第60話 契約完了と悪魔からの出陣式。
修二が『地獄』から無事に生還したため、忍は右掌を恐る恐る見た。
三ヶ月前に鞍魔と契約した『魔王契約』が満了した事で、紋章は独りでに消滅していた。
「これで『覇気使い』が助かり、『魔導使い』が一人減ったな。」
「え? なんで?」
「『魔王契約』は満了すると契約した悪魔が対価として消滅するデメリットが存在する。これは『魔導』を使っても抗う事ができない、消滅した悪魔は関わった人物の記憶と、今まで生きていた記録までもが消去される。」
閻魔は悪魔の契約事情を、修二へ詳しく説明していた。
「…駄目だ。消滅したのは幻魔の隣にいた誰かだ。鞍魔じゃねぇ。」
「『謀反の魔導』だな。『魔王契約者』を裏切って他の『魔導使い』に押し付けたな。」
「でもさ、さっき『魔導』を使っても抗う事はできないって…。」
「消滅は防げなくても、消滅させたい対象を変更する事ができる。それが『謀反の魔導』の力だ。」
修二は的確な疑問を二人へ尋ね、それを答えたのは閻魔だった。
「参ったな。そんな奴が残ってるとは…。」
修二は困った様子で、スーツの胸ポケットから煙草を一本だけ取り出し、歯で咥え、着火し一服していた。
「お前、いつから煙草を吸い始めた?」
忍は修二が煙草を吸っている事で、気にして尋ねた。
「二十歳からだ。ちゃんと法律は守ってんだぞ?」
「…まあいい。それより先に飯食うんだろ? 閻魔、今日は仕込んであるのか?」
「店に行かないと分からん。まあ、余り物があると思うから、それで良いなら何かは作ってやるよ。」
忍は思い出したかのように閻魔へ注文していた。その時、忍の行動を見て修二も何か思い出した。
「そう言えば『地獄』から生還できたら、何か高級な物をくれんだろ?」
「都合の良い事なら覚えてんだな? まあ、約束は約束だ。これやるよ。」
修二と三ヶ月前に約束した高級な物を要求されたので、忍はダークネスホールから何か取り出した。
それは血のように真っ赤なスーツ上下セットだった。
「あのさ俺、吉本新喜劇の芸人になりたいって言った覚えがねぇんだけどよ?」
「このスーツ、フランスの有名デザイナーがデザインし、シェリーの会社が作ってくれた戦闘用スーツだ。このまま洗っても色落ち無し、糸の解れもしない、完璧なスーツだ。」
「シェリアちゃん…何してんだよ。」
「ほら、この俺が愛用しているシャツもくれてやるから着替えて来い。」
修二は煙草を消し、渋々と柱の物陰に隠れて、忍から渡されたスーツへ着替え始めた。
(ただ、忍がいらないだけじゃないのか?)
閻魔は忍が要らないから、押し付けただけかと密かに思っていた。
「…終わったぞ。」
「見せてみろ。」
修二は元気がない声を発し、忍に命令され柱から重い足取りで現れた。
赤いスーツの下は忍が普段で着ている黒いシャツ、赤いネクタイ、一つ助かったのは革靴だけは黒だった。
「なかなか似合ってるぞ。」
「…まあ貰ったからには使うけどさ。これ幾らぐらいするんだ?」
修二は微妙な顔だが、失礼を承知で忍にスーツの値段を聞いた。
「確か素材が高くて…四億ぐらいは掛かったと聞いた。」
普段から聞き慣れない金額で修二は茫然としていた。
「四億か、まだ安い方だな。」
更に、閻魔から四億は安いという言葉が聞こえ驚愕する。
「アンタ、それは金銭感覚麻痺してるから言えるんだぜ? アンタの酒代だけで二京はいってるって本部長から聞いたぜ?」
「当然の内訳だ。『天界』から仕入れた精米を『魔界』まで持って発酵させ、熟成するまで数年、そして一滴だけで一億だ。それを俺が独占して二京までの話だろうが。」
「ロマネ・コンティより化物の酒があってたまるか! いいか? アンタが何時も飲んでる酒の度数を見てみろよ、百じゃねぇんだよ。不可思議って見たことねぇぞ! こんなの飲んだら何処か蒸発して、即お陀仏だ。」
忍は酒の話になるとムキにはなるが、ここは戦い等はせず穏便に閻魔と話をしていた。が、そんな殺傷できそうな化物染みて国家予算を越えた酒の話だけ、修二は信じなかった。
「良いじゃん別に。」
「後さ、これは教会からの苦情だけどよ。アンタが違法改造してるバイク、もう走るなって俺の所に来てんだよ。」
忍は閻魔へ思い出したかのようにバイクの苦情を伝える。
「何が悪いのだ? 俺が自由にバイクを走り出して?」
「その違法改造に問題と文句があるらしい…タイヤの摩擦でアスファルトが溶けるなんて聞いた事ねぇし、それを隠密に修理する此方の身になれっていうが苦情だ。」
「被害が出てないだけ良いじゃん。そんなに文句言うなら俺に頼るなよ。」
閻魔はバイクの苦情を悪びれる様子もなく子供みたく拗ねていた。
「あのさ、もう付いて行けねぇよ。そんな人を簡単に殺傷できる酒とかさ、世界を破壊するようなバイクの話を信じろっていうが無理だろ?」
一般常識を覆す、嘘みたいな話ばかりで、うんざりしていた修二だった。値段を聞くべきではなかったと今更ながら後悔していた。
「…そんじゃあ、閻魔の店に行くか。」
雑談が終わると忍は冷静な表情でダークネスホールを大きく開き、閻魔の店へワープしていた。
穴の先は老舗みたいな一軒家があり、三人はダークネスホールへ前進し、目前まで立っていた。
「お前の『覇気』は何時でもワープできて便利だな。」
「知ってる場所しかワープできねぇのが難点だがな。」
閻魔は忍が使う『闇の覇気』に対し、羨ましそうに言った。けれども忍はダークネスホールにも弱点があるという事で、あんまり良い顔をしていなかった。
閻魔は鍵を懐から取り出し、暫く手入れしてないので錆が邪魔するが、若干手こずりながらも解錠し、引き戸を横へとスライドさせて開放する。
店内は少しだけ埃で汚くなっていたが、カウンターやテーブルはまだ使える状態だった。
「ちょっと待っててくれ、カウンターだけでも掃除する。」
閻魔は奥まで行き、青いバケツと雑巾を取り出して、カウンターだけでも丁寧に掃除していた。本来なら客が来る際、清潔な状態にしていなければなかった。が、時間に余裕がなかったので簡単な掃除で済ませたのだ。
「何か飲んで待つか?」
「じゃあ俺、いいちこ水割りで。」
「俺はボジョレー・ヌーボー。」
「はいよ。いいちこ水割り、ボジョレー・ヌーボーだな。」
閻魔は手際よく食器棚からアイスペール、グラス、ワイングラスを取り出し、二人の目前に置いていく。
そして閻魔はいいちこを修二へ。ボジョレー・ヌーボーを忍へと手元に渡らせた。
修二は最初に氷を数個ほどトングでグラスの中へ投入した。いいちこを二割程度注ぎ、そして最後に水を投入し、マドラーで混ぜて完成。
忍はボジョレー・ヌーボーをワイングラスへ少しだけ注いでいた。
「乾杯。」
二人はニヒルな笑みで見合い、グラスを軽く上げて発声し、一口飲んだ。
一口飲んだだけで二人の気分は上機嫌となり、疲れが吹っ飛んでいた。
「…美味いな。」
「あぁ、この一杯の為に戦うのも悪くない。」
「勝って生きていれば何時でも飲める。」
「今度は仲間と一緒にな。」
修二が率直な感想を述べると忍も同意していた。
「すまないな。残ってるのは、お通しと軽いつまみしかなかった。」
閻魔が出したのは醤油で味付けされた冷奴、塩が振られた枝豆、辛子マヨネーズを添えたイカの一夜干しだった。
「美味そうだ。」
修二は割り箸を割り、最初に冷奴から召し上がり、驚愕し歓喜な表情で喜んでいた。
それはあまりにも美味しく、スーパーで売っている豆腐で調理するより美味だった。
「俺が厳選した豆腐だからな。遠慮せずに食べてくれ。」
出陣する前の晩酌は明朝まで続いたという。
マグナムブレイカー サカキマンZET @sakakizet
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。マグナムブレイカーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます