第36話 間違いなくあなたの両親ですね

 白殿は自信を持って、告げた。


 今の応答で、と。


 今の応答とは、父と真藤のやりとり。父が、僕のメンチカツよりも、白殿のグラタンの方がおいしい、と主張し、真藤が同意した。


 つまり、殿ということ。

 だが、しかし!


「今のは親父が言ったんだから、別だろ!」

「いいえ。あなたのお父さんの発言に、真藤さんは同意しました。これは、私の勝利条件を満たしています」

「だ、か、ら、今のは、親父に誘導されていた! 真藤の審査結果としては認めない!」

「誘導があってはならない、という条件はありませんでしたが?」

「うっ! いや、さっきのは単なる相槌あいづちであって、同意したとは言い切れない!」

「本当に往生際のわるい人ですね」

「君が強引過ぎるんだ!」


 僕と白殿は双方の意見を聞き入れられるわけもなく、思わず立ち上がって議論していた。議論と言うより、言い争いだが。


 くっそ、本当に強情な女だな。


 僕が、なんとか言い負かそうと思考を巡らせていたところ、スッと声が差し込んだ。


「どちらも不合理」


 小さな声であったが、場はぴたりと静まり返った。彼女、僕の母、堂環琵琶どうわびわの声には、不思議とそんな力があった。


「君達の会話から察するに、料理勝負をしていたんだろう。白殿さんの作ったグラタンと司の作ったメンチカツのどちらがおいしいか。審査員は真藤さん。その結果は夕食が始まった時点で未判定だった。しかし、先ほどの義馬さんの、グラタンの方がおいしい、という発言に、真藤さんが同意した。白殿さんは、これをもって自らが勝利したと主張している」


 母が次の言葉を待つと、白殿はあわてて相槌をうった。


「はい、その通りです」


 母は、相槌を契機に再び話し始める。


「白殿さんの主張に対して、義馬さんの誘導があったため公平性に欠けると司は主張している。料理勝負などという主観に左右される勝負で公平性などと持ち出すこと自体が不合理だが、それについては議論しない。先ほどの真藤さんの発言の公平性だけを議論するのであれば、義馬さんの発言に応答したのであるから、義馬さんの影響は少なからずあったと考える方が妥当」


「それは、そうですけど」


「しかし、義馬さんの影響があったと断定する根拠もない。よって、真藤さんの審査を撤回させるには至らない」


「いや、そうだけどさ」


「ただ、真藤さんの審査に疑義ぎぎが生じたのも事実。公平性を保とうとするのであれば、不利が生じた側、今回でいえば


「そ、そうか」


「これで、同様の条件下で審査が行われることになる。同じ結果となれば、その結果は、義馬さんの誘導に依存しないと判明する。異なる結果となれば、審査員は、誘導によって結果が変わることの証明となり、この審査方法では、公平性が保てないと判明する」


「「な、なるほど」」


 僕と白殿は、同じように言葉を返した。理路整然としていて、反論の余地がない。さすがに白殿も反論できなかったようだ。僕としても、この母に論理戦で勝てたことがない。


 母の提案を聞いた後、父の方を再度見てから、白殿は何やら得心いったふうに首肯していた。


「間違いなくあなたの両親ですね、納得です」

「どういう意味だ」

 

 僕が言葉を返すと、再度、母が口を開いた。


「食事中に暴れるのは行儀がわるいのでやめなさい」

「「……はい」」


 珍しく母のようなことを言う。 僕の知人がいるということで、張り切っているのだろうか。


「それから、司。かぼちゃのサラダ、もっと甘くして」

「いや、それは、身体にわるいからだめだ」

「……けち」


 あ、いつもの母だ。


 ぶすっと拗ねる母にもはや威厳はないが、母の言うことは筋が通っている。ここで、母の言葉に従わない理由も理屈も思い浮かばない。強いて言うならば、子供の喧嘩に口を出すなとか、そういう類の駄々であるが、白殿と真藤の前で、そんなみっともない論戦は張れない。


 僕は仕方なく、母に従って、真藤に尋ねる。


「で、真藤はどっちの料理がおいしいと思ったんだ?」

「私は……」

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