては、素直に話すと話がこじれる事があるんだよ。」

こんな風に諭されてから、釈放された。

カツ丼、おいしかったです。



「あーあ。これからどうするかな?」

警察署を出ても、行くあてが無い。

ほんとにどうしたものだろ?

そんな風にうろついていると、いつのまにやら知らない所に来ていた。

あれ?これって迷子?




女神は困惑した。

勇者を召喚したはずだったのに、見たことも無い魔物が現れたのだ。


「ひゃっ!あなたは、何者ですか?!」

悲鳴を上げそうになってすんでの所でこらえて質問をする。


「えー・・・我輩はなまはげである。・・・って、すいません。ここはどこなんでしょうか?」

怖い顔。怖い声。

だが、思ったよりも丁寧な言葉で、彼?も困惑しているようだった。


「えっと。ここは・・・別の世界に旅立つ人たちの待合場所で、魔王を倒す勇者を召喚しようとしたらあなたが呼ばれたのです。」

別の世界で通じるかしら?

でも、最近の子は異世界転移とか流行っているみたいだし通じるよね?





魔王は困惑した。

強力な配下を召喚するつもりだったのが、見た事もない魔物が現れたのだ。


そして、その魔物は恐ろしい声で言うのである。


「悪い子はいねーが?」


怖かった。

正直、ちびった。

今まで、こんなに恐ろしいと思った事は無かった。


「ごめんなさい。おれ・・・いえ、ぼく、悪い事をしようと思ったけど、まだやってないです。」

一体、この魔物は何だ?

魔王は震える声で自問する。

しかし、答えがあるはずもなかった。

なぜなら、本来、この世界には居ない魔物なのだから。


「ほんとだな?我輩は、いつでも見ているぞ。」



部下が、魔王の様子がおかしい事に気づいて部屋に入って来たのは、それからしばらく後の事だった。

厳重に口止めされてはいるが、その時の魔王の足元には、謎の水たまりがあった、とまことしやかに噂されている。




この世界には、魔王がいる。

でも、勇者はいない。


なぜなら、なまはげが悪い事をしないように見張っているからなのだ。








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貧乏くじ男、東奔西走 余記 @yookee

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