序章 その物語について

0-1. prologue

 ここに記したことこそが、私が目にした真実である。






 ・その人物は、ストゥリビアと名乗って、旅人に道を指し示す。

 真っ赤な髪と、全てを見通す金色の瞳。道に迷えば。赤と金を探せ。

(民間伝承を集めた文献より)


 ・ストゥリビアという名はやがて、賢者の象徴となり、英雄譚、御伽噺にも数多く登場するようになる。

 歴史書にも記されていることから、実在した民族である可能性も高い。

(辞典より)


 

 私はその唇が、一言「殺せ」と言うのに耳を疑った。

 死を目前にしながら、彼はその運命すら容易く受け入れた。信じがたいことに、若く、賢き青年である。

 声色には寂しさが滲んだが、震えることはない。虚勢でなく、ただ穏やかに「殺せ」と、口にしたのだ。

 物事を諦観するきらいのある青年ではあったが、まさか、自分の死すらも受け入れるとは誰も思うまい。


 刃を向けた相手は、思わず武器を取り落とした。刹那、背後から飛んできた矢に貫かれるのすら、彼は微動だにせず……待っていたかのように受け入れた。


 傷つき、息も絶え絶えになりながら、彼は一言呟いた。相棒の、名であった。

 私は何としても彼を生かさねばと、自らに誓った。


 燃え上がるような赤髪と、金色の眼差し。賢者の再来と謳われし青年の名は、レヴィと言う。






 ・王を頂点に奉りつつ、フェニメリルという国そのものの腐敗は根本が深い。

 権力者は、こぞって王に媚びるため、下層を搾取する。王の思惑は何処に。

(王国の独裁について、とある思想家の著書より)


 ・我らがヴリホックは積年の汚辱を晴らすため立ち上がる。

 正義の怒りを思い知るがいい。腐敗した玉座を叩き壊してくれよう!

(独立国家の声明文より抜粋)



 玉座に腰かけ下層の人間を見下ろす視線は、確かに一国の王として相応しい威厳を持っていた。

 身構える側近を手で制し、よく通る声色で律したのもまさしく王者の風格。若くして王になったとはいえ、十分な素養を持っていると感じさせた。

 やがて私は彼の私室に招かれたが、その時のことは忘れまい。


「ねぇ、君。僕に教えてくれない? 君がいた国のこと」


 幼子のように青く澄んだ瞳で無邪気に問いかける彼を、一国の王と誰が思うだろうか。

 彼は王でなくハーリスと、あっさりと名を呼ぶことを許した。側近の視線をいたく感じ取りながらも、切なる願望のため名を口にすれば大層喜んでいた。

 黄金色の長髪は美しく輝いていた。それこそ、御伽噺の人物のように。




 ***




1869年出版

『To beautiful flowers and free birds』


1872年出版

『Für blühende Blumen und Himmelvögel』


1908年出版

『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』


18??年出版

『Les fleurs sont tombées, les oiseaux ont volé』




 1908年出版『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』(訳:赤松治五郎)を元に、ボク……花野紗和も、新たに翻訳を手がけたことがある。その時のことは鮮明に覚えているよ。

 これより語るのは、ある物語が辿った軌跡と、歴史に埋もれた「真実」だ。


 ボクと、「彼ら」が紐解いてきた足跡だ。

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