第51話 解答劇を自慢げにひけらかして悦に入る道化師

「自業自得ね」

「うっ」

「いえ、因果応報かしら」

「ううっ!」

「天に向かって唾を吐くとも言うわね」

「勘弁してくれ、母さん」


 母はカップアイスを手にしつつ、つまらなそうに僕を詰った。


「身から出たさびが一番近いかしら」

「ぜんぜんやめる気ないのな」


 真藤を半ば強引に帰らせた後、僕は夕飯の支度したくをした。考え事をしながらでも体は勝手に動く程度には料理をし慣れており、気づいたときには夕食を終え、食器を洗っていた。


 最近忙しいらしく帰りの遅い父を待つながら、母は食卓でアイスを頬張り、昨日の出来事について愚痴ぐちっているところだった。


「あんな年端としはもいかない女の子をたぶらかしたんだから当然のむくいでしょ」

「誑かしたって、僕は助言をしただけだ」

「助言というのは、相手の思考の整理を助けるもの。相手の思考を悪戯に引っき回す行為は、誑かしというのよ」

「母さんは何にも知らないだろ。僕はあいつらの課題を洗い出して、そして解決した。何の見返りもなしに、だ。それを誑かしだなんて言われたくない」


 これまでの苦労を思い返すと、涙が零れるほどだ。いくら母であっても、そんな言われをされる覚えはない。だが、きっぱりと突っぱねたはずなのに、母は乾いた笑い声をあげた。


「ははは、笑わせる。課題を洗い出した? の間違いでしょ」

「……どういう意味だよ」

「あのくらいの女の子の精神は不安定なもの。他愛たわいもない言葉でも少しぶつけてやれば、心は揺れる。心が揺れれば問題の一つや二つくらい生じる、いえ、生じたようにでしょ」

「勘違いは、さすがに言い過ぎだろ」

「勘違いでなければ、小波さざなみのような小事しょうじ。そんな些細な問題を針小棒大にあげつらって、あの子達を不安がらせ、解決策を目の前にちらつかせる。それがあなたの手口」

「手口って、それじゃ詐欺みたいじゃないか」

じゃなくてなのよ。司が作った問題に、司が答えられるなんて当たり前。そんな簡単なトリックを見破れないあの子達も残念だけど」

「僕は……」

「詐欺師でなければ、解答劇を自慢げにひけらかして悦に入る。んー、司には、そっちの方がお似合いね」

「僕は!」


 自分の大きな声に痺れて、僕は我に返り、一息をついてから告げた。


「僕にはそんなつもりなかった」

「自覚がないなんて愚かしいわね」


 その言葉は、僕自身が、いつの日か誰かに発したものだった気がするけれど、そのいつかをついぞ思い出せず、しかし、母の口を通じて帰ってきたことだけは確かで、お帰りと歓迎していいものかわからず、僕には、ただ、ただただ目を背けることしかできなかった。


 だが、僕の心の内など知らずに、いや、おおよそ把握しているだろうがお構いなしに、母は表情を変えることもなく、 カップアイスにスプーンを突き立てる。


「反省なさい」

「……はい」

「自覚なさい」

「……はい」

「自戒なさい」

「……はい」

「冷凍庫からカップアイスを取ってきなさい」

「もうないよ。それが最後だ」

「……むぅ」


 いや、不満そうな顔をされても。


 実のところ、反論のしようはあった。母の指摘には、推測の部分が多い。実際のところを知らない母に、言い訳することはできた。けれども、言い返すことができなかったのは、きっと真実に近かったからだろう。


 僕は、彼女達に助言するとか言いながら、論破することを楽しんでいた。戦う気のない相手を土俵にあげて、突き落とすことで快感を得ていた。


 それが僕だと認めるのは、苦痛であった。


 自覚がなかったことを理由にどれほど身勝手なことをしてきたことだろうか。思い返せば、あまりに恥ずかしい。もしかすると、白殿や真藤も同じような心持ちだったのかもしれない。


 恥ずかしさが思考を妨害して、どうしたものかと困り果てたので、僕は、もう考えるのをやめることにして、率直に母に尋ねた。


「母さんなら、どうした?」

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