第4話 さよなら抱き枕カバー先輩

 僕は、一度深呼吸して踏ん切りをつけてから、みゆ先輩におおかぶさった。


「ちょっと待って圭介君!」


 ところが、いざ先輩を抱こうとすると、先輩がそれを止める。


「だから、圭介君。裏面の胸がはだけてスカートがまくれてパンツが丸見えになってる方じゃなくて、表面で抱いてほしい」

 先輩が言った。


「えっ、だって、抱く場合は、裏面の胸がはだけてスカートがまくれてパンツが丸見えになってる方が、面としてふさわしいんじゃないですか?」


 当然、僕はそう思って、裏面で抱こうとしたのだ。


「いや、面としてふさわしいって、どういうことかな? それに、抱かれるといっても、最初から裏面の胸がはだけてスカートがまくれてパンツが丸見えになってる方はちょっとハードルが高い。胸元とパンツが気になって抱かれることに集中できない。まずは表の面から始めよう」


「裏面の胸がはだけてスカートがまくれてパンツが丸見えになってる方は恥ずかしいんですね?」


「ああ、裏面の胸がはだけてスカートがまくれてパンツが丸見えになってる方は恥ずかしい」


「わかりました。裏面の胸がはだけてスカートがまくれてパンツが丸見えになってる方じゃなくて、表の面で抱きます」


 僕は、先輩を裏返した。



「それじゃあ、抱きますよ」


 抱き枕カバーである先輩の首の辺りに手を回す。

 そして、一気に覆い被さって、ぎゅっと先輩を抱きしめた。


 なぜか、反射的に目をつぶってしまう僕。



「どうだい、ぼくの抱き心地は?」


 みゆ先輩が訊いた。


「はい、あの、えっと、すごく柔らかくて、そして、なんか僕の胸に先輩の何かが当たって……」


「えっ?」


 おかしい。


 抱き枕カバーになって、胸のふくらみもくびれもなくなって、二次元のはずのみゆ先輩に、凹凸おうとつがある。

 そして、中にクッションやタオルが入ってるだけなのに、先輩には人肌のような弾力があった。

 先輩の首に回している僕の手には、先輩の長い黒髪が、さらさらと当たる感覚さえある。


 僕は、恐る恐る薄目うすめを開けた。



 すると目の前にみゆ先輩がいた。


 抱き枕カバーじゃない、生身のみゆ先輩、人間のみゆ先輩がそこにいたのだ。


 それだからいつの間にか、僕が制服姿のみゆ先輩をベッドの上で抱いた格好になっている。

 抱きしめた僕の胸に当たっているのは、先輩の二つの立派なおっぱいだ(今までの地道な観測によると、推定88㎝)。


 ベッドの上のみゆ先輩が、僕の目の奥を覗いている。


「おかしいな、君に抱かれて、魔法が解けたかな」


 先輩が悪戯っぽい顔で言った。


 先輩の吐息といきが、僕の顔にかかる。

 胸を通じて、その心臓の鼓動が伝わってきた。

 先輩の細い腕が僕の背中に回ってぎゅっとしている。

 僕の足には、先輩の温かい太股ふとももがぴったりとくっついていた。



「抱かれたら人間に戻っちゃうなんて、ぼくは抱き枕カバー失格だな。抱き枕界の恥さらしだ」


 やっぱり、先輩はエキセントリック過ぎる。

 こんな場面で、元に戻るなんて。


「はい、先輩は抱き枕カバー失格で、抱き枕カバー界の恥さらしなので、もう、抱き枕カバーになるのはやめて、これからも人間でいてください」


 僕が言うと、僕の腕の中にいるみゆ先輩が、コクリと頷いた。


                                了

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さよなら僕の抱き枕カバー先輩 藤原マキシ @kazz

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