第50話 仮面の少女は、力強く言い放った

「やっぱり、堂環さんが助けてあげるべきだと思います」


 は、力強く言い放った。


 昨日、白殿零が家にやってきて、そして、帰っていった、という字面じづらにすると日常と見紛みまがわんばかりの出来事があった。香月はしばらく怒り散らしてから、晩飯を食って、までして帰っていった。晩飯まで食っていった意味は正直わからない。いや、図々しいだけだろうが。


 そして、今日、僕はいつも通りの活動を行っていた。昨日の夜との時間的連続性を疑ってしまうくらいに穏やかで、ついクッキーを作り過ぎてしまったくらいだ。


 しかし、そんな平穏は、仮面をかぶった訪問者、真藤慮美まふじろみによって破られた。


「白殿さんの話を杏ちゃんから聞きました。ずっと休んでいるので心配はしていましたが、まさかそんなことになっていたなんて」


 どうやら香月が言いふらしているらしい。ただ、今回の白殿の案件は、かなりプライベートな内容なので、あまり口外しない方がいいような気がするけれど。


「あ、念のために言っておきますけど、杏ちゃんは言いふらしたりしてませんからね。たぶん、知っているのは、私だけだと思います」


 ナイスフォローだな。このまま進んでいたら、僕の中で香月の評価が、体育会系のバカから単なるバカにクラスチェンジしていたところだ。


「その上で、これはあくまで私の意見ですが、やっぱり、堂環さんが助けてあげるべきだと思います」


 さて、ここで冒頭に帰るわけだが、僕は当然こう告げる。


「嫌だね」


 僕の反応を予想していたのか、真藤はさほど驚くことも呆れることもなかった。まぁ、仮面を被っているから表情などわかるべくもないのだけれども。


「香月から話を聞いたのならば、昨晩の騒動についても聞いているだろ。僕の助けを、白殿自身が求めていないんだ。助けを乞われたならばまだしも、拒まれてまで助ける義理はない」

「へぇ、求められたら助けてあげるんですね」

「言葉の綾だ。揚げ足を取るんじゃない。そもそも君には関係ないだろ」


 ふふ、と真藤は笑い声を漏らす。


「白殿さんとは、杏ちゃんの友達である以上の間柄ではないですけど、それでも、同じような境遇だから、ほっとけないんですよ」


 青髪と仮面。変人という点でシンパシーでも感じたのだろうか。


「同じ堂環さんの被害者として」

「ちょっと待て」


 こいつ、ちょっと白殿に似てきたな。

 

「あ、すいません。言い過ぎました。堂環さんに影響を受けた者同士と言い直しますね」

「もう遅いけどな」


 やっぱ恨んでんのかな。鬼の仮面だしな。仮面は絶対僕のせいじゃないと思うんだけどなぁ。


「君の親は何も言わなかったのかい? 親としては、白殿なんかよりも君の方がよっぽど心配されそうだけど」

「えぇ、まぁ、ものすごく心配されましたけれど、理由を丁寧に話したらお父さんもお母さんもわかってくれました」

「ものわかりがよくてよかったな」


 ネグレクトされているのかと心配になるくらいにな。


「初めは私をとしたんですけど。ふふ、ちょっと大げさですよね」

「いや、それが自然な反応だ」


 ちょっと安心した。


「白殿さんも、ちゃんと話し合えばわかってもらえると、そう思うんですけど」


 真藤が、かるく肩を落とすので、僕は、小さくため息をついて返す。


「あぁ、その通りだな。ちゃんと話し合えば、もしかしたら、あんなにこじれることもなかったかもしれない」

「そう、ですよね」

「ただ、それができなかったんだよ。君は簡単に言うけれど、話し合うっていうのは、ある程度対等な関係が必要なんだ。親と子であると同時に、がね。白殿は、そいつを築いてこなかった。それが、君との違いだよ」

「そういうものでしょうか。話し合いなんて、がんばらなくても、自然とできると思うのですけれど」

「自分にとって当たり前なことが、他人にとってもそうだとは限らないんだよ」


 最後の言葉は、自分でも驚くくらいに投げやりだった。この話をするのが、どうやら僕は嫌らしい。白殿のダサい姿が脳裏をよぎって、わけもわからず腹が立つ。


「だったら、やっぱり誰かが助けてあげないと、ですね」


 そんな僕を見て、真藤は優しく告げた。


「どうしてそうなるんだ?」

「だって、さっきの話って、白殿さんにとって難しいことでも、他の誰かならば簡単かもしれないってことでしょ」

「まぁ、そうとも言えるが」

「できる人が助けてあげれば、白殿さんは助かると私は思うんですけど」

「助かるかもしれないな」

「じゃ、堂環さんが助けてあげれば、白殿さんは助かりますね」

「助かりません。助けません」


 そんなへたくそな誘導があるか。


「どうして、そんな面倒事を僕に押し付けてくるんだ。白殿が心配なんだったら君が助けてあげればいいだろ」

「私にできないことくらいわかっています。まだ自分のことだって何ともなっていないんですから」


 だから、と真藤は続けた。


「私にできることは、あなたに頼むことだけです。取引とか、説得とか、そんなことはできないから、頼むことだけです」

「既に嫌だと言ったはずだけど」

「それが、あなたのだとは思えません」


 真藤は、悪戯っぽく、くすりと笑う。


「それはあなたのじゃないですか?」

「は?」

「外側ですよ。あなたは、いつも嫌そうにして、屁理屈をこねて、エッチなことばっかり言っていますけど、結局は、私達のことを真剣に考えてくれて、まじめにアドバイスをしてくれているじゃないですか」

「……仕方なくだよ」

「そうでしょうか。少なくとも私の相談に乗ってくれたとき、堂環さんは、私のことを私以上に考えてくれました。辛辣だったし、最低なもの言いでしたけど、堂環さんは、親身になって考えてくれていたと思います」

「買い被り過ぎだ」


 僕の反論を無視して、なんというか、と真藤は人差し指をくるりと回す。


「堂環さんは、んだと思います」


 ぞわっと背筋に冷たいものが走った。


「やめてくれ」

「何をですか?」

「僕を優しいなんて言葉で言い表すな」

「ふふ、図星を突かれて焦っていますね」

「いや、見当違い過ぎて呆れているんだ」


 どうでしょうかね、と真藤はもう一度笑い声を漏らす。


「白殿さんを助けてあげたいのならば、助けてあげればいいじゃないですか」

「……」

「もっと自分の気持ちに正直になった方がいいと思いますよ。あなたの外側はクズですけど、内側はそうでもないんじゃないかと、私は思っていますから」


「僕は――」

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