第35話 父よ。それはさすがにセクハラだ

「ははは! そうかそうか! 司のガールフレンドか! そいつはめでたい! さぁさぁ、遠慮せずにどんどん食べなさい!」


 外がすっかり暗くなった頃、堂環家の食卓で、堂環家の家長、そして僕の父である、堂環義馬どうわよしまが快活な声を響かせていた。


「しっかし、こんなかわいい女の子を2人も家に連れ込むとは! 司もやるな!」


 食卓には、メンチカツとグラタンが並べられている。それから、白殿が使ったかぼちゃの残りで作ったサラダ。


「学校にも行っていないから、友達とうまくやれているのか心配だったが、とり越し苦労だったな! あれか、親がいなくとも子は育つってな! あははは!」


 食卓を囲んでいるのは、計5人。僕と、白殿、真藤、そして、僕の父と母である。父は先ほどから、この調子でビールを片手に愉快そうにしゃべり続けている。一方で、母の方は、黙々とかぼちゃのサラダを食べていた。


「いやぁ、それにしても別嬪べっぴんさんだな! 司にはもったいない! そうだ! ほれほれ、そっちの髪の青い子、お父さんと呼んでみなさい! ん? 気が早いか!? あははは!」

「……もう、その辺にしてくれ、親父」


 僕はさすがに頭を抱えた。


 この父、いつもうるさくて仕方がないが、今日は、一段とうるさい。しかも、息子の友人関係、いや、言い直そう、人間関係をおもしろおかしくいじってくるという始末。僕が女子だったら、完全に絶交している案件だぞ。


 父のセクハラ、いや、それはさすがに息子として言葉を濁そうか。えぇ、父のうざいハラスメント、を受けて、真藤は終始あたふたとしていた。まぁ、やけにがたいのいいおっさんにいじられているのだから、心中察するが。


 一方で、白殿の方は、予想通りではあるが、堂々と席に座っており、僕の作ったメンチカツを不満そうに頬張っていた。


「何だ、司? お父さんが恥ずかしいとかいうやつか? あれだな! 反抗期ってやつだな! わかる! わかるぞ! 俺もおまえくらいの頃には父親が鬱陶うっとうしかったもんだ! そうか、おまえもそういう年頃か! ははは! いいぞ! どんどん反抗期しなさい!」

「……もういっそ、その口縫い付けてやろうか」


 あぁ、どうしてこうなった。


 父が夕飯を食べていけ、なんて、昭和の親父みたいなことを言い出したのが、そもそもの始まりだ。父の強引な誘いを断れるわけもなく、いや、白殿ならば、しれっと断るかと思ったのだけれども、そこは僕の期待を裏切って、白殿と真藤は並んで席についていた。


 そして、僕の父のうざハラ独演会の開演である。でき得る限り、速やかに舞台から降りてほしいんだけれども、経験上、酒の入った父が口を閉じることはない。栓の壊れた蛇口のように、ただ、ひたすら恥を垂れ流すのだから、災厄さいやく極まりない。


「おい、神奈かんなは、どうした?」


 神奈とは、僕の妹の名である。


「あぁ、あいつは、白殿達がいるって言ったら、部屋でうってさ」

「何だ! せっかく将来の姉に会えるかもしれないのに! 俺に似て照れ屋な奴だな!」


 もう突っ込むの面倒くさい。


 まぁ、父のことも妹のこともどうでもいいといえば、どうでもいい。


 もっとも腹立つのが、だ。あと一歩で真藤が僕の名前を言いそうなところだったのに、本当にタイミングのわるい父である。


 仕切り直すと、真藤の方も冷静になって、考えを改めるかもしれない。とすれば、勝負そのものを無効にしてしまった方がいいか。


「それにしても、このグラタンは何だ? 司にしては、ひどい出来じゃないか。素材そのものの味しかしないぞ」

「うっ!」


 父の率直な感想に、珍しく白殿がダメージを受けていた。


「俺達に出すのならばいいが、お客人に出すのはよした方がいいんじゃないか? これを作ったのが女だったら嫁にいけないレベルだぞ」

「ぬぅ!!」


 平等主義者が聞いたら発狂しそうな発言であるが、あまりに正鵠せいこくを得ていたのだろう、白殿は、見たことない顔を浮かべていた。なかなかおもしろい表情であったが、さすがに我が父のうざハラが凄まじすぎるので、僕は助け舟を出すことにした。


「そのグラタンは、白殿が作ったんだ」

「ほう! そう言われると味わい深い気もしてくるな! 素材の味が活かされている!」


 調子のいい父である。


「あれだな! こんなかわいい子が作っていると思うと、司のメンチカツよりもおいしく感じるな! そう思うだろ! そっちの巨乳の子も!」


 父よ。それはさすがにセクハラだ。


「え? あ、はい」


 真藤は、戸惑った後に、慌てて首肯した。


 まぁ、父は既に酔っぱらっているし、ノリだけで発言しており、そのクズさについて議論するのは時間の無駄であろう。ただ、酔っぱらっているのだから、セクハラしてもいい世の中は、なので、この父が会社でやっていけているのか甚だ心配であるが。


 僕が呆れていると、白殿と、バチっと目が合った。基本的に彼女は人の目を見て話す。僕は、それが苦手だが、最近慣れてきた。一つ奇妙なのは、いつも不機嫌そうな彼女が、にやりと笑みを見せたことだ。


 いったい何を……ん?


 まさか!


「君、まさか、今のやりとりで、なんて言ったりしないだろうね」

「まさかもとさかもありません。今の応答で、

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