第29話 嫌われたいってどういうこと?

 好かれることと嫌われることのどちらが難しいかと聞かれれば、おそらく僕はこう答える。


 そんなのと。


 他人の感情を操作するという意味で、いずれも同程度に難儀なんぎで、同程度に白雑音ノイジーで、同程度に不毛だ。


 簡単にいえば、対立軸になっていない。もしも強引に対立させるならば、関心と無関心。この比較であれば、無関心であるように努める方が容易だろうか。


 いずれにしても、他人の感情を思った通りに操るなんてのは不可能に等しい。


 ただ渇望かつぼうする者は多い。それは、古今東西、果てしない過去から今に至るまで、多くの人々が望んできたことであり、それゆえに、数多あまたの研究がなされ、数えきれない程の眉唾まゆつばな理論が提唱されてきた。


 仮に、僕が、そういった類の論理、洗脳やマインドコントロールに精通していたとしよう。とすれば、その追中とかいう男子高校生に、真藤のことを嫌いになるような暗示をかけることもできただろう。


 しかしながら、僕は一介のである。そんな都合のいい方法論など知るべくもないし、仮に知識を有していたとしても使いこなせるとも思えない。ゆえに、そんな僕に、追中某おいなかなにがしの洗脳を依頼するだけ時間の無駄なのである、が、現状は別段珍しい状況ではない。


 こういった無駄な時間の消費、とりとめのない不安の解消行為は、この年代の少年少女、さらにえば学校という閉鎖的な環境に押し込められた青少年間では、日常といっていいくらい頻繁ひんぱんに行われている。


 まぁ、つまり、だよな、これって。


「好かれたいならば、わかるけれど、嫌われたいってどういうこと?」


 童貞の僕に恋愛経験などないので、助言などできるべくもないが、この手の話は、話を聞いてあげるだけで、問題の8割方は解決するものである。


「えっと、その」

「あ、ゆっくりでいいからね」


 どうやら彼女は話すのが苦手そうだ。こちらとしても別に急いでいるわけでもないので、ゆっくりでいいからわかりやすく話してほしいという親切心での発言だ。だから、白殿、そんな恐ろしい目でこっちを見るな。


「実は、その追中くんが、私のことを好きみたいで、告白をしようとしているみたいで」

「ほう、そいつはいいことじゃないか」


 嫌われていて殴られそう、というよりは、という意味だけれど。


「よくないんです」


 真藤は、俯いて呟いた。どうやら、彼女は、追中に告白されることをよく思っていないらしい。まぁ、男女の機微きびである。理由などは本人以外に知る由もないが、一般的なものをあげるとすれば。


「その追中って奴を僕は知らないけれども」

「クラスメイトではありませんね。まぁ、あなたには関係ないことですが」


 白殿が茶々を入れてきたので、そうかい、と応えて話を続ける。


「追中は、相当きもい奴なのか? こう、告白されたこと事態をちゃかされるレベルの」


 そうでなければ、告白そのものを消滅させようとはしないだろう。


 しかし、真藤は首を横に振る。


「いえ、そんなことはないのですけれど」

「じゃ、単純に君が、追中のことをずいぶんと嫌っているということかい? 生理的に無理なレベルで」

「いえ、そんなことはなくて」


 聞くところによると、追中某は、サッカー部のレギュラーであり、なおかつ、学業の方の学内順位も上々といった優等生である。スマホで写真を見せてもらったところ、顔もそこそこイケメンだ。忌々いまいましい。


「だとしたら、やはりわからないな。付き合うか付き合わないかは別として、告白くらいはさせてあげればいいじゃないか」

「だめなんです」


 だから、何で?


恩田おんださんが、その、好きなんです。追中くんのことを」

「恩田?」


 新たな人物が登場したわけだけれども、真藤の言い方とここまでの流れから察すると、どうやら恩田とは、真藤の友人のようだ。


 その後の真藤の話をまとめると、真藤慮美と恩田優樹菜おんだゆきなと追中某の関係は、以下のようになる。


 真藤と恩田は友人。

 恩田は追中のことが好き。

 追中は真藤のことが好き。


 この関係は、実に古典的な関係性であり、既に先人達によって命名されている。


 


「つまり、友人である恩田との関係を壊したくないから、追中から嫌われたいと、そういうことなんだな」 

 

 僕が再度確認すると、真藤は、こくこくと首を縦に振った。


 なるほど、と僕は腕を組み、目を閉じる。

 状況は理解できたが、これは、童貞の僕には難易度の高い問題と言わざるを得ない。しかし、ここで真藤の問題に真摯しんしに取り組み、ポイントを稼ぐことができれば、あの豊満なおっぱいを手中に収めることができる、はずだ!

 

 ということで、僕は、かるく笑って返答した。


「わかった。すべて僕に任せてくれ」

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