第33話 とりあえず、全国の料理人に謝れ
繰り返しになるが、白殿が料理勝負を受けた時点で、僕の作戦は八割方成功していた。白殿の料理の腕もだめだめで、僕の勝利は揺るぎないものと予想された。
しかし、たった一つの予想外。
いや、予想の外というか、大きく下回ったというか、沈没したというか、埋没したというか、埋葬されていたというか。
白殿が料理できなさ過ぎた。
なんというか、できない、とか、そういうレベルではないような気もする。もはや、料理のことを知らないのではないかと思える低レベル。彼女の動きを料理のカテゴリーに分類すると、料理という概念を覆しかねない悲惨なレベル。
よくその腕で、料理勝負を受けたな。
いや、真藤が審査員だからって、勝負の成立すら危ぶまれるからと、謝ってでも辞退するべきであろう。
だから、ぽんこつなんだよ、この女。
料理勝負を始めてから、1時間と少しが経過した。調理の時間は終わり、審査の時である。テーブルの上には皿が二つ。料理を前にして、真藤が申し訳なさそうに
「あのぉ、審査するんですか?」
真藤が、恐る恐るといった風に、僕の方を見遣ってくる。その意味をよく理解する僕は、もはや言葉が出て来ず、代わりに隣の白殿が返答する。
「当然でしょ」
「何でだよ!」
僕の突っ込みに、白殿が首を傾げる。
「何を疑問に思うところがあるのですか? 私達は料理勝負をしているんですよ。料理ができたのならば、食して審査するのが当然でしょ」
いや、間違ってはいないんだけど。
「では、審査に入りましょう。思ったよりも、うまくできましたし」
「あぁ、そうだな! うまくできたな! ほとんど僕が作ったからな!」
卓に置かれた二つの皿は、白殿がいうとおり、どちらも見た目はわるくない。かぼちゃを切るだけで、殺人事件に発展してしまいそうな料理音痴の白殿が作ったとは思えない出来栄えのグラタン。それもそのはず、8割方、僕が作ったのだ。
「ふん、ちょっと手伝ったくらいで、すべて自分の手柄ですか」
「ちょっとじゃないだろ! 食材は全部僕が切ったし!」
「それは、あなたが包丁を持たせてくれなかったからじゃないですか」
「うちで流血沙汰はごめんだからね!」
あれだ、子供用包丁とかから練習した方がいい。
「それに、食材の下処理も、オーブンの用意も、僕がやったじゃないか。君のやったことといえば、横から口出ししたのと、鶏肉に火を通すとき、フランベと称して天井を焦がしただけじゃないか!」
「フランベを知らないんですか? あれは香りづけの手法ですよ」
「あれはサッと酒のアルコールを燃やすだけなんだよ。本当に油に点火する奴があるか!」
もう、本当に恐怖だった。
フランベというより、プチ火事。
いや、火事だったな、うん。
「あなたが口を挟まなければうまくいったんです」
「僕が口を挟まなければ、今頃、ここは火の海だよ」
何? 僕を殺しに来たの?
そういう意味でうまくいったってこと?
「まぁ、いいです。調理はあなたに頼ったところもありましたが、食材選びや
「いや、本当に、君のメンタルは鋼だよな」
なんか、政治家とかに向きそうな性格だよな。半分皮肉で、半分マジで。
「もう、それでいいや。真藤、審査を始めてくれ」
「あ、はい」
それでは、と真藤は、スプーンを手に持ち、まずグラタンの方を食した。
「ふふ、この勝負、料理選びで私の勝ちは決まったようなものです」
「ほう」
白殿が、いつものように謎の自信を見せる。
「グラタンは、まぁ、確かに人気のあるメニューではあるけれども、単純がゆえにおいしく作るのは難しいと思うけれど」
「ふん、あなたはグラタンのことを何もわかっていません」
料理手順すら
「いいですか、グラタンの真理とは一つです」
白殿は、キメ顔をこちらに向けて指を立てた。
「チーズ乗せて焼いたら何でもおいしい」
「なめんな」
とりあえず、全国の料理人に謝れ。
あと、料理作ってくれているお父さんかお母さんに謝れ。バカ舌でごめんなさいって謝れ。
確かに、チーズは何にでも合う。だからって、それですべてをまとめるのは、さすがに大雑把すぎる。みんな、チーズの万能さを踏まえた上で、一工夫二工夫加えているのだ。
「ふん、なめているかどうかは、真藤さんの感想を聞いてから言ってください」
いや、君の発言に関して言ったんだけどね。
既にスプーンで掬ったグラタンを、真藤が口に含んでいる。何を考えているのかわからないむつかしい顔をして、彼女はもしゃもしゃと咀嚼する。
そして、真藤はゆっくりと目を開け告げた。
「すっごい、かぼちゃです」
「だろうな」
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