第37話 君、嘘をついていないか?

「納得いかねー」


 料理対決の翌日、僕は頬杖をついて、向かいに座る白殿と真藤を見やっていた。


「まだ言っているんですか、この人は。本当に女々しい人ですね」

「絶対、僕の料理の方がおいしかったし。普通に考えて、僕の勝ちだし」

「あなたのお母さんが提案したことでしょ。文句ならお母さんに言いなさい」

「あぁ、もう、君、むかつくわ。今日は帰ってくんないかな」

「はぁ、ときどき、その脱力キャラを出してきますよね。で、気は済みましたか?」


 そんな聞き分けない子供をいさめるみたいな言い方されると余計に腹が立つんだけど。あと、キャラとか言うな。


「はぁ、まぁ、いいや。で、真藤のお悩み相談をすればいいんだよな。えっと、あれ? 悩みってなんだっけ? おっぱいが重くて肩こりがひどいとかだっけ? あぁ、あれだ、針治療とかいけばいいんじゃねぇの?」

「また息を吐くようにセクハラを……。約束を忘れたんですか? もう性犯罪を犯さないと誓ったはずですが」

「性犯罪とか定義が曖昧過ぎて、決まりがないのと同じだ。よって無効」

「でしたら、今から定義しますので、少し待ちなさい」

「事後法は無効だ。はい、論破」

「あなたって人は……! 何で、そう、腹の立つ言い方をするんですかね!」

「お互い様だろ」


 で、話を進めると、真藤の悩み事は、こんなかんじだったはずだ。


 いわゆる、男女の三角関係の解消。追中という男子が、真藤に告ろうとしているらしいが、友人の恩田が、その追中のことを好き。友人である恩田との関係の方が大事なので、追中に真藤を諦めさせてほしいとのこと。


 いや、今更だけど、友達に相談すれば?


 見ず知らずの僕に頼るのって、わりと最後の手段だと思うんだけど。あれかな、友達、いないのかな。それともバカなのかな。


「やっぱり栄養が全部おっぱいにいっちゃって、脳にまわらなかったのか」

「真藤さんは、もっと怒っていいんですよ」

「え? え?」


 まぁ、きょどっている真藤は放っておくとして、さっさと終わらせようと、僕は解決方法を考えだした。


「そうだな。追中に告白を諦めさせる最も正当な方法は、その行為が無駄だとそいつにわからせることだな」

「それは、そうかもだけど、どうやって?」


 真藤の問に僕は答える。


「彼氏がいると告げるんだ」

「「あー」」


 これには、女子勢の同意が得られた。


「はっきり言って、まぁ、ベタな方法だ。彼氏がいる女子に告白する男はいない。この前段階の状態として、他に好きな人がいる、という断り方をする奴もいるが、僕はお勧めしない。男子というのは自信過剰な生き物だから、まだ付き合っていないのならばチャンスがあると意気込んでしまう恐れがある。ここはきっぱりと可能性がゼロであることを伝える方がいいだろう」


 まぁ、男としては、嘘をつかれるよりも、正々堂々と断ってくれた方がうれしいんだけど。女子って、恋愛沙汰になると残酷だよな。


「あなたにしては、まともな意見ですね」

「これに関しては不本意だけどね」


 白殿も反論がないとのことで、この悩みは、早く解決したのではないかと思われた。しかし、真藤は顔を曇らせる。


「いや、それは、ちょっとできなくて」

「何でだ?」

「その、杏ちゃんが、私に彼氏いないって、言っちゃったから」

「「あー」」


 あいつ、いらんことするなぁ。


「だから、今から彼氏いるっていうのは、ちょっと」


 まぁ、なんとでもなると思うけれど、おそらく香月杏の顔を潰したくないという思いやりがあるのだろう。


 となると、別の方法を考える必要がある。ただ、特に困ることもない。男女の仲を引き裂く方法などいくらでもある。そもそも、男女の仲にすらなっていないんだし。


 ただ、一つ確認しておく必要がある。


「真藤は、追中と付き合いたいか?」

「いえ」


 即答か。


「あぁ、それは、友達の恩田との関係がなかったとしても変わらないか?」

「え? あぁ。そう、ですね。追中くんと付き合う気はないです」


 明らかに迷ったような仕草をしたが、どういう心理だろうか。いや、迷ったというより、僕の発言の意味を理解していなかったような。まぁ、本人が言うのだから、いいとするか。


「あの、どうして、そんなことを聞くんですか?」

「あぁ、解決法が変わるんだ。解決法というより、問題の解消法かな」

「はぁ」

「君の抱えている問題はいわゆる三角関係。この三角関係の問題点というのは、三つの関係のすべてが同時に成立し得ないことだ。つまり、最も簡単な解消法はいずれかを諦めることとなる」

「諦める?」

「あぁ、つまり、その恩田とかいう女と縁を切ればこの問題は解決するということだ」

「え? えぇ!?」


 真藤は、大げさに驚いた顔をみせた。


「そんなに驚く話ではないだろう。男絡みで友人関係が壊れるなんて、よくある話だ」


 まぁ、マンガとドラマでしか知らないけれど。


「だ、だめです! それは、あれです。恩田さんと友達をやめるなんてできません! 私は、追中くんに告白されるのをやめさせてほしいんです。それじゃ、意味ないんです!」


 意味がない、ねぇ。

 まぁ、単なる確認だったのだけれども、聞いておいてよかったようだ。


「なぁ、真藤。君、嘘をついていないか?」

「え?」


 びくりと目を見開く真藤を見て、どうやら間違いないと確信する。


「君、恩田とあんまり仲良くないだろ」

「……どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。まぁ、名前の呼び方からの推測だけど、わりと距離感がわかるもんだよ。君、香月のことは杏って、下の名前で呼ぶだろ。でも、恩田のことは苗字呼び。つまり、関係性としては、同じく苗字呼びの白殿と同程度ってこと」

「うっ、それは……」


 真藤はあからさまに動揺してみせた。


「ちなみに確認だけど、白殿から見て、真藤と恩田の関係は?」

「さぁ。恩田さんはクラスが違いますのでわかりかねます」

「そうなのか。じゃ、白殿は真藤とどういう関係だ?」

「改めて問われると返答に困りますが、はっきり言って友達の友達以上の関係ではありませんね」


 はっきり言い過ぎじゃね?

 それってほぼ他人じゃん。


「別に、嘘をついたわけじゃ。その、恩田さんは、友達では、ありますし」

「あぁ、嘘ではないんだろうな。その恩田が追中のことを好きってのもきっと本当だろう。ただ、恩田との関係はどうでもいいんじゃないか? 単なる言い訳、というか、口実に使っただけだろ」

「……」


 黙り込む真藤の横で、白殿が首を傾げる。


「わかりません。どうして、そんな嘘をつく必要があるんですか?」

「そりゃ、あれだろ。そのイケメン追中のことが気に入らないから、って理由で断ると、調子に乗っているとか思われるからじゃねぇの?」


 女子同士って、そういったスクールカーストに敏感だよな。今回みたいなを許さない傾向あるし。


「余計にわかりませんね。あなたにどう思われようとかまわにでしょう」


 何で、そう、いちいち、むかつく言い方をしますかね。


「この場合、僕というより白殿に向けた口実だろ。同じクラスの女子なんて一番気を遣う存在だし」

「私ですか? 私は、そんなで真藤さんの評価を変えたりしませんが?」


 うん、まぁ、でしょうけどね。

 言葉、選ぼうね。


「そんなの真藤は知らないだろ。友達の友達なんだから」

「そう思われていたことの方が心外なのですが」


 まぁ、白殿の普段のふるまいを見ていれば、ある程度察することはできると思うが、だからといって、危機意識をゼロにすることはできなかった、というところだろう。


 おおよそ心の内を言い当ててしまったからだろう、真藤は、しきりに目を泳がせて、拳をぎゅっと握りしめ、しばらくしてから、口を開いた。


「……ごめんなさい」

「いや、別に謝る必要はないよ。ただ、正直に話してもらわないと、課題の設定ができない。間違った課題について考えるのは時間の無駄だ。効率よくいこう」

「……はい」


 そんな強く言ったつもりはなかったのだが、真藤は、意気消沈してしまった。しゅんとした姿もかわいいが、できるだけ挽回してやろう。僕は腕を組んで、少し考えてから、解決策を提示した。

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