第28話 僕の部屋に巨乳が舞い降りた!

 中間テストも終わり、学校にはつかの穏やかな日々が戻っていることだろう。まぁ、不登校の僕には関係のないことだが、それはそれとして、こよみは過ぎて6月の上旬、世の中は湿り気を帯びつつ、蒸し暑い夏へと足を踏み入れていた。


 そんな某日、僕の部屋に巨乳が舞い降りた。


 うれしいのでもう一回言う。


 僕の部屋に巨乳が舞い降りた!


 あまりにうれしいので、胸の内で何度も反芻はんすうしてしまった。いくら反芻しても飽きやしない。噛んでも噛んでも味のなくならない夢のようなチューインガム。蜂蜜よりも甘く、さくらんぼよりも甘酸っぱい。


 しかも、相当な美少女である。顔面偏差値は、確実に学内トップクラスといえる。そのあどけなさを残した面影は、美女ではなく、美少女と称するのが適格だ。愛くるしい小動物のような仕草は、男心を実に熟知したもので、指先一つの動きで世の男性すべてをとりこにすることだろう。


 そんな巨乳の美少女が、僕の部屋に訪れるという奇跡!


 このチャンスをなんとしても活かさなくては、と僕は思考を巡らせた。


「あの、堂環どうわくん? 話を聞いていますか?」

「巨乳万歳」

「え?」


 おっと、心の声が漏れてしまった。


「いや、わるい。忘れてくれ、おっぱい」

「え? あ、え?」


 僕はなるべく平静を保っているというのに、巨乳娘は、挙動不審にまたたいている。いや、男子の部屋に訪れたときの反応としては自然か。他のサンプルが異常だったのだろう。


「はぁ、また話を聞いていませんでしたね」


 異常なサンプル、青髪の少女、もとい、白殿零しらとのれいは、呆れたようにため息をついていた。


「しかも、聞くに堪えないセクハラ。そんなに軽蔑されたいんですか? そういう趣味をお持ちですか? だとしたら、そういうお店に出向いてください」

「うるさい、


 引っ叩かれた。


「何すんだよ!」

「いったい何に疑問をもっているのかわかりかねますが、少なくとも、私にそういう趣味はありませんので、あまり欲しがらないでください」

「欲しがってなんかいねぇよ!」


 どこのSMクラブだよ。

 痛いのは嫌いなのに、ぐすん。


「で、いったい全体なんなんだい? また違う娘を連れてきて。僕の部屋はカフェでも、バーガーショップでもないんだけど」

「えぇ、知っています。偏屈で変態な不登校児の引きこもり部屋でしょう」


 だから、引きこもってはいないって。


「私も連れてきたくはなかったのですが、彼女がどうしてもと言うので」

「ほう」


 僕が巨乳の方を見遣ると、巨乳はびくりと震えてから口を開いた。


真藤慮美まふじろみです。えっと、白殿さんとは同じクラスで、今日は、その、相談があって、来ました」


 真藤は、おどおどとした態度ながらも、自らの所在を明らかにした。小動物という言葉がぴったりで、彼女は警戒するように、身体を縮こまらせている。しかし、その胸部の乳房は、間違いなくホルスタイン並みである。


「僕はカウンセラーではないんだけど」

「あ、その、ごめんなさい」

「いや、怒ってはいないよ。ただ、相談されても僕がちゃんと答えられるかわからないってだけ」

「えっと、その、それは、そうなんですけど、あんちゃんが勧めてくれたから」

「杏ちゃん?」


 あぁ、香月杏かづきあんのことか。

 ったく、あいつは……。

 いいとこあるじゃん。


「で、その香月はどうしたんだ?」

「杏ちゃんは、部活があるから来れないって」

「予想通りな行動だな。君はいいの? 香月の友達ってことは、君もハンドボール部員なんじゃ?」

「い、いえ、私は運動はからっきしで」


 まぁ、聞いてみたはいいけれど、そんな雰囲気だな。

 胸をそんなに膨らませていたらボールと間違われて叩かれかねない。というか叩いてみたい。


「もう一発殴っておきましょうか」

「いや、何も言ってないだろ!?」


 こいつ、エスパーか?


「まぁ、紹介されたのなら仕方がないな。僕に応えられるかわからないけれど、できる限りのことをしようじゃないか」

「あ、ありがとうございます」


 いやいや、同輩の相談に乗るなんて、当然のことだ。日本人のDNAに刻み込まれている助け合いの精神。その精神が、僕に語り掛けてくる。僕は、かの言葉にただ従っているだけだ。ゆえに、何もおかしくない。おかしくないのだから、白殿、そんな虫に見るような冷ややかな視線を向けるのはやめろ。


「やけに優しいんですね、堂環くん」

「いや、僕はいつもこんなかんじだけど?」

「どの口が言うんですか? 私は、あなたの口から否定の言葉以外聞いた覚えがないのですけれど」

「耳くそ詰まっているんじゃないのか? ちゃんと掃除した方がいいぞ」

「あなたが危険ドラッグのやり過ぎで、過去と未来の区別もつかなくなったと考えた方が蓋然性がいぜんせいがあると思いますけど」

「ねぇよ」


 反撃が過剰だろ。水鉄砲にトマホークか。耳くそでディスってんだから、鼻くそくらいで返してこいよ。


「僕が協力的なんだから、それでいいだろ」

「下心が丸見えです」

「幻聴だけでなく幻覚までか。相当、疲れているようだな。早く帰って風呂入って寝た方がいい」

「あなたのやましい気持ちが透けて見えると言っているのです。そんなに日本語が不自由でよく今日まで生きてこられましたね」

「不自由って、それは、……あ、そういえば、君、中間試験で僕に負けたんだから、暴言を控えろよ。そういう約束だろ」

「っ! 数学以外は、ほとんど変わらないじゃないですか! そんなに偉そうにしないでください!」

「勝ちは勝ちですぅ」

「こんのっ! ……そもそも私は暴言なんて使っていません。私は常に真実を口にしているまでです。なので、約束には抵触しません」

「また都合のいいことを……」


 その解釈で納得できるあたりが、白殿の凶悪な、もとい、すごいところである。


「お、落ち着いてください、堂環さん」


 僕と白殿の言い合いに驚いて、真藤が止めに入ってきた。


「白殿さんは、今、ちょっと機嫌がわるいんですよ。女子の気持ちは変わりやすいんです。ほら、って聞いたことありませんか?」

「「おまえか!」」

「え? ええ?」


 香月杏の友達ということで、その知性の程はして知れるというものだ。まぁ、真藤はかわいいし巨乳だから、許すけど。


 突っ込みをハモらせてしまったことに眉を寄せる白殿であったが、はぁ、とため息をついて告げた。


「もういいです、真藤さん、やっぱり帰りましょう。この人に頼るのは間違いでした」

「おいおい、帰るなら一人で帰れよ。は置いていけ」

「……その呼び方をやめないと、本気で怒りますよ」


 もう怒っている気もするが、白殿の目が、僕の知るかぎり最も冷めた色をしていたため、自粛することにした。


「話が逸れたけれど、きょ、じゃなくって、真藤、だっけ? 相談ていうのは何なんだい?」


 白殿を無視して尋ねると、真藤は、ちらちらと白殿の顔を窺った後に、やっとその依頼内容を告げた。


追中おいなかくんに、嫌われたいんです」

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