23. ある人形の追憶

『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』(ジョージ・ハーネス版)より、「Hawknium」




「じゃあ、あばよ。せいぜい元気にやりな」


 王の亡命を手伝った後、赤毛の賢人は南の国へ向かうと告げた。


「やっぱ、俺の隣にゃアイツがいねぇとな」


 ザクス・イーグロウのことだろう。長らく運命を共にしてきた相棒の隣は、やはり格別の居心地らしい。

 かの国は戦乱で荒れていると聞く。そこに身を投じるのか……と、あえて聞く気にはならなかった。


 そこに、赤毛の賢人は何かしらの目的を見出した。

 武勇に優れた戦士は、何かしらの理由を見出した。


 云わば、それだけの話だ。


「……ジャンを連れてけねぇのは残念だけどな」


 ぽつりと漏れた悔恨は聞かぬ振りをした。

 おそらくは、見せたくない本音だっただろう。


 そうして、彼とは永久の別れになった。

 生きているのか、死んでいるのか、私には分かりはしない。

 それでも、もう二度と会うことはない……と、どこかで予感している。




 花は散り、鳥は飛び去った。その生を間近に見たからこそ、私は語る。

 彼らは存分に泣き、笑い、怒り、それぞれの道を歩み、生き抜いた。それこそが真実だ。

 悲劇でもなく、されど喜劇でもない。彼らはただ、この混迷極まりない時代を……駆け抜けたのだ。




 ***




 読んだことのない物語を読みたい、と、言い出したのはルイだった。

 そして、ラルフが密かに物語を書き始め、ミゲルとシモンに見つかった。……Rmandaルマンダという名前はArmandアルマンのアナグラムだ。密かに敬意を込めていたことを、ミゲルに指摘されたことは想像に難くない。

 ミゲルは設定を付け足し、シモンは新たな視点を加えた。……もっともシモンの場合、執筆自体はほとんどセルジュに委任していただろう。


 やがて革命の日が訪れるまで、彼らは思い思いに遺したい真実を綴った。


 150年以上の時を経た今、その日々を知る者は誰もいない。

 ……精霊と化した聖女や、輪廻を繰り返した魔女のように、世の理を外れたものがいない限りは。


 セルジュに創られた作品ぼくだけが、その日々を憶えている。

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