第3話 抱いて

 畳んで学校指定かばんに入れて家に持ち帰ったみゆ先輩を、ベッドの上に広げた。


 みゆ先輩は布の長さが160㎝、幅50㎝くらいあって、僕のシングルベッドの上での存在感は小さくなかった。


「ここが、ぼくの職場なんだなぁ。ああ、圭介君の匂いがする」


「先輩、変なこと言わないでください」


 毎日ファブリーズしてるから、臭くはないと思うけど。


「さっそく、先輩の中身になる抱き枕をAmazonでポチりますから、今日のところはクッションや座布団で我慢してください」

 俺は言った。


「うん、ぼくも、いきなり抱き枕カバーになったことだし、その辺は理解している。中身は代用品でかまわない」


 みゆ先輩の許しを得て、その中にクッションと座布団を詰める。

 それで隙間ができた部分には、タオルを入れて形を整えた。



「どうですか先輩、こんな感じで」


 抱き枕カバーのみゆ先輩が、パンパンに膨らんだ。


「うん、大体いいと思う。中身が詰まって、枕をカバーしている実感が湧く」


「枕をカバーしてる実感って、なんなんですか……」


「それは、抱き枕カバーになってみないと分からないな」


「分かりたくもないですけど」


 僕が言ったら、みゆ先輩の返しに少し合間があった。



「圭介君、もしよければ、裏面の胸がはだけてスカートがまくれてパンツが丸見えになってる方じゃなくて、表面で話しかけてくれないかな。ちょっと、恥ずかしいんだ」

 みゆ先輩が言った。


 大抵の抱き枕には表と裏があって、表面は普通でも、裏面はエッチなイラストになっている場合が多い。

 抱き枕カバーになったみゆ先輩も、例外ではなかった。


 表面は普通の制服姿のみゆ先輩だけど、ひっくり返した裏面は、制服の胸元がはだけて、ブラジャーが見えていて、下はスカートがめくれ上がってパンツが見えている。

 ちなみに、ブラジャーもパンツも薄いピンク色だ。

 ちなみに、ブラジャーもパンツも薄いピンク色だ。


 僕は、その裏面のエッチな方に向けて話しかけていた。


「頼むよ。裏面ではなくて、表の面に話しかけてほしい」


「ああ先輩、抱き枕カバーになっても羞恥心しゅうちしんはあるんですね」


「ねえ、圭介君、抱き枕カバーになると羞恥心がなくなるって、いつ、誰が決めたのかな? それは、抱き枕カバーに対するひど偏見へんけんというものだよ。怠惰たいだな抱き枕カバーになったとしても、羞恥心はある。裏面の胸がはだけてスカートがまくれてパンツが丸見えになってる方をマジマジと見られるのは恥ずかしいんだ」


 みゆ先輩のほほが、ぽっと赤くなった

 もちろん、そうなったように見えただけだ。

 元から裏面のみゆ先輩のほっぺたは赤くなっている。


「分かりました、それじゃあ僕は、裏面の胸がはだけてスカートがまくれてパンツが丸見えになってる方じゃなくて、表面の先輩に話しかけます」


 僕は、先輩を裏返した。




「で、先輩、これからどうしますか?」


 僕は、ベッドに横たわるみゆ先輩に訊いた。


「もちろん、決まってるじゃないか。ぼくは抱き枕カバーなんだ、することは一つだよ」


 嗚呼ああ……


「さあ、圭介君。ぼくを抱いてくれ!」


 みゆ先輩が言った。


「先輩、そういうことは、人間だった時に言ってください」


 僕は、厳重に抗議した。


「いや、圭介君。人間だった時にそんなことを言ったら、ぼくはただの痴女ちじょじゃないか」


「それはそうですけど……」


「ぼくは今、抱き枕カバーになっているからこそ、君に向かって抱いてくれなんて、こんな大胆なセリフが言えるんだ。抱き枕カバーとして、その役割が与えられているから、声を大にして言える。抱き枕カバーにとって、抱いてくれと頼むのは、なんら恥ずべき行為ではない。さあ、圭介君抱いてくれ、ぼくを抱きしめてくれ。その両手両足で、ぼくをキツく抱いてくれ。頬をすりすりしてくれ。顔をうずめて、ぱふぱふしてもらったってかまわない」


 いくら抱き枕カバーになったとはいえ、先輩、大胆すぎる。



「どうしたんだ? 君は、ぼくを抱かないのか?」


 先輩の語気が弱まった。


「はい、そんなふうに言われると、逆にえるっていうか……」


 ひかえ目に言って、ドン引いている。


「思春期の男子って、複雑なものだな」


 みゆ先輩が言った。


 思春期の男子の複雑さを、こんな形で理解されて申し訳ない。



「それに、先輩を抱いたら、先輩が本当に抱き枕カバーになってしまうじゃないですか」


「ああ……」


 先輩を抱くってことは、僕が、先輩が抱き枕カバーになったと認めることだ。

 抱いてしまえば、先輩が抱き枕カバーになった事実を固定化してしまうような気がした。


「圭介君、さっきも言ったように、ぼくは自分の意思で抱き枕カバーになることを決めたんだよ。誰に命令されたわけじゃない。だから、遠慮しないで抱いてほしい。抱くことで、ぼくを救うと思ってほしいんだ」



「抱かれない抱き枕カバーなんて、ただの布きれじゃないか」

 みゆ先輩が言った。


 先輩、名言ふうに言わないでください……




「それじゃあ、抱きますよ」


 僕は、ベッドに入って先輩の隣に寝た。

 先輩は真っ直ぐ天井を見詰めている(動けないから当たり前だけど)。


 真横から、みゆ先輩の息づかいが聞こえた。


 一度、深呼吸して、僕は先輩におおかぶさった。

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