第31話 料理対決

 料理対決。


 特別なことは何もない。それぞれが調理を行い、どちらの料理がおいしいかを審判が判定する。この際に、食材やジャンル、時間などの縛りを設けるとゲーム性が、いっそう向上するだろう。


 どちらがうまいか、という単純な裁定でありながら、うまさを定める変数は無数にあり、うまさのベクトルの方向性も異なる。それは審判によっても、その日の体調によっても異なるため、ある程度のギャンブル性も含んでおり、なかなかに心躍る勝負内容である。


「いいですか。私が勝ったら、あなたはこれまでの性犯罪の数々を猛省し、心の底から後悔し、懺悔ざんげし、今後、性犯罪を犯さないと神に誓うんですよ」

「いや、そもそも性犯罪は犯してないし、今後も犯さないけれど」


 別に神に誓わなくてもさ。


「僕が勝ったら、君はおとなしく帰るんだ。真藤と僕の話に口を出すな」

「もはや下心しか感じ取れない発言に呆れ果てて絶句してしまいそうなんですが」


 まぁ、いいでしょう、と白殿は続けた。


「約束は守ってくださいね」

「それはこっちのセリフだよ。君が、最初の将棋勝負のとき、約束を破ったこと、僕は忘れていないからな」

「過去のことをうじうじと女々めめしい人ですね。そもそも私は約束を破ってなんていません。あのとき、将棋勝負といっただけで、一回勝負とは言っていませんでした。だとすれば、トータルでの勝負と捉えるのが普通です」

「トータルの勝負ってなんだよ。それじゃ、一生勝敗がつかないだろ」

「今思えばそうですね。これは、勝負の設定を誤ったと考える方が適切でしょう。まぁ、今後気を付けていただければ構いません」

「ちょっと待て。何だか僕のせいみたいに聞こえたけど?」

「当然です。あの勝負は、あなたが挑んできたのですから、設定の不備は、あなたの責任でしょう」


 さいですか。


「じゃ、今回は一回勝負。おいしい料理を作った方の勝ち。時間帯を考えて、テーマは晩御飯に出せる一品。食材はさっき食料品店で調達してきたもの。調理時間は1時間。審査員は」


 僕は、彼女の方に視線を向ける。


「真藤だ」

「ほえ? 私ですか?」


 いや、さっき言ったじゃん。


「私が言うのもなんですが、本当にいいんですか?」

胴元どうもとは僕なんだろ。その僕がいいというんだから、いいんだよ」


 本来、うまいかどうか、というのは曖昧な判定基準であり、審判の嗜好しこうに大きく左右される。さらに、プレイヤーと審判の人間関係によっても、勝敗が変わってくるだろう。


 その点、料理勝負というのは、あまり、


 だが、だからこそ、有利な方としては、断る理由がない。審判と内通してさえいれば、必勝のこの勝負を受けないという選択肢はないのだ。


 たとえば、プレイヤーが白殿で、審査員が真藤であったならば、白殿が、この勝負を受けないわけがない。


 まぁ、それでも相当いぶかしんではいたんだけれど。


「できれば正々堂々と勝負をしたいところですが、この勝負は真藤さんも無関係ではありません。いえ、真藤さんこそ当事者といえるでしょう。その真藤さんが審査員ということは、真藤さんの都合のいい勝敗が出ると考えるのが自然ですが」

「あぁ、その通りだ。そこまでわかっているんだったら、逆に問いたいんだけど、君こそいいのかい? 真藤は都合のいい勝敗を出すんだぜ?」

「ちょっと待ってくだい。まさかとは思いますが、でも真藤さんがあなたを選ぶ可能性があると思っているんですか?」

「当たり前だ。論理的に考えてみなよ。真藤は、今日、僕に相談に来たんだ。だったら、静かに僕に相談できる環境を得たいと思っているに違いない。な、真藤?」


 そう言って僕と白殿は真藤の方を見遣る。真藤は、びくりと身体を震わせた後、ふるふると首を横に振った。


「ふむ、どうやら話を聞いていなかったらしい」

「いや、どう見ても首を横に振っているじゃないですか。あれは一般的にノーの意思表示でしょ」

「そうかい? 僕には肩こりを気にしているようにしか見えないけれど? おっぱいが大きいと肩こりが辛いらしいぞ。まぁ、白殿にはわからないかもしれないが」

「……もう土下座でも許しませんからね」


 あ、ちょっと言い過ぎたかも。

 目が座ってらっしゃる。


「そ、それじゃ、さっさと始めようぜ。1時間後に真藤に料理を審査してもらう。早く調理し終わっても、待たなくちゃならないし、調理が終わってなかったら、その時点で負けだからな」

「ふん、いいでしょう。せいぜい負けたときの気の利いた言い訳でも考えていてください」

「君、本当にそういう小物っぽい挑発が好きだよな」


 これで、化け物級の場合があるから、面倒くさいんだよな。


「わるいけど、僕は料理に関して、相当自信があるんだ。負ける気がしない」

「お言葉ですが、私だって、家庭科の授業で料理くらいしたことがあります。昨今の料理できない系女子だと思わないでください」


 ……ん?


「目玉焼きだって2回に1回はうまくできます」


 ……ホワッツ?


 僕の疑念をよそに、白殿は、僕の妹用に買ったはいいものの一度も使われていないエプロンの紐をぎゅっと後ろで締め、いつものようにキリッと音を立ててキメ顔をこちらに見せた。


「私が負けるなんてありえません」


 ……あ、これは勝ったわ。

 たぶんポンコツの方だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る