第34話 つまりだな、料理とは愛なんだよ

 調理作業をほとんど代行した僕にはわかる。あのグラタンは見た目、うまそうだが、実際、食えたものではない。中身は、切っただけのかぼちゃと、黒焦げの鶏肉、それから、甘えびとマカロニ。さらに、牛乳を加えて、チーズを乗せたもの。それが、かのグラタンと称する物体の正体である。


「かぼちゃがすごい固いです」

「まぁ、茹でてないからな」

「あと、しゃばしゃばしてます」

「薄力粉とか入れてないからな」

「何だか、ごりごりしてます」

「鶏肉という名の灰が入っているからな」

「あ、今、生臭かった」

「甘えびかな」

「マカロニも、固いです……」

「だから、茹でてないからな」


 下処理など、僕が行ったわけだけれども、すべて白殿の注文通りにこなした。その結果、ほぼ未調理の素材を並べてオーブンで焼いただけのものができあがった。


 その味は、真藤の顔を見ればわかる。彼女は律儀りちぎに口の中のものを呑み込んでから、ごほんと大きく咳き込み、それから、涙目を僕達の方に向けた。


「その、ごほごほ、えっと、チーズがおいしかったです。げほほほ!」


 うん、がんばった。

 その健気さに、拍手。


「どんなもんですか」


 うん、白殿。

 君は、もっと申し訳なさそうにしろ。


 コップの水を飲み干してから、真藤は、次の皿に目を向けた。その目には、現状の理不尽に対する困惑の色があったが、それでも審査を完遂しようとする従順さには頭が下がる思いである。


 だが、安心してほしい。

 もう一方の皿。それは、僕の作った料理だ。


「メンチカツですか。おいしそう」

「そうだろ」


 皿の上に並べられているのは、こんがりと揚げられたメンチカツ。火の通り具合を考えて、平ら気味の形にしてみた。油の香りが鼻孔びこうをくすぐり、自然と食欲が湧いてくる。横には、ケチャップとマヨネーズに、少しオイスターソースを加えたオーロラソース。簡単に作れるのだけれども、揚げ物には抜群に合う。


「でも、何でメンチカツなんですか?」

「愚問だな。それは、メンチカツが最強にうまいからだ。異論は認めない」

「あ、そうですか」


 あれ? 同意得られない?

 これはけっこうマジで言ったんだけど。


「ふん、見た目はまぁまぁですが、大事なのは中身です」

「あぁ、その通りだ。だから、白殿、君は自分の料理を一度味わってみることだ」


 そうすれば、自らの過ちにきっと気づくだろう。気づいたら、もう二度と厨房に立たないでほしい。


「それじゃ、食べますね」


 真藤は、恐る恐るといったふうにメンチカツに箸をつけた。切った瞬間に溢れる肉汁と広がる香り。肉の尖った臭いをナツメグの甘い香りがまろやかにして、少しだけ入れたニンニクの鋭い香りが、お腹の奥を力強く刺激する。

 真藤は、ごくりと喉を鳴らしてから、がつりとカツにかぶりついた。


「お、おいしい!」


 そのリアクションやよし。


「なんというか、メンチカツの味がします!」


 うん、その褒められ方は、なんか不本意だわ。白殿のグラタンと比較すると、その感想はわからなくもないけれど。


「お店で出てきても驚かないくらい、おいしいです。外側がバリっとしてて、中のお肉が、すっごいジューシーで、口の中に広がるっていうか」


 ボキャブラリーに難があるけれど、その感動はひしひしと伝わってくる。ここまでの流れは置いておくとして、やはり、自分の料理をおいしいと言ってもらえるとうれしいものだ。


「そ、そんな……」

「ふふ、どうだ、白殿。これが、料理というものだ。チーズをのっけて焼けばとりあえずうまいなんて、そんなあまいものじゃない。料理とは、小さな工夫の積み重ね。おいしいものを作るために、どれだけ手間をかけられるか、が大事なんだ」

「くっ! あなたに、そんなまとまなことを言われるなんて!」


 僕はまともなことしか言ってない。

 だが、白殿の悔しがる顔を見れたのは、気分がいい。僕は、少し得意げになって言葉を繋げた。


「つまりだな、料理とは愛なんだよ」

「「……へー」」


 あ、これはあんまり響かなかったらしい。

 なかったことにしよう。

 

「じゃ、そろそろ審査結果を発表してもらおうか」

「うっ!」


 メンチカツにかぶりついてた真藤は、審査のことを思い出して、顔を渋らせた。彼女の食いつきぶりをみれば、勝敗は既に決していると言っていい。


 多少の想定外もあったが、ここ、ここに至れば、僕の筋書き通りである。現状の流れをぶった切って、八百長判定をすることなど、真藤にはできないだろう。


「さぁ、真藤、おいしい皿を選ぶんだ!」

「う! うぅ! うぅ~!!」


 頭を抱える真藤は、相当悩んでいるようであった。この条件の料理勝負で悩んでいる時点で間違っていて、間違っている時点で僕の勝利は確約していた。


「真藤さん、よく考えてください。だったのならば、自分に都合のいい勝敗をつけてもいいんですよ」

「同じ、くらい、だったら……」


 よかったのに、と真藤の悲壮な声が聞こえてくる。

 しばらく悩んでから、真藤はやっと顔をあげて、勝者の名前を口にした。


「おいしかったのは、……ど――」

「ただいま!!」


 いや、口にしようとしたのだけれども、ちょうどそのとき、まったくタイミングのわるい家主の騒々しい声が、玄関の方に響いた。


「おーい、つかさ! おかえりはどうした! が帰ってきたぞ!」

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