第40話 仮面?

 真藤に解決策を提示して、ぼろ泣きしたその日、彼女はぼろ泣きしたまま、白殿に付き添われて帰っていった。


 僕は真剣に真藤の問題の解決策を考えてあげたというのに、特に感謝されることもなく、思いっきりだなんて、理不尽極まりないんだけど。


 あの日以来、真藤は姿を現さない。白殿の話では、真藤は登校こそしているものの意気消沈しているとのことだ。そのことで白殿は、ものすごい不機嫌そうだが、知ったことではない。白殿自身も僕にはもう関わるなと言っていたし。

 

 まぁ、つまるところ、真藤との一件は、こうして終わりをむかえた。


 と思われた。


 だが、しかし、一週間が経った日の夕暮れ、真藤は一人で僕の家にやってきた。


 ホワイ?


 もう僕にできることはやったはずなのだけれども、今更いったい何をしにきたのだろうか。まさか、前回泣かされた仕返しにきたとか、そんな恐ろしい話ではないだろうな。


 そう思わせるくらいに真藤の姿は、いや、は、常軌を逸していた。


 え? 


 むりむりむりむり!

 わかんない、わかんない!?

 

 仮面?

 何で?

 どういう経緯で、どういう心境の変化があって、どう間違って、どう病んで、どう壊れたらこうなるのか、さっぱり見当がつかない。


 いや、何となく心当たりはあるんだけど。

 いやいや、まさかね。


「あぁ、その、君は真藤だよね?」

「……はい」


 鬼の仮面。

 怒り狂った赤い瞳と禍々まがまがしいつのきば、そこに彼女の心情が現れているのだとすれば、震え上がらざるをえない。


 だが、聞かないわけにはいかず、僕は真藤に尋ねた。


「その仮面は、どうしたの?」

「……わからないんですか?」


 いや、わかんねぇし。

 わかりたくもないんだけど。


「……あなたの思考実験です」

「思考実験?」


 はてさて、そんな話をしたような、しなかったような。


「あなたは言いました。と」


 あぁ、そういうば言ったかな。


「だから、本当にそうなのか、試してみたんです。顔を仮面で隠して、胸はさらしで押さえつけました」


 なんてもったいないことを。


 ただ、仮面の理由はわかった。僕が思考実験として語ったイフストーリーを、彼女は使と言っているのだ。


「この格好で、追中くんに会いました」


 マジか。


「追中くんを呼び出して、私のことが好きなのかどうかを聞きただしました」


 なんて恐ろしいことを。


「私のことが本当に好きならば、どんな見た目でも好きだって答えるはずです。けれども、追中くんは、この格好の私のことは好きになれないと言いました」


 そりゃ、そうだろう。


「結局、彼は私の外見が好きだっただけみたいです。あなたの言う通りでした」


 いや、仮に内面が好きだったとしても、そんな外見の女とは付き合いたくないと思うぞ。


 本当に悲惨な結末だ。追中くんもさぞかし恐怖し、落胆したことだろう。意中の女子が、鬼の仮面をかぶって現れたのだから。同じ男として、同情せざるを得ない。


「あなたの言う通り、私は甘えていたのだと思います。外見ではなく中身を好きになってほしいと焦がれながら、好きになってもらえるような努力を何もしてこなかったんですから」


 真藤は、スッと鬼の仮面の目をこちらに向けた。


「これから、私は、中身を好きになってもらえるように努力していくつもりです。そうすれば、いつか、こんな格好の私でも、好きになってくれる人が現れるはずですから」


 それは、いささか理想染みていて、少女の妄想のようでもあったが、ただ、決して笑うことのできない程度に揺るぎなく、少なくとも、というには十分であった。

 

 そのことに真藤は気づいていないようだが。


 ん?


「君、これから毎日その仮面をつけて生活するつもりか?」

「はい」

「……そうか。がんばれ」

「はい、がんばります」


 あまりに陰鬱いんうつとした姿とは裏腹に、真藤の声は憑き物が落ちたように溌剌はつらつとしていた。

 まぁ、彼女が納得しているのならばいいのだけれども。


 それにしても、と僕は仮面を眺めつつ思わざるを得なかった。


 最近の女子って、極端だよな。

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