第52話 アイス買ってきて

「母さんなら、どうした?」


 そう尋ねるのは、いささか子供っぽいほど性急だったし、母が何と答えるのか想像がついたけれど、それでも尋ねざるを得なかった。

 そして予想通りに、母は迷うことなく、

 


 と即答した。

 

「私が司くらいの年頃だったならば、何もしない。助ける義理もなく、助ける能力もなく、彼女自身が助けを望んでいないのだから、何もしないことが最も合理的」


 それは、理解できる。僕の考えともほぼ一致する。やはり、何もするべきではない。それでも、助けるとしたら。


「それでも、助けるとしたら、それは単なる自己満足、もしくはエゴ」


 そうだ、そいつは。


「つまり、


 だよな。


 わかっている。僕も同じロジックで白殿への干渉をやめた。何もしないことが合理的で、最適ではないにしても、双方にとって有意義。


 けれども。

 

 と言葉が脳裏をよぎるのは、僕のことをけしかけようとする2人の同級生のせいだろうか。いや、そうに違いない。僕自身は、ちゃんと理に沿って考えて、行動しようとしているんだから。


「まぁ、司が助けたいのなら、それでもいいけどね」

「え?」


 母は簡単に前言を撤回した。


「何だよ。母さんが助けるなって言ったんだろ」

「助けるなとは言っていない。今回のケースで、助けるという行為は自己満足に過ぎないと言っただけ」

「同じ意味じゃないか」

「まぁ、私なら助けないわね」

「ほら」

「でも、


 母はカップの底のアイスをさらいながら、つまらなそうに告げる。


「司は司が思うように行動すればいい。私は親として司の行動を評価するし、注意するけれど、つもりはないもの」

「別に母さんに言われたからじゃない。理にかなっていると思うだけだ」

「理に従うならそれでもいい。ただ司がずっと不満そうな顔をしているから」


 不満そうな顔?

 僕が?

 それは自分でも驚きで、なんだか受け入れ難かったけれども、すとんとに落ちたような心地だった。


「驚いた。母さん、顔色なんて読めたのか」

「……親をバカにするのはよくない」


 いや、純粋に驚いているんだけど。


「一応、司の親だからね」

「ふぅん。じゃ、僕がどう判断するかはわかるだろ。僕は母さんの息子なんだぜ」

「えぇ。私の息子なら、愚かな判断はくださない」

「だったら」

「でも、司は義馬さんの息子でもあるもの」


 スプーンをぺろりと舐めて母は告げる。


「義馬さんの息子は、困っている人を見たら助けにいくでしょうね。それがだとしても」


 言われて、確かに父ならば、そうするだろうなと思うけれども。


「僕は親父じゃないぜ」

「えぇ、だから、やりたいようにやりなさい」


 スプーンを置いて、母はやっと僕の方を向いた。


「後始末の手伝いくらいはしてあげるわ。子供の内は、ね」


 その言い草は、既に僕がどんな選択をするのかわかっているようで、むしろ、誘導しているのは明らかで、悪態の言葉が胸元まで昇ってきたけれど、珍しい母の母らしい言動を無下にするのはいささか忍びなくて、ふんと一つ鼻を鳴らすに留めた。


「それでどうするの?」

「どうもしない」

「ふーん」

「どうもしないけど、ちょっとコンビニ行ってくる」

「あ、そ」


 ちょっとばかり、やりとりが芝居がかってしまったことはご愛敬と流していただきたい。


 まぁ、おせっかいなのは父親譲りという名目もできたことだし、と僕は心置きなく踵を返し、をすることにした。


「ちょっと待ちなさい」


 そこでは母は今日一番真剣な声を出した。


「アイス買ってきて。あずき抹茶とブルーベリーを二つずつ」

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