第32話 これこそ幻影の八百長作戦!

 さて、この料理勝負、一見して僕の方が不利に思える。しかし、そうでもない。むしろ、といえる。


 なぜなら、この勝負、そもそもが最も難関であったからだ。白殿は挑発に簡単に乗るちょろい系女子であるが、さすがに最近ガードが固くなってきた。少なくとも僕の提案したお題には、懐疑的かいぎてきな対応を見せるようになった。


 そこで、僕が提案したのは、真藤が審査員というこの状況。真藤が審査員ならば、白殿の勝利は確定したようなもの。あまりに有利過ぎて、逆に白殿は訝しんでいたが、もともと勝負好きな女だ、そこはしっかり乗ってきた。


 白殿の懐疑心は正しい。


 惜しむらくは、その懐疑心を信じ切れなかったこと。信じることができれば、この僕が、絶対に負ける勝負をしかけるわけがないと気付けたことだろう。


 この勝負が、なぜ白殿には必勝に見えたか。


 真藤が審査員だからだ。白殿の料理より僕の料理がおいしかろうと、真藤が、わざと白殿の料理の方がおいしいと言えば、白殿が勝利する。ゆえに必勝。


 しかし、裏を返せば、この勝負、


 なぜなら、料理の腕において、僕の方に確実に分があるからだ。白殿の家庭事情を知っているわけではないが、聞くところによれば、両親共に健在の家庭。料理は親が用意しているのだろう。つまるところ、普通の女子学生。そんなガキに、堂環家の台所を長年にわたって任されてきたこの僕が負けるわけない。


 その予測はおおよそ当たり、白殿の調理の様子はまったくの素人。あの手つきから、うまい料理など生まれるべくもない。


 つまり、順当にいけば、確実に、僕の料理の方がおいしい。ゆえに、この勝負、真藤が八百長しなければ、絶対に勝てない。


 ただの言葉遊びにも思えるかもしれない。真藤が、八百長をすれば勝ててしまうのだから。


 しかし、


 八百長をすれば、なんて言葉は、それこそ、たかが言葉でしかない。特に、日本人として教育を受けてきた彼女には、ちゃんと学校に通っている優等生な彼女には、八百長という言葉は、に等しい。


 僕達は、幼少期から、ずっと正直に生きることを是としてきた。まさに刷り込み。精神の奥底に刻み込み、絶対に消えないように、と繰り返しり込まれてきた。


 そんな真藤に、グレーならばいざ知らず、ができようか。いや、できるはずがない。


 つまり、真藤が審査員というアドバンテージはあるように見えて、実のところ、皆無なのである。


 ふふふ。

 ふふふふふふ。

 ふふふふふはははははは!


 これこそ幻影の八百長作戦!


 料理勝負を受けた時点で、僕の勝利は揺るぎなく確定していたのだ!


 汚いなどとは言わせない。これは盤外の勝負の世界。ルール作成時から、既に駆け引きは始まっていて、試合が始まったときには、既に勝敗は決している。


 さらばだ、白殿。

 これで、巨乳は僕のものだ。


 僕はボウルの中の牛ひき肉をこねながら、白殿の無様な調理を傍目はために見た。


 白殿は、制服にエプロン姿と、恰好だけは絵になりそうだが、その手つきはたどたどしい。まな板の上には半玉のかぼちゃ。あれを切るのはけっこう難しいと思うが大丈夫だろうか。


 そんな僕の不安をよそに、白殿は包丁を握り込み、もう片方の手でかぼちゃを。そして、包丁を大きく振りかぶって、力の限り振り下ろ――


「待て待て待てぇ!」


 さすがに見かねて僕は止めに入った。


「何ですか? 妨害ですか?」

「いや、問題外だよ!」


 何やってんの? もう!


「包丁をそんなに振り上げる奴があるか!」

「仕方がないじゃないですか。かぼちゃが固いんです」

「振りまわすんじゃなくて、押して切るんだよ。ちゃんばらじゃないんだから」

「おかしいですね。以前に見たホラー映画では、このように使っていたのですけれど」

「それは誰か殺すためだろ」


 本気で言ってんのか、こいつ?


「だいたい、かぼちゃなんて季節感のない食材を使って何を作るんだい?」

「秘密です」


 さいですか。


「何でもいいけど、包丁を使うときだけは気をつけろよ。そんな鷲掴わしづかみじゃ指を切っちゃうだろ。猫の手だよ。家庭科でもそのくらい教わっただろ」

「バカにしないでください。そのくらい知っています」

「じゃ、やりなよ。さっきの感じだと、調理というより、ただの指ギロチンだ。見てられない」

「じゃ、見ないでください」


 この女、せっかく人が助言してやっているというのに、感謝の言葉の一つも出ないのか。もう見放してしまいたいけれども、うちの台所で流血沙汰はちょっと困る。


 仕方がない。


「なぁ、真藤」

「え?」


 僕は、椅子に座ってそわそわとしている真藤に声をかけた。


「わるいんだけど、白殿を見ていてやってくれないか。多少なら手伝ってあげてもいいから」

「あ、はい。わかりました」


 真藤の料理スキルは未知数だが、2人いれば自制が利くだろう。白殿は渋ったが、自らの料理のできなさを自覚してか、了承した。


 よし、これで、惨事は回避できただろう。僕も料理に集中できる。


「押して切るそうなのですが、真藤さん、わかりますか?」

「えぇっと、私もよくわからないけれど、たぶん包丁の先っちょで、刺せばいいんじゃないかな」

「それは私も考えました。ただ、形が丸くて刺すのが難しいんですよね」

「上から刺すから難しいんじゃないかな。ほら、ドラマとかだと、に刺しているし」

「あぁ、なるほど。確かにそちらの方が力が入りそうですね。もつけられますし。それでは真藤さん、かぼちゃを抱えてそこに立ってもらえますか?」

「はい。こんなかんじでいいですか?」

「いいかんじです。では、思いっきりぶすりと――」


「やめろぉ!!」

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