0-2. Phoenimeryl-Ⅰ

 ・一人ぼっちの王子さまは、さみしくて友達をほしがりました。けれど、どうすればいいのかわかりません。

 王子さまはたくさんたくさん考えて考えて、広い世界を旅することにしました。自分の欲しいものをさがすために。

(とある童話の一場面より)



 王国歴352年。その日はやけに冷え込んでいた。元から寒冷かつ乾燥した土地は、どれほど対策をしても王城内すら凍てついているように錯覚させる。


「王ー!! ちょっとー!!」


 焦燥と呆れに満ちた側近の声が、廊下によく響き渡る。彼の名はカーク。年齢の割には幼い顔つきだが、勇敢な若者である。


「いい加減にしろ。醜く喚いて恥を晒すな。私が全てやると言っているだろう」

「いやそれが困るんだよ、王―!!」

「キサマ、私では力不足だと……?」

「違うって!?」


 怜悧な声色がカークの大声に待ったをかけるものの、こちらはカークの方に苛立っているらしい。名をルマンダ。カークと同輩で、同じく王の側近である。


「何してんだ?」


 突如聞こえた声。カークが狼狽して振り返れば、人目を引く赤と金。ルマンダが冷静に状況を告げると、苦笑と軽い嘆息。


「寒いからって職務放棄はな……」

「いいとこに来た! こういう時ほんと手に負えなくて……」

「カーク、まさかこいつに頼むつもりか……?」

「それ以外に何かあるかよ! 先生頼みます」

「何だよ先生って」


 側近達の会話とはとても思えぬ戯れの後、レヴィは王の付き人の名を呼ぶ。


「スナルダさんは中に?」


 直後、まるで聞いていたかのように、扉が開いた。


「何かご用ですか?」


 不気味なほど丁寧な声色で、スナルダと呼ばれた男が告げる。流石に固まったカークを他所に、会話は続いた。


「例の件の返事」

「かしこまりました」


 更に狼狽するカークの言葉にならない疑問を無視し、スナルダが奥に向かう……が、すぐに入れ替わるように黄金が姿を現した。


「返事ってどんな!?」

「お断りします」

「それもう10回は聞いたー!」

「6回ですけど」

「多いのは一緒じゃん」


 王と側近のものとはよもや思えぬ会話の後、すかさずカークが要件を告げる。拗ねた返事ではあったが、どうやら会席の場には間に合いそうだ。




 ***




 神から力を授かったとされるユリウス=フェニメリルが初代の王となり、彼の国は誕生したと伝えられる。農耕や狩猟に適した土地は少なく、周辺国との交易、民の特性を生かした技術で瞬く間に繫栄した、と。

 技術と述べたが――フェニメリルに住まう上位層は、魔術と呼ばれる特性を身に着けている。天賦の才に左右されるものだが、通常「血」が最も色濃く反映される。故に、数百年に渡り要職は世襲である場合が多い。して、23代国王ハーリス=フェニメリルの治世下、腐敗しきった国に不平不満を募らせているのは、下層の国民だけではなかった。


「暇」

「ちょっとだけなんで我慢しましょうよ!?」

「時間の無駄じゃん替え玉でもよくない?」

「今回ばかりは難しいかと」

「どうせ偉い人から許可もらってすごいことしたい人でしょ」

「いや間違ってないですけど!」

「……そこの赤毛、笑ってないで何かしたらどうだ」

「悪ぃ流石に面白すぎて」

「笑い事じゃねぇけどルマンダもいちいち突っかかんな!」


 末弟であり継承権も低かった若き王は、国政にも当然疎く傀儡生活に退屈しきっていた。重要な場でだけ威厳を醸し出すが、普段は暇を持て余す子供同然の態度である。茶番のようにも見える遣り取りだが、本人達……少なくともカークとルマンダは至って真面目である。


「お前らも大変だよな……」

「早々に諦めてる……!」

「よろしいですか。今回の要人は」

「テキトーにどうにかする」

「わかりました。では私が合図を」

「なんかいっつも真面目すぎてつまんない」

「……申し訳ございませ」

「いや真面目にやりましょう!?」


 300年を過ぎた大国の頂点の有様を見れば、その国がどのような状態か分かるというもの。

 幼き頃より帝王学を学んだはずの王の不貞腐れ具合を見るに……その国が、既に王の権力など及ばぬほどの悪しき問題を孕んでいるとも言えよう。




 ***




 ここは自著から引用しよう。自著『旅鳥の唄』の主人公のモデル……シモンはここに登場していないが、関わりのある場面ならある。




「お前、ルマンダはねぇよ。テキトーにつけすぎだろ」

「端役のつもりだからな」

「相変わらず面白味のねぇセンス……」

「……なら、後の名はお前が考えろ」

「了解。太陽神アポロンの生まれ変わりらしくどどーんとやってやらぁ」

「……この前はオーディンじゃなかったか」

「その前はビシャモンテンとか言ってた気もする」


 楽しそうに語らう二人の青年。……いや、楽しそうなのは片方だけか。

 眉をひそめる文官と、相変わらずふざけた態度で茶化す遊び人。


「お前のこの原稿、語り手は誰なんだ」

「んー?実はこの中に語り手がいますっていう斬新なオチ。後のほうで実はこいつが語り手でしたーってやる」

「これでは分かりにくいだろう!いくら私の文体が固いとは言えだな、定型というのは即ち安定だ。語り手の設定も固まっていないと言うのに飛ばしすぎだとは思わんのか」

「んじゃあセルジュさん……つーかスナルダ?が語り手ってことでいいんじゃねぇ?」


 ……セルジュさん、俺の後輩弟子は師匠の扱いすらぞんざいなろくでなしです。変なところで頭が回るので本当に質が悪い。

 定形こそ安定って言ってるお役人さんも、芸術に向かない人だとは思う。……頭が固いというか、なんというか……。


「……なぁミシェル。スナルダも雑じゃない?」


 と、伸び放題の赤毛をいじる方に尋ねてみる。


「ミシェルって芸名つけられた仕返し」


 サラッと、そしてぶっきらぼうに問いに答えた奴には、確かにミシェルという名がこれっぽっちも似合わない。

 それでも、当時の俺には、裁きの天使のように眩しく見えていた。




 ──花野紗和作『旅鳥の唄』



 ……もっとも、これも「執筆当時のボク」の解釈だ。ズレがあった可能性も大いにある。


 ミシェルという芸名を持つ青年は斬新なアイデアを生み出すのには長けているが、どうにも登場人物の描写はあまり得意ではないらしい。誰が誰やらさっぱりわからない。

 逆にもう1人の書き手は堅実な描写を心がけているようだが、いわゆる「魔術」の設定を生かしきれていない。


 ……メインの作者2人、序盤はなかなか噛み合わなかったことだろう。

 だからこそ、「彼」も筆をとることにしたのかもしれないね。

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