第20話 ……やばたにえん

「今のなし! 今のなしだから!」

「まったく、往生際がわるいですね」


 僕の魂の懇願こんがんを受けてもなお、白殿は偉そうにふんぞりかえっていた。それはもう大将首をとった武将のように、今にもカチドキをあげんばかりに満面の笑みを浮かべて、両腕を組み、僕のことを見下げている。


 10-0


 白殿の攻めをさっぱり止めることができず、そして、こちらの攻めはいっさい通らず、完全なワンサイドゲームとなってしまった。


「一回勝負と念押ししたのは、あなたでしょうに」

「そ、それはそうだけど!」


 ここぞとばかりにマウントを取りに来る白殿に僕は返す言葉がなかった。


 

 油断した油断した油断した!


 まさか、白殿がこんなに強かったなんて。まじめで頭が悪いポンコツ女だと思っていたのに、何だか裏切られた気分だ。


「そもそも、あなたはこのゲームを理解できていません。このゲームは瞬発力の勝負。気づく、それから、動くの二点をいかに素早く行うか。その内で最も肝要なのは、気づくの方。つまり、パックの動きにどれだけ早く気づけるかが勝利の鍵なのです」


 白殿は偉そうに講釈を垂れる。


「あなたはパックの軌道を追って、それから動いているようですけれど、それでは遅すぎます。見るべきはマレットです。マレットの動かす角度で、直接狙っているのか、壁を狙っているのかがわかります」


 まじか、こいつ。


「壁打ちの場合も、入射角で、どの角度でゴールに到達するかわかるでしょう。さすれば、マレットの動き出しを早くして、さらに動きも最小限で済みます」


 いや、わかんねぇよ。

 どんだけ、やりこんでんだよ 。


。互いが初動で判断して動くことを踏まえた上でフェイントを混ぜ、いかに相手の意表を突くかがエアホッケーゲームの醍醐味でしょうに」


 いや、醍醐味というより神髄。

 神々の領域に達していると思うのだけれど。

 

 あれだな。性格がまじめだから、いわゆるオタク気質なんだ。一度嵌ると、とことんまでやり込むタイプ。


 けれども、そんなこと納得できない!


「ず、ずるいぞ! 香月と僕の勝負に割って入ってくるなんて!」

「先ほど了承されていたと思いますけれど」

「いや、そうだけど。あれだ。君のおっぱいは揉まないけど、香月のおっぱいは別だ」

「何が別なんですか? それも込みでゲームが成立したでしょう」

「登校するから! だから、香月のおっぱいだけは!」

「あなた、そんな簡単に信念を曲げていいんですか?」

「は? 信念? 何それ? 揉めんの?」

「……くず」


 白殿は、ドン引きした後に断言した。


「あなたが何と言おうと、勝負は私の勝ちです。あなたが触れていい胸など、どこにもありません」

「な! な! な! 何だとぉ!?」


 万事が休した。


 せっかく、一度は、おっぱいを揉む権利を手に入れたというのに、欲をかいたせいで、すべてを失った。何だ、この昔話の意地悪爺さんみたいな展開は。

 

 さすがに、僕も膝を屈するしかなかった。


「ねぇ、零、ありがとうなんだけどさ。堂環くんは、おっぱい揉めないからって、何でこんな絶望してんの?」

「だから、言ったでしょ、杏。この男は、本当に常軌を逸しているんです。関わらないに越したことはありません」

「うわっ、泣いてる。号泣しているよ!」

「理解しようとしてはいけません。脳が汚染されます」

「……やばたにえん」


 白殿には言われたくない。


 僕が地面に手をついて、絶望の涙を流していると、ぽんと肩を叩かれた。顔をあげると、香月の顔。何だ? もしかして、考え直してくれたのだろうか。やっぱりおっぱいを揉ませてくれるというウルトラCが発生するのだろうか。


 ちっぽけな期待を僕が胸の内に抱いていたことを知ってか知らずにか、香月は、にこりと微笑んだ。


「じゃ、約束通り、勉強教えてね」


 ……最悪だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る